01.なれる(慣れる)
初めの頃は、中在家先輩の言葉は聞き取れなかったし、何となく怖かった。
でも今は、たとえ背後からいきなり話しかけられたとしても、大体は答えられると思う。
不破先輩の悩み癖や大雑把な所も、最初は呆れて若干馬鹿にしていなくもなかった。
だけど、即断というか速断の神崎先輩に比べれば、悩み過ぎとはいえ考えることは大事だし、
大雑把なのも決断力の一種だと思えなくもない。
怪士丸の少し不気味な見てくれも、今は味があって良いと思えるようになったし、
きり丸のドケチも、理由も同情されたくないことも今は解っているから、適度に
諌め、適度に協力してやらないこともない。
それから、左近の不運も何か日常になってきたから、巻き込まれないようにしつつ
手を貸してやるようにしているし、しろの独特の間や空気も悪くない。
三郎次は……アイツ元からも最近も、そんなに変わった属性無いんだよな。
とまぁ、そんな風に、僕は日々周囲の人達や出来事を、当たり前で好ましくすら感じる
ようになってきている。それが、良いことなのか悪いことなのか。それは解らない。
更に、「お前は、時々許容範囲を超えて、プッツンしてこそだろ」って、余計なお世話だ。
そんなキャラ付けは、疲れるだけなんだよ。とりあえず、そんなにキレなくても今の所
出番は無いこともないからな。
02.かう(買う/家族モノ)
いつだったかの左近の誕生日に、近くの店で髪ゴムを買ったら、
三郎次が色違いの同じ物を買ったのを知ったので、別のを
買い直して、前のは妹のきり丸にやった。
だけど、2人がたまたま揃ってソレを着けているのを見たしろに、
「僕、あのゴム他の色も見たことあるけど、それぞれあの色が、
さっちゃんにもきりちゃんにも、一番似合ってるよね」
と言われた。
それから、移動教室のお土産に、身内の女子全員にハンカチを買ってきたら、
兵太夫と伝七から
「きり丸のが一番可愛い」
などと言われたが、色や柄は違うけど同じデザインだから、どれでも
同じだろうと思ったけれど、後々考えて見ると、何種類もある中から、
それなりに吟味して選んだ覚えが、無くもない。
そして極めつけは、ホワイトデーに三郎次に左近へのお返しを選ぶのを
付き合わされた時、三郎次が指す物を
(その色はきり丸の方が似合う)
(左近ならそのデザインだけど、きり丸ならこっちのだな)
(こういうのも、案外きり丸に似合いそうだな)
などと―口には出さなかったけれど―、ことごとくきり丸を基準に見ていたことに気が付いた。
その話を、帰ってから弟の怪士丸にしてみたら
「久兄ちゃん、今頃気付いたの? お兄ちゃんのお土産やお返しやプレゼントって、
大体お姉ちゃんの趣味や好みに合わせた物ばかりだから、てっきりお姉ちゃんを
基準にしてるんだって、僕はずっと思ってたんだけど」
という答えが返ってきた。
そんな自覚は無いけど、もしもそれが事実だとすると、僕はどれだけシスコンなんだ。
などと愕然とはしたけれど、大切なたった1人の妹なのは事実だし、嫌われるよりは
好かれていた方が良いし、折角美少女なんだから、可愛くて似合う格好をさせて
おいた方が、見ていて楽しいしな。
そう結論付けて以降、きり丸に物を買ってやることが少し増えたことは、
多分怪士丸しか知らない。
03.いかす(活かす/七松組)
僕にとって不破先生―と、ついでに鉢屋先生も―は、元々「米屋の雷蔵兄ちゃん」だった。
その当時は、酒屋のハチ兄や豆腐屋の兵助兄さんと同じ、商店街の年上の子供達の
1人でしかなく、少し年が離れている―6歳違う―ので、そこまで親しくも無かった。
けれど僕が芸大に入学した時には、もう職員をされていて、一応顔見知りだからという
ことで、いつの頃からか生徒側からも職員側からも不破先生絡みの雑用―提出物とか伝言―
を任されることが多くなった。
そしてそれに伴い、悪癖の迷い癖が出た時に流したりフォローしたりしていたら、
完璧に「能勢は不破さんの担当」が、周囲の認識になった。
別にそのことが大学に残った理由ではないけれど、親が健在の内は別の仕事に就いて
いても構わないと言われた時。アリかもしれないと思い相談したら、友達も口々に
「案外、久作に向いているかもな」
などと言われ、不破先生自身や鉢屋先生にまで
「能勢くんが居てくれると助かる」
と言われたのは、結構大きかったかもしれない。
あと、実は不破先生の描く絵は結構好きで、その絵が出来上がる為に僕が少しでも
役に立ったり力になれるなら、それも悪くない。そう思った。というのも、多少は
あるかもしれないな。
04.かける(賭ける/欠ける)
昨日の当番の最中に、とある本の場所を訊かれた。その本は、半月位前に僕が
借りていた本で、貸出表を確認して、先輩達にも訊いた所それ以降に借りた
生徒は居ない筈なのに、何故かあるべき場所で見つからなかった。
返却したのは自分の当番の日では無かったけれど、他にも何冊か借りていた本と
一緒に返した筈だから、見つからないのは返却手続きをして棚に戻した委員が
違う場所に戻した所為だろうと思い、その日の当番が誰だったかを確認してみたら、
きり丸だった。だけど、きり丸を捕まえて問い質し、責任を持って探せと言ったら、
「記憶にないけど、俺の所為じゃない筈っすよ」
とか返して来やがった。だけどアホの1‐はの記憶力なんか当てにならないし、前に
面倒くさいからって、適当に戻そうとしたことがある癖に。そう言い返したら
「最近は、ちゃんとやってます! 金にはなんないけど、歴とした『仕事』だって
思ってんだから、手を抜くわけ無いでしょう」
心底心外そうにそうやって言い切りやがったもんで、こっちもむきになって
「僕はちゃんと返したんだから、お前が悪いに決まっているだろ。アレは、ちょっと
一部を読んで、その辺の適当な場所に戻すような本じゃないんだから」
図書室の利用者の中には、目当ての所だけを見て、元の場所に戻さない生徒もいるけど、
問題の本は続き物の途中の巻なんだから、そういうことはまず有り得ない。
「能勢先輩が、実は返し忘れてんじゃないですか」
「そんなわけ無い。僕は絶対に返した」
結局。お互いそんな感じで一歩も譲らなかったので、どっちの主張が正しくて、
どっちが悪いのか確かめる為、食堂の食券3日分を賭けて、きり丸は―先輩や
友達にも手伝ってもらいながら―図書室中の本を確かめ、僕も自分の部屋を
徹底的に探すことにした。
そう、夕食中に話した後。左近や三郎次にも手伝ってもらいながら部屋の片付けを
しながら探していたら、泣きそうな顔をした四郎兵衛が訪ねて来て
「えっと、その日、本を返しに行く前に、僕の部屋に寄ってた気がしたから、試しに
僕も自分の部屋を探してみたら、隅の方から出て来たんだけど……」
そう言って差し出した埃まみれの本は、間違いなく件の本だった。
「ごめんね、久作。部屋を片付けて無い、僕が悪いんだよね。だから、食券のお金は
僕が出すから、明日の朝、一緒にきり丸に謝りに行こう?」
「……いい。ちゃんと確かめなかった僕が悪いから、僕が自分で出す」
「でも……」
四郎兵衛の部屋が片付いていないのも、今回の問題の原因と言えなくもないけど、
置き忘れて行って気付かなかった僕の方が悪い。そんなわけで、また押し問答に
なりかけた僕達に
「ていうか、久作の貸出し票を確認してれば、返したかどうか解ったんじゃないの?」
と、もっともなツッコミを入れて来たのは左近だった。
「そうなんだけど、ちょうど前の貸出し票の最後で、何故か僕のだけじゃなくて、古い
貸出し票が全部見つからなかったから……」
「ということは、貸出し票の管理をしている委員に責任があるんじゃないか?」
翌日。委員長の中在家先輩が、延滞本の確認の為に貸出し票を自分の部屋に持ち帰って
いたことが判明し、協議の結果先輩が僕らに1食ずつおごって下さることになったけど、
なんだかな。
05.あう(合う/斑雪)
左近のことは、見た目も若干潔癖な性格も、アノ少しキツい言動も、案外可愛いと思う。
だけどそれが「恋か」と訊かれたら、よく解らないけど、違うような気がする。
それでも「左近を見守る会」の協定を三郎次に持ち掛けられた時、アリだと
感じたから、その誘いに乗った。
けれどその後、こっそり四郎兵衛から「左近と三郎次を生暖かく見守る会」の
話を持ち掛けられ、その方が性にあっている気がした。
ということはつまり、僕にとって左近は、恋愛対象では無いけど、守りたい
大事な相手。ってことだな。
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