01.近道がない

	1年は組の連中は、僕らのことを
	「口ばっかり」
	とか
	「成績が良くたって、実戦経験は無いくせに」
	みたいに言うけど、習ったことをキチンと覚えて身に着け、
	維持し、上を目指すのだって、そう簡単なことじゃないんだ。
	
	確かに知識や基礎だけで、応用や難しいことはまだ殆ど出来ない。
	でも、何事も基本が出来ていないと駄目なんだと、先生も先輩方も
	おっしゃっていた。

	一足飛びに色んな経験をしたって、ロクに覚えず身に着いていないなら、
	何の意味も無いだろ。




	02.場所がない(一平)

	僕が所属する生物委員会は、他のどの委員会よりも1年生の人数が多くて、
	今の所唯一いろは全組が揃っている委員会でもある。

	その中で僕は、三治郎や虎若みたいに他とは違う特技も無ければ、
	孫次郎のような可愛げもない。多少他の3人よりも成績が良いとは言っても、
	先輩方に敵う訳がないし、うちの委員会で求められるような知識は、動植物に
	関しては山育ちの三治郎、自然由来の毒なんかについては、実は担任の斜堂先生に
	「触ってはいけません」と言い含められているついでに万一の場合の為の対処法も
	多少は聞いている孫次郎の方が上だったりする。
	だから別に僕が居なくても、誰も気にしないんじゃないかと思う。

	「そんなこと無いよ。一平が居ないと困るって」
	「何が、どんな風に」
	「だって、孫次郎も最近竹谷先輩に染まりつつあるし」
	「それ、つまりどういう意味?」
	「竹谷先輩や虎若は熱血単純馬鹿系で、伊賀崎先輩はズレまくっているし、
	 孫次郎もズレ気味だから、一平は大事なツッコミ要員。ってことだよ」

	あんまり嬉しくない。けど、確かに三治郎もどう見てもアッチ側だから、
	止めたり突っ込むのは僕の役目……なのかなぁ。




	03.無色(彦四郎/斑雪)

	僕の周囲―というか、学園全体―には、色物で癖の強い人が多い。
	その最たる人―学園長とか鉢屋先輩―の配下に居る所為か、控えめだとか、
	癖が弱かったり、穏やかで白っぽい性格の相手に惹かれる傾向が、どうも
	僕にはあるような気がする。

	でも、そういう、場を和ませたり周囲の癒しみたいな人は、大抵特定の相手が
	居て守られているか、同期全員に姫様扱いされていたりするから、僕では到底
	敵わない気がして、諦めることが殆どだった。

	今まで惹かれた人に上級生が多かったのは、やっぱり年上だから、落ち着きや
	包容力が、同年代よりも格段にあったのが大きいけれど、最近同期の中にも、
	かなり落ち着いていてマトモな子が居ることに気が付いた。

	恋、かどうかはまだ解らないし、見た目は地味過ぎてあまり好みではないし、
	付き合っている相手が居るという噂が無くもないけど、それでも気になるし、
	癒されそうな気がする。というのが今の所の見解だけど、その彼氏かも
	しれないアイツは、もしも本当だとしたら、手強いだろうからなぁ……




	04.中身がない(左吉メイン)

	今まで散々「アホのは組」と馬鹿にしてきたけど、1年は組の奴らが、実戦経験豊富で、
	実体験からくる知識も案外豊富―記憶力が無いから忘れていることも多いけど―で、
	巻き込まれた事件なんかの時に知り合った人が大勢居て、それぞれに、―下手したら
	2、3年生辺りよりは上かもしれない―得意な分野があるのも解っている。

	僕と同じ会計委員の団蔵は、字は汚くて読めないし計算も間違えまくるけど、馬術と
	度胸と、多分人望も、僕には勝てない気がすることがある。

	一平も、溜め息交じりに
	「三治郎には何か敵わない気がするし、虎若も火縄銃絡みと腕力に関してはずば抜けてるから」
	みたいに言っていたし、伝七が物凄く悔しそうに
	「兵太夫のからくりの設計図を見たことがあるんだけど、何がどうなっているのかどころか、
	 何が書いてあるのかすら解らなかった」
	と言っていたのを聞いたこともある。そして彦四郎なんか
	「元から僕は、左吉達ほどは組に対抗しようと思ってたわけじゃないけど、庄左ヱ門に
	 勝てる気は全くしないね。アイツ、は組の中では一応一番成績も記憶力も良くて、
	 ちゃんと学級委員長として組をまとめているし、鉢屋先輩や学園長にも耐性あるから」
	そんな風に、完璧に負けを認めている。

	そもそも僕らが1年は組の連中を見下していたのは、教科担任の安藤先生が、補習だらけで
	記憶力も悪いアイツらや、まだ若い担任の土井先生を馬鹿にしていたからだけど、それを
	鵜呑みにして、成績や授業の進み具合だけでアイツらを見下していた僕らは、上辺しか
	見ていない、とても薄っぺらな人間なのではないか。そう、気付き始めたのはいつのこと
	だっただろう。

	知識や、生半可な技だけあった所で、何の役にも立ちはしない。それを、事件に巻き込まれたり
	学園総出の行事の時なんかに、痛感するようになってきた。

	それでも、僕らはまだ1年生で、先があるんだから、これから考えを少しずつでも変えて
	行って、特性を伸ばしていくなり、全てをまんべんなく伸ばして、特出した面もあるけれど
	欠けた所も多いは組の連中を、補佐する側に回れば良いのではないか。そう仰って下さった
	のは、実技の方の担任の、厚着先生だった。
	厚着先生は、常々は組―というか土井先生―に張り合う安藤先生に、少し呆れていらっしゃる
	ようだから、僕らが自主的に変わるのなら、知恵も力も貸してくれるという。そして更に、

	「この学園の奴らは、我が強くて変わった奴らが多いからな。多少影が薄かろうと、マトモで
	 落ち着いた奴らが多少居てくれた方が助かる。……ついでに、間違いなく実力はあっても、
	 自分からはあまり自慢しない方が、人望も得られて格好良い」

	苦笑しながらそうも仰っていた。
	その理由が、厚着先生が顧問をされているのが体育委員会だからなのだろうと気付いたのは、
	少し経ってからのことだった。





	05.羽根がない(無月)

	いつも自由奔放で、元々の家業もバラエティに富んでいる1年は組の連中が、
	時々少しだけ羨ましい。
	そういう意味で
	「たまに『羽根が欲しい』と思うことがあるんです」
	と先輩方に言ってみたら


	「人間は、骨格上も重さのバランス的にも、天使とか天狗みたいな羽があった所で飛べないんだよな」
	と、かなり詳しく説明して下さったのは、生物部の部長代理で、親御さんが獣医らしい竹谷先輩。


	「そろそろ赤い羽根の準備しないとな」
	などと明後日なことを言ったのは生徒会長の鉢屋先輩で、その場に居合わせた尾浜先輩は
	「ハングライダーとかやるなら、怪我には注意しろよ〜」
	と笑っていた。


	ニヤリと笑った立花先輩の
	「私と伊作が力を合わせ、留三郎の奴も巻き込めば……」
	は聞かなかったことにして、多分一番ちゃんと僕らの意図を読み取ってくれたのは、実は


	「んなもん、無くて良いだろ。自分の能力で出来ることを極めろ!」

	の潮江先輩と、それを聞きながら同意するように頷いていた中在家先輩と七松先輩
	かもしれないのが、何かちょっとなぁ……