きっかけは、卒業間際のきり丸のボヤキだった。
「今まで築き上げてきた伝手が、全部パーになんだよな。もったいない」
忍術学園に入学してからの6年間で、兵庫水軍や、さまざまな城、剣豪その他、
多くの人と知り合い、信頼関係を築いてきたが、卒業してそれぞれ別の道を
歩むとなれば、その繋がりはもう使えない。
個人単位ならば、あくまでも「私的な知人」としての関係を続けられる者も、
極一部ならばいないでもないが、もう二度と以前のような気易さは望めない。
それは、は組の誰もが解っていることで、きり丸とて割り切ったはずだった。
それでも惜しむようなことを口にしたのは、ただの感傷か、残された僅かな時間くらいは、
以前通りに好き放題言い合って、仲間と戯れたかっただけのことだった。
しかしそれに対し、庄左ヱ門をはじめとする数人―主に、忍の道を選ばなかった者―が、
「確かに、もったいないよね。…僕達の関係がなくなることも」
などと返したことから、話は進んでいき、最終的に出た結論が
「僕達だけで秘密組織を作ればいいんだよ」
というものだった。
短絡的で幼い発想のようで、それを実現出来るだけの策と能力が、この十一人にはあった。
○#
十一人中、家業を継ぐと決めたのは五人。内二人しんべヱと団蔵は、仕入れと輸送と
いう形で係わっていけることがあらかじめ判っており、虎若は端から「こちら側」に
限りなく近い職種―傭兵隊―であるから問題はない。
残る一般商人伊助・庄左ヱ門の二人も、「逆にそれを隠れ蓑にすれば良い」との結論が
早々に出されたため、争点は無所属(フリー)を選んだきり丸以外の、仕えるべき城が
決まっている者達となった。
城仕えとなる五人の内、もっとも自由が利きそうなのは、忍ではなく剣客として旧知の
城に仕えることとなっている金吾。その次が、忍として別の旧知の城への就職が決まって
いる喜三太で、残る三人はほとんど身動きが取れないように思えたが、兵太夫と三治郎は
からくりを、乱太郎は毒や薬を作成して提供し、時折可能ならば参加すれば良い。とする
ことで、ひとまずまとめられた。
その後。乱太郎は、色々と思うところがあって城を辞して医師の道を選びなおし、
兵太夫も忍術学園の教師に就職しなおしたことで、少しだけ彼らの忍務参加率が
上がったが、結局実動部隊の構成はあまり変わらなかった。
巷間でささやかれている噂と共に、これから流れを説明していこう。
○#
まず、「仲介屋」こと伊助の元に白い小袖か反物を持ち込み
『空に井桁を染め抜いてくれ』
と依頼する。その際に、小袖なら襟に、反物ならば間に依頼内容を書いた文を仕込んでおく。
すると仲介屋は、その内容には目を通さずに、文だけ抜き出してそれを「情報屋」こと
庄左ヱ門の元へ届け、依頼を請けるか否かの判断は、すべて彼がすることになっている。
そして依頼を受ける場合は、仲介屋経由で各人に召集がかかり、依頼主には了承の文を
仕込んだ染物を返し、後から直接詳しい依頼内容を確認しに、変装した者が向かうが、
それはたいてい女装をした、「担ぎ屋」こときり丸か「罠師」兵太夫、仲介屋の誰かで、
『いちは』
という名の女が、十一忍の使いとして現れるとの形をとっている。
尚、依頼を請けない場合は、誰にも情報を回さずに、素知らぬ顔で染物を渡す。
依頼を請けるか否かの判断は、情報屋の独断で行うが、基準はちゃんと作られている。
一.現在請けている、もしくは以前請けた仕事と相反さないもの
二.自分達の評価を落とさないもの
三.忍術学園に仇をなさないもの
原則はこの三点で、元々は「二」と「三」が暗黙の了解となっていて、「一」が
足されたのと、判断を情報屋のみが行うことになったのにも、理由がある。
初期に、そこが曖昧だったせいで失敗しかけた忍務が、いくつかあったのだ。
その中でも大きいのは二つ。
一つは、とある国の姫君が同盟国へ人質として嫁ぐことになった際、その護衛と
妨害の依頼を別々に持ち込まれ、重複して請けてしまったため、「護衛」「妨害」
「おとり」の三役を、すべて自分たちで演じなければならなかったこと。
もう一つは、以前の依頼で罠師と「絡繰屋」三治郎が作った、対侵入者用の絡繰がある
城の見取り図の入手の依頼を請けてしまい、結局その絡繰を避ける方法を与えざるを
得なくなってしまったこと。
それ以外にも似たようなことがいくつかあり、その全てが、片方を仲介屋→情報屋経由。
もう片方を担ぎ屋や「運び屋」の団蔵、「狙撃手」こと虎若が直接請けたために起こった
事態で、すべての依頼に全員が関わっているわけでは無いのも原因だった。
そのため、協議の結果。どのような経緯で持ち込まれた依頼であっても、ひとまず情報屋に
伝えることになったのだった。
続いて各人への伝達方法は、「商人」しんべヱへの密輸依頼や狙撃手の出陣要請の場合は、
仲介屋が運び屋に染物などの配達の依頼をして、そこにまぎれこませ、他の城仕えの者の
場合は、依頼が入った旨だけを伝える文を担ぎ屋に出し、直接確認した担ぎ屋が、行商人
として―彼は仲間内の城全てに出入りしている―商品と共に依頼文を渡すことになっている。
そうして、参加が可能か否かの返事や、頼んだ設計図や絡繰の受け渡しも担ぎ屋が行っている。
具体的な、依頼ごとの基本構成員は
品物の入手及び輸送…商人、運び屋、担ぎ屋
密書や危険物の運搬…運び屋、担ぎ屋
護衛…剣士、狙撃手、担ぎ屋
絡繰等の設計及び作成…罠師、絡繰屋
薬物または毒物の作成…薬師、幻術遣い
暗殺…担ぎ屋、薬師、剣士、狙撃手
となっており、担ぎ屋だけが前線も後方支援もこなすが、運搬系や護衛の補佐として、
薬師や幻術遣いが駆り出される場合もあれば、戦闘系に運び屋が加わる場合もあるし、
家業持ちが堂々と本職を名乗って協力している形をとることすらあったりする。
それでも十一忍の正体がばれにくいのは、噂通りの手順を踏んでも依頼が伝わらない場合が
あることや、連絡役とされる『いちは』を複数人で演じることで、目撃証言がバラバラに
なるように仕組んだり、時折真偽を取り混ぜた噂をわざと流すことで、撹乱している効果
だと言えるだろう。
そしてさらに言えば、罠師と絡繰屋の元からくりコンビと、作法委員会出身の担ぎ屋とで
作成した、わざと目立つ傷をつけた精巧な仮面の上から、覆面をして顔を自然に隠したり、
同じ三人組が作った生き人形を、「幻術遣い」喜三太の幻術の中で本物の人間に見せかけて
依頼人と対峙してみたり、「薬師」乱太郎の薬で記憶を飛ばしてみたりなどの、怪しい手も
頻繁に用いられていたりもする。
こうしてみると、情報屋や仲介屋はあまり深く忍務には係わっていないようにも思えるが、
情報屋はありとあらゆる情報の売り買いを担当しており、仲介屋は必要に応じて十一忍以外の
人物との繋ぎも行っているため、彼らがいないと十一忍は回らないようになっている。
とはいえ、正確には情報屋の扱う情報は、別の運び屋や担ぎ屋、時に商人などが仕入れたものを
一括していることがほとんどなので、彼の呼び名は「参謀」か「司令塔」の方が合っているような
気も、しなくもないのだという。
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ちなみに、十一忍の仲間内曰く
「単独なら一番強いのは担ぎ屋だけど、恐ろしいのは幻術遣いと薬師が手を組んだ時」だそうで、
幻術遣い喜三太の学生時代の異名は「細菌兵器山村」、薬師乱太郎は「毒男猪名寺」といい、
ナメクジから寄生虫→細菌方面に走り、それを応用して幻術が得意になった喜三太はともかく、
「耐性がついているから」と、毒物を平気で煽ったり、毒霧のなどの中で平然として相手を油断
させる乱太郎の方は、明らかに何かおかしい方向に進歩したような気がしなくもない。
そんな二人が組むとどうなるか。一言で言うと
「幻覚の中で、毒に蝕まれていく」
という、それはえげつないことになり、さらにここに絡繰屋三治郎の人形が加わると、より一層
狂気の沙汰と化していく。そのため正攻法の攻撃担当の狙撃手虎若や剣士金吾、ついでに基本の
能力値が高く経験も多い担ぎ屋きり丸でさえ、彼らを敵に回したくはないのだそうである。
何だか順を追って説明していく形にしたら、逆にわかりにくくなった気がしなくもないです。すいません。
合言葉の元ネタは、某薬屋です。アレより回りくどいけど
乱太郎は十八。兵太夫は二十歳前に城を辞めました。
一応抜け忍ではありませんが、乱太郎が城を辞めた理由は、筋が通りそうなものにしたら
痛くなったので「離」に置いときます
2009.2.11
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