ある日の昼休み。多分たまたま居合わせた。とかいうだけの理由で、放課後に
俺─富松作兵衛─と、左門、三之助の3人でお使いを頼まれた。
その瞬間
「何考えてやがんだこのジジイは」
と言いそうになったけど、相手は学園長なんで、色んな意味で諦めて、無事に
今日中に帰ってこれることを祈りながら、打てる限りの手も打っとくことにした。
まず、各委員会の先輩達に、
「学園長からお使いを頼まれたんで、今日の委員会は休みます」
と、目的地も込みで昼休みの間に伝えに行き、他の友達─藤内、数馬、孫兵─にも
同じことを話しておく。これで、万一日が暮れても戻らないようなら、多分誰か
探してくれる筈だ。
次に、迷子防止と迷子になられた時の両方の対策として、縄とか耆著とか兵糧丸とか
五色米なんかもアレコレ用意していたら、は組の2人が傷薬と縄をくれた。曰く、
「僕が先輩のご指導で作ったやつだから、ちょっと見た目悪くてダマになってたりも
するけど、使えなくはない筈」
「要は、失敗作だな」
「違うよ! 見た目が悪いだけで、効能はほとんどおんなじ。失敗じゃなくて、練習作なだけ!!」
そりゃ、新野先生や伊作先輩にはまだまだ及ばないけど、先生はともかく先輩はいずれは
卒業される筈なんだから、後輩達も作れるようにならないといけないし、最初から完璧に
出来る人なんか居ないでしょ!? 用具だって、食満先輩が作ったり直したりしたのと、君や
1年生のじゃ、雲泥の差じゃない。
そうまくしたてられたら、返す言葉も無いが、俺と1年坊主は一括りにするなよ。
「んじゃ、ありがたくもらっとく。……こっちの縄も、何か禍々しい感じがすんだけど」
数馬の傷薬を、他の持ち物と一緒にしまってから、藤内から貰った縄を手に取ると、感触が
妙に滑らかで、黒っぽいのが気になった。
「ああ。禍々しいかはともかく、髪の毛を編み込んだ縄だから」
「は?」
「ほら、女の髪で作った縄はしなやかで切れにくいだろ。アレの応用で、先輩が作られたのを
分けてもらったんだ」
ちなみに、原案きり丸経由兵太夫。作成は立花先輩の指示で食満先輩。使用されているのは、
主に立花先輩の髪と、きり丸が売ってた落ち髪も少し。愛用者は中在家先輩や食満先輩と、
あと滝夜叉丸先輩もらしい。
等々、淡々と付け加えられれば付け加えられる程、怪しさは増すような結構スゴい代物な
気がしてくるような……。
「とりあえず、普通の縄よりは切れにくくて、濡れても腐って千切れにくいのは事実で、
あんまり痕も残らないって」
「痕?」
「そう。食い込んだ痕が、あまり目立たなくて消えるのも早かったらしい」
それは、暴走迷子をくくっとくには良い気もするけど、誰の証言だよ。
「あ、それ多分うちの先輩。前に結構ぶちぶち言ってたし」
あー、迷子といけドン委員長の手綱を握りながら下級生の世話も焼いてる母ちゃんか。
確かに、迷子に縄つけて引き摺られたりしてんのなんて、俺らと滝夜叉丸先輩位しか
居ないよな。会計はたまに襟首掴んでんのは見るけど、あんま繋いで無いし。
とまぁ、そんな感じで昼休み中に支度を済ませ、放課後私服に着替えたら出掛ける
つもりでいて、組も部屋も同じだから待ち合わせて来ない。なんてことはないと
思っていたら、部屋に戻る途中で食満先輩に呼び止められ、昨日の委員会で俺が
修理した桶についての確認をしていた、ほんの数分の間に、
「先に戻ってんな」
と言われ、流石に教室から部屋までなら迷わないだろう。と先に行かせたのが間違いだった。
「何で居ないんだあの馬鹿迷子共〜!?」
実技終わりの日で、校庭の端の方とか校外からの戻りだったら─それも情けないが─、迷うのも
まだ解らないでもない。けど、今日は教科終わりで、教室は毎年変わってるとはいえ校舎から
長屋までは、流石に3年間往復してんだから迷いようもないだろうに、一旦戻って着替えた後
どこか行こうとしたんではなく、戻った気配が無いってことは、その僅かな距離を間違えやがったか。
これが普段なら、途中で委員会の先輩や先生に呼び止められたとかそんな可能性もあるけど、
今日に限ってはお使いのことを話してあるから、それはあり得ないし……。
とにかく、着替えて、用意しといた荷物と馬鹿共の着替えも持って探しに行って、見つけたら
その場で着替えさせて出掛けるしかないか。あと、万一入れ違いに戻って来た時の為に、他の
連中にも頼んどいた方が良いな。確か、作法は今日は休みで孫兵と数馬は当番じゃないって
言ってた気がするから、全員空いてる筈だし。
そんな算段をして、他の3人に頼んだ結果。じゃんけんで留守番(引き留め役):藤内、
留守番(伝達役):孫兵、捜索:数馬に決まり、通りすがりの先輩にも後輩にも先生方にも
片っ端から迷子を見掛けたかと、見掛けたら部屋に連行して藤内に預けてくれるよう頼んで、
時々部屋に戻りながら探し回ったが、一刻経っても見つから無かった辺りで、数馬から
「僕らの誰かで代わりに行こうか?」
と提案された。
「……そうだな。このまんまだと、お使いは果たせそうにないし、行けても帰って来れる気がしねぇしな」
「もしくは、1人で事足りる用なら、作はお使いに行って、僕らで2人を探す。という手もあるけど?」
「あー、内容自体は簡単だし、そんな遠くでもないんだけど、台車使っての届け物だから、1人だとキツイ」
そう。俺がわざわざ迷子共を探してまで連れてこうとしてんのと、俺らが通りすがり以外の理由で
お使いを頼まれた可能性として、俺は用具委員で慣れてるし、三之助は体育委員で体力がある─左門は
オマケ─だってのがあるんだ。
結局。それから半刻探しても見つからなかった時点で諦めて、は組の2人に迷子探しを任せて俺と
孫兵でお使いに行き、無事用件を済ませた帰り道。
「よぉ、作。こんな所で何してんだ?」
「……。それはこっちが訊きてぇよ。何でこんな所に居やがんだ三之助!?」
学園に帰り着く手前の茂みから、ガサガサと現れたのは、俺らが散々っぱら探しても見付からなかった、
迷子の片方だった。
「作も左門も見付かんなくて、小松田さんに訊いたらもうお使いに行った。っつうから」
「……。何でこの馬鹿を、一人で外に出した。アノへっぽこ事務員!!」
学園に入るのも出るのも、そこ“だけ”は誰にも負けない追跡能力を誇る小松田さんの
目を盗むのは、ほぼ不可能に等しい。だから、捜索中にも何度か確認を取って、校外に
出ていないことだけは確かめて、「見つけたら教えて下さい」と頼んどいた筈なんだけど、
ホント何考えてんだアノ駄目事務員。年上だとか、そんなん知るかっ。下手したら、
うちの1年坊主(しかもは組の)よりも使えねぇだろ。近場に居たから良いけど、自覚の
無い馬鹿迷子を解き放って、戻って来れなくなったりなんかした日には、学園総出で
山狩りとかする羽目になってた恐れもあるってのに。
「どうした、作? 急に叫んで」
「作兵衛が急にキレるのは、いつものことだろう」
「あー、そういやそうだな」
あ。てめっ、孫兵。今回は自分はそんなに迷惑被って無いからって、そっち回りやがるか。
そんな風にギャンギャン言い争いながら─正確には、俺がひたすら説教してんのを、三之助は
聞き流し、孫兵は他人事のような面をしながら─学園に戻り、吉野先生に台車を返すついでに
小松田さんの顛末を話すと、深ーーい溜め息の後で頭を抱えられたけど、その気持ちは物凄い
よく解ります。
それから学園長にお使いを済ませたことを報告して、長屋に戻ると、爆睡する左門を部屋の
隅に転がして、は組の2人は宿題をしていた。
「あ、おかえり。お疲れ様」
「ただいま。左門の奴、どこに居やがったんだ?」
「……綾部先輩が、校庭の隅に掘った穴に落ちてた」
どうも、この所委員会が忙しくて疲れていたのか、適度な広さがあり、ひんやりとして涼しい
穴の底で、爆睡していたらしい。
「しかもその穴は、まず誰も来ないような、ホント校庭の隅の隅に掘られていて、『忘れた
頃に誰か落ちたら楽しいと思って掘ったのに、直後に落ちるとか台無しなんだけど』って、
文句を言われたんだ。連れてきてくれたのは、綾部先輩に呼び出された滝夜叉丸先輩だけど」
そりゃ理不尽な抗議だな。と言いたい気もするが、折角作ったり直したものを、速攻でぶっ壊されたら
俺もキレるだろうから、綾部先輩の気持ちも解らなくもないような……。
「で、そのまま寝こけているわけか」
「そう。穴の中から引き摺り出されて、ずーっと文句言われながら担がれてここまで連れて来られても
起きなかった。って、どれだけ眠かったのか、それとも耐性があるのか気になる所だよね」
多分、両方だろうな。人使いは荒くて忍者馬鹿で鬼だけど、潮江先輩は、アレで案外面倒見も良いから、
寝落ちした後輩達を担いで各自の部屋まで連れてきてくれたりするし、最近の左門は一度本格的に寝たら
何しようがまず起きなくて、こないだなんか寝相が酷くて俺んところに転がって来たんで、寝惚けてて
機嫌が悪かったのもあって部屋の外に蹴り出しても起きず、最終的には軒下に落ちても寝てたし。
「てことは、勝手に起きるまでは、夕飯時に起こしたりしても、起きないってことか?」
「ああ。まぁ、腹減ったら起きるかもしんねぇけど」
「けど、起きない可能性もあるわけで、置いたまま僕らは食べに行って、その間に起きてどこか
行っちゃったりしたら、厄介だよね」
……不吉なこと言うな数馬。かなりあり得そうで、シャレになんねぇだろ。
「では、二手に分かれて、交代で食べに行くか?」
「それもなんだかな……」
そんな話をしている最中に左門が目を覚まし、俺を指差し「作だ!」と叫んだ。
「ああそうだよ。お前が勝手に迷子になった挙句に穴落ちて爆睡してる間に、お使い終わらせて
帰って来たんだ。てぇことで、もう飯の時間だから食堂行くぞ」
聞かれるであろう全てに答えながら問答無用で移動して、食後部屋に戻る途中で廁に行きたいと
言い出したんで、一人で行かして又迷われたら堪ったもんじゃないんで仕方無しに一緒に廁まで
向かったら、途中で通りすがったタカ丸さんに、
「仲良しさんだねぇ」
と言われたのが、何の他意もなく、本気で微笑ましく思っての感想だろうと解っていても、
恥ずかしかった。
そんなこんなの、濃い1日が、なんだかんだ言って日常茶飯事なのはマジで勘弁して欲しい
所なんだけど、今更なんで諦めるしかないんだろうか……。
4周年記念 あずき原様リクエスト
「どのシリーズでもいいので3ろがわちゃわちゃしている話」
とのご希望でしたが、3ろというか3年生で、迷子が殆ど出て来ていない仕上がりでスミマセン。
こんなんでもよろしいでしょうか……
2013.7.22
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