01.悪いとは分かっているけれど
今日もまた、帳簿が合わないので委員会の終わりが見えない。
徹夜はもう三日目で、1年は組の団蔵や3年の左門は、教科の
授業中に居眠り―というか爆睡―をして、大目玉を食らった
らしいけど、1年い組の左吉は昼休みなどの合間に多少寝て
いなくも無い程度のようで、どう見ても全員限界が来ている
ように思える。―委員長の潮江先輩以外は。
前回の連続徹夜は確か四日で、しかも今回先輩は校外実習帰りらしい。
だから、普通に「もう切り上げませんか」などと言った所で、効果は
ほとんど無いだろうから、保健委員長の善法寺先輩に睡眠の重要性に
ついて説教していただくか、土井先生辺りに抗議してもらうか……
良く考えると、左吉の担任は顧問の安藤先生だから、そちらから言って
いただくのも良いかもしれない。
けれど、夜中に部屋を訪ねて行って、寝ているだろう所を起こしてまで
協力していただくのは心苦しい。となると
「……潮江先輩。眠気覚まし用に、ちょっとお茶を淹れてきますね」
「ああ」
いつだったか、善法寺先輩からいただいた超強力な眠り薬があるから、
それを盛るしか、今の僕の頭で思い付ける手は無いんだよな。
02.イケナイ行為(家族モノ)
僕は幼い頃、姉の滝夜叉丸と母親が違うことを知らなかった。けれど、滝夜叉丸が、何をどれだけ頑張っても、
母さんは絶対に誉めなかったどころか、僕が感心することも許さず、僕に滝夜叉丸をけなすようなことばかりを
教え込み、僕に滝夜叉丸が近付くのさえ嫌がっていたような覚えすらあるから、母さんが滝夜叉丸を嫌っている
ことは、何となく解っていた。
それでも幼い頃の僕にとって、滝夜叉丸は自慢の姉だった。何しろ、母さんには認められなくても、世間的には
出来が良くて礼儀正しくて健気で顔立ちも整った「理想の娘」で、僕の友達やその兄弟姉妹の誰と比べても、
滝夜叉丸は何でも出来て可愛いかったのだから。
そんな滝夜叉丸を「お姉ちゃん」と呼んでも良いのは、僕だけの特権で、母さんの目を盗んで弟として接され
愛されていることにも、優越感を覚えていた。その本質は多分変わっていないけれど、昔のように無邪気に
慕えなくなったのは、いきなりタカ丸兄さんの存在を知らされ、喜八郎が生まれ、母さんが出て行った頃のこと。
心無い―多分母さん方の―親戚や知り合いに、母さんが出て行ったのは滝夜叉丸の所為だ吹き込まれ、(言っちゃ
悪いけど)外国育ちで昼行燈なタカ丸兄さんと、手のかかる喜八郎の世話に追われていた滝夜叉丸は、自分を奮い
立たせ守るために、どんどん今みたいな性格になっていったことで溝が出来ていった。それでも、僕にまで構って
いる余裕は滝夜叉丸に無かったから、溝はどんどん広がって行き、本当ならその頃に僕が支えるべきだったんだと
気が付いたのは、「子供が出来たから結婚する」と聞かされた時だったと思う。
虚勢を張りながら、必死で僕を含む家族の世話を焼いていた滝夜叉丸は―多分幼い頃からずっと―、誰かに
褒めて欲しかったのだろう。そんな滝夜叉丸を、手放しに褒めて、何よりも家族を優先しても笑い飛ばして、
時には協力までしてくれたのが、小平太義兄さんだった。だから姉貴はアノ人のものになってしまったんだ。
そう気付いた時、今までの自分を後悔し、僕が力になってやって支えていたら、今も兄妹4人だけで暮らして
いられたかもしれないのに。とまで思った。
この想いが、姉弟愛なのか、はたまた恋とかそういうものなのかの答えは、あえて出さないことにしている。
けれど、僕の理想の女性像は多分滝夜叉丸に限りなく近く、滝夜叉丸の持っている能力が最低レベルという
のは、相当高すぎる基準だということも解っている。
それでも、滝夜叉丸を越える女性が現れない限り、僕は結婚出来ないだろう。そのことにようやく気付いたのは、
いつのことだっただろうか。
03.どっぷりと染まった手
僕の愛しいユリコもカノコも春子も、それから火縄銃もカービン銃も、
とにかく僕の愛する火器達全てが、刀や槍や、ましてや素手と違い、
容易く、時には一発で、その感触をこの手に感じることなく、
多くを傷付け、命を奪うことすら出来るものであることは、
百も承知している。
それでも僕は、過激な火器達に魅せられ、火薬の匂いを愛し、
硝煙に包まれることを選んだ。
この手を見えぬ血に染め、火薬の香りを纏うと決めた。
その選択に、後悔などあるわけが無いだろう?
04.「いいかげんに…!!」(喜八郎目線)
今日もまた、三木が滝とケンカをしている。
原因は、小テストの結果だったか、実技の何かの精度だったか。
きっかけはその程度のことで、そこからまた、いつも通りの
自慢合戦とケチのつけ合いが始まった。
別に僕は、自分に累が及ばなきゃ、昼食を食いっぱぐれようが
周り中に呆れられようが、食堂のおばちゃんに叱られようが
どうでもいいんだけど、何だかオロオロと推移を見守ってる
タカ丸さんの定食も冷めかけてるから、しょうがないんで止めて
あげるか。僕の分は食べ終わったし。
「……。2人共、そんなのどうでもいいから、いい加減ご飯食べれば?」
「何だと喜八郎!」
「どうでもいいとは何だ!」
あー、もう。こっちに矛先が向いたか。面倒くさい。問答無用で
鋤で殴って気絶させるか、放っておけば良かった。
05.これだから止められない
火器に関しては自負があるので、園田村ではユリコでは小さすぎて
臼砲のキューちゃんと震天雷に活躍を奪われたことや、照星さんに
その自負をズタズタにされたけれど、上には上が居るというか、
本職で、長年そういった世界に身を置いている方の前で粋がるのは、
逆に格好悪いことを痛感した。
けれどその代わり(?)、この間の休みには、照星さんに教えを請うことが
叶ったし、文化祭では同好の士であることが判明した1年は組の虎若と
一緒に、得意分野である火縄銃を使った模擬店をやったし、普段から火器の
話が出来たり、慕ってもらえるのは嬉しい。
それから、小松田さんの所為で5年生の宿題を引き当ててしまった時も、
愛しのユリコと一緒に、無事にその宿題を終わらせることが出来たし、
予算会議の際の鉄砲生捕火も、委員長にもお褒めの言葉をいただいたし、
後輩達にも感心された。
その他でも、事あるごとに僕の大事なユリコやカノコや春子と僕が
活躍することは、珍しいことではない。
だから普段は呆れられようとも、僕は火器達を愛し、誰よりも火器に
長けた存在を目指している。
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