01.あいたくない(三之助)

	今日も、委員会の山中マラソンの途中で気付いたら、先輩達が居なかった。
	けど、珍しくしろと金吾が、息を切らせながら必死で俺の後をついて来ていた。

	立ち止まった俺が、後ろを振り返ってそのことに気付いた時、2人共とても
	ホッとした顔をした。そこでようやく、自分達が居るのが、山の多分かなり
	奥の方で、しかも大分辺りが暗くなっていることに気が付いた。

	俺は何か慣れてるから平気だけど、まだ下級生の2人にはこの状況は不安
	だろうと思って、先輩達を探しながら学園に戻ろうとしたら、何故かしろに
	「ここから動かないで下さい!」
	って叫ばれて、金吾にも
	「僕、伊達に1年は組として事件に巻き込まれ慣れてませんし、実家が学園から
	 遠いし、戸部先生の所でお世話になっているから、野宿慣れもしているんです」
	みたいなことを、何か泣きそうなのを堪えた顔で言われた。

	意味が良く解んなくて首を傾げていたら
	「先輩達が見つけて下さるまで、下手に動かないで、ここで待ちましょう」
	「最近この山でクマが出たみたいだって、こないだ生物委員の虎若達から聞いたんです」
	必死でそうやって引き留めようとするから、仕方なく居場所を示すために適当な
	のろしを上げて、近くの大きめの木の下に座って待つことにした。

	適当な話をしながら待っている最中。ふと、孫兵から「クマだけでなく山犬も
	目撃された」と聞いていたことを思い出した。
	「不用意に下級生を怖がらせることは無いから伏せておくけど、先生方と先輩方で
	 確認して手を打つまで、あまり山の奥の方には踏み込まないように。とのことだ」
	そう言われたけど、この辺りは大丈夫なのか? そんな風に気付いた瞬間。獣の
	荒い息が聞こえたような気がした。空耳かもしれないが、もしも獣に襲われた場合、
	俺が後輩達を守らなきゃいけないんだ。

	そう決意して、気を張って先輩達を待っていたから、俺らを見つけるなり説教してきた
	滝夜叉丸先輩に、今日は反論しなかった。そんな俺に目を丸くしながら
	「ようやく、この私の言っていることが理解できるようになったか」
	とか、うだうだ自慢し始められたのはウザかったが、七松先輩だけじゃなく、滝夜叉丸先輩も
	野生の獣から後輩を守れるだけの実力があるんだって、本当は知っている。
	けど、多分今の俺では、連れて逃げるのが精一杯だと思う。そう思うと情けなくて仕方無かった。
	なのにしろも金吾も、先輩達に
	「次屋先輩が守ってくれていたから、怖くなかったから、あまり叱らないで下さい」
	と言ってくれた。

	その評価や、期待に見合うだけの奴になりたい。帰ってから作達にそう話したら、
	「まずは方向音痴を自覚して直せ!」
	って言われたんだが、別に俺は方向音痴では無いよな?





	02.やめたくない

	今日も今日とて、3年ろ組の富松作兵衛は
	「あの馬鹿共、どこ行きやがった!」
	などとぼやきながら、同組の迷子2人―神崎左門と次屋三之助―を探し回っていた。

	そんな彼を、他の傍観しているだけの生徒達は
	「文句を言う位なら、探さなければいいのに」
	「迷う方が悪いんだから、放っておけばいいだろう」
	などと無責任に言いながら嗤った。

	けれど作兵衛は、それらの言葉を無視して、日々ぼやきながらも迷子を探している。
	その理由はたった一つ。

	「確かに左門も三之助も馬鹿で方向音痴の迷惑な奴らだけど、良い所も山の様にある。
	 だから俺はアイツらの友達をやめる気は無いし、俺はアイツらを見付けることが出来て、
	 アイツらも俺ならどこに行こうが探し出して連れ戻せることを知っている。だから探すんだ」

	自分達の間には、確かな友情と信頼があるからこそ、文句を言いつつも探すのだと言い切る
	作兵衛の想いを、左門も三之助もキチンと解っており、未だに迷うのは作兵衛への一種の
	甘えではないか。
	そう分析したのは、作兵衛を手伝い迷子探しを手伝うこともある、他組の友人達だが、
	真相は定かではない。というか

	「いっそ、だったら、俺の元へは戻って来れる位の能力を身に着けろ!」

	と、キレた作兵衛が叫ぶのもまた日常だったりする。





	03.あげたくない(左門)

	最近作は、用具委員会の後輩を可愛がっている。
	確かに用具委員会の1年生は、うちの団蔵や左吉よりも、素直で可愛いかもしれない。
	けど、委員会じゃ無い時も、遊んでやったり1年長屋で宿題をみてやってるから、
	部屋に居る時間や、僕らと居ることが少し減った。
	それが、何かちょっと寂しいな。と三之助と話してたら

	「だからって、それでまた暴走や迷子の頻度が上がった。とか、どこのお兄ちゃん取られたちびっこ?
	 捜索は僕らにまで迷惑かかるんだから、もっと別の形で構ってもらえばいいでしょ」

	と数馬に言われた。
	別にそんなことは無いと思うけど、確かに僕らを探してる時の作は、僕らのことを考えてるな。




	04.はなしたくない(他3人目線)

	三之助と左門が、何かよく知らない先輩にケンカ売ったとかで、
	返り討ちにあってボロボロになってるのに医務室に来なかったから、
	仕方なく僕らの部屋に連れて行って手当てしてあげながら理由を
	訊いたら、2人揃って
	「話したくない」
	って。後から周りに訊いたら、どうもそのケンカを売られた先輩達が、
	作のことを馬鹿にしてるのを聞いちゃって、それでキレたらしいんだけど、
	敵いっこないのに、何でそこでケンカを売るんだか。



	ろ組の2人が、あまり関わり合いの無い上級生とケンカをしたという話と、
	その原因らしき出来事を、数馬から聞いた。
	「何で、敵わないって解ってる筈なのに、そういうことするんだろうね」
	と数馬は呆れていたけど、その単純さがアイツらの持ち味だろ。
	そして、他の先輩方から聞いた話によると、そのケンカを売られた上級生は
	「毎回文句を言いながら捜し回る位なら、次屋や神崎みたいな方向音痴
	 なんか、さっさと見捨てて突き放しゃ良いのに、富松も馬鹿だよな」
	とか言っていたそうで、そこで自分達を馬鹿にされたと思わず、作の為に
	怒る辺りも、アイツららしいよな。



	「――という話を、は組の2人から聞いたんだが、どう思う作兵衛」
	「どうって……やっぱアイツらは、方向音痴な上に馬鹿で手が掛かるけど、
	 藤内が言う通り、単純さは持ち味だと思えなくもないし、手ぇ出したのは
	 ともかく、俺の為に怒ったのは、その、嬉しいとまではいかねぇけど、
	 悪い気はしない」
	「つまり?」
	「あの馬鹿共と友達を辞める気が無いから、俺はアイツらの世話をしてんだ」
	「とはいえ、たまに手放したくことも無いか?」
	「……。無いとは言わねぇけど、それよりも、見えない所で何かしでかされる
	 位だったら、『俺の傍から離れんな!』ってとこだな」
	「そうか。所で、今日は探し始めて何刻になるんだ?」
	「まだ半刻だけど、ヒマならお前も手伝え孫兵」
	
	 




	05.やりたくない

	(三之助)
	今日は―というか今日も―外は雨が降っている。
	だけど七松先輩は、今日も裏々山までマラソンに行くと言っている。

	俺の他の連中も、
	「地面がぬかるんでいて、危険ですから」
	「左近に『風邪気味だから行くな』って言われました」
	「……『ただでさえ乾かないのに、泥汚れで洗濯ものを増やさないで!』って」
	みたいに、色々反対や言い訳してるけど、効果は多分無い。

	……行きたくねぇなぁ。他の6年の、どの先輩に頼めば、七松先輩を
	止めてくれっかな。




	(左門)
	雨で火薬が湿気るし、火器が殆ど使えないから、田村先輩の機嫌が悪い。
	それから同じく火薬が湿気る所為で、立花先輩に八つ当たりされてる
	潮江先輩の機嫌も悪い。

	ついでに、外遊びは出来ないし、食いもんはカビるし、洗濯物が乾かないから
	汚れもんを溜め込んでるのをいつも以上に(伊助に)怒られてるしで、団蔵も何か
	イラついてるっぽいっし、左吉も巡り巡ってあんまり機嫌が良さそうじゃない。

	だから委員会が、いつも以上にギスギスとかイライラした空気になっていて、
	すごく居心地が悪い。

	あと、帳簿も湿気吸ってるから書き難いし。



	(作兵衛)
	湿気も水もカビも錆びも、全て俺らが管理する用具の天敵だから、梅雨場は
	他の季節よりも、若干通常の委員会業務の手間が多い。

	その上、喜三太はカタツムリだのナメクジを見つけるたびに、傘も差さずに
	寄って行こうとするから目を離さない方が良いし、平太が妙に居心地よさそうに
	しているのも将来が心配だし、溜め込んでいた菓子がカビたと嘆くしんべヱの
	泣き言も聞き飽きた。

	それから、雨の中迷子共を探しに行かなきゃいけないのは勘弁してほしいし、
	不破先輩が最たる感じだけど、湿気が多いと髪が膨張するのは俺もだし、
	「洗濯物が乾かないから汚すな!」
	と説教をかましている伊助の気持ちも解る。

	……てぇことで、色々もうウンザリで、何もやる気がしない。