とある日の、ホームルームの余り時間。
「好きなことをしていて構わないが、教室からは出ず、騒ぎ過ぎないように」
そう生徒達に指示し、自身は他学年の授業用のプリントを作成しようとした、1年は組の担任土井半助に
「今日の国語の時間に、ことわざの勉強したんですけど、先生は好きなことわざってありますかぁ?」
「ぼくもだけど、みんなあんまり答えられなかったんですよぉ」
などと問い掛けてきたのは、しんべヱと喜三太の天然コンビだった。
「そうだな……『待てば甘露の日和あり』かな」
少し考えてから答えた土井に、「待てば海路の日和あり」では無いのかと、数人が首を傾げたが
「あぁ。意味はほぼ同じだけど、こっちの方が、より一層良いことがありそうな感じがするし、母の好きな
言葉だったらしいんだ」
曰く、どちらも「根気良く待てば、その内良いこともある」という意味で、「甘露」とは中国の伝説で良い
政治が敷かれた時に、天から降ったという甘い露のことらしい。
そんな解説をしている間に授業時間終了のチャイムが鳴ったので、掃除当番や帰り支度などを各自しだした中。
ホームルーム中に帰り支度を終えていたらしき兵太夫が、荷物をカバンに詰めていたきり丸の席にやってきた。
「よかったね」
「何が」
「ん〜、お母さんの好きだった言葉聞けたし、他にも色々、待ってたら良いことあったじゃん」
「まぁな」
いつも通りの人を食った笑みより、ほんの少しだけ穏やかに笑いかけてきた兵太夫は、きり丸と土井が
異父兄弟に当たることを知っている数少ない友人の1人で、4歳の頃から性別不詳の人気子役として
活躍しているきり丸の、所属事務所の社長の息子でもある。
それから1月ほど経ったある日。きり丸が出演したバラエティー番組をクラスメイト達が見ていると、その
番組内で「好きなことわざか何かはあるのか」と訊かれた彼は、土井の受け売りの説明を、まことしやかに
答えていた。けれど、その後に
「辛いことも、大変なことも沢山ありましたけど、今は学校も楽しいですし、友達もいっぱい出来て、先輩も
先生も良い人ばかりなので、『今まで頑張ってきた分の、ご褒美の甘露かなぁ』なんて考えてるんですよ」
と、口調こそ少し媚びた仕事用の「良い子モード」だったが、本心から幸せそうに笑っていて、概ね本音で
話しているのが、友人達には解った。
「マジで楽しそうな顔して話してんなぁ。土井先生の話そのままだけど、気に入ったのかな」
「そうだな。こないだの授業で指された時は『時は金なり』って、きっぱり答えてたもんな」
「まぁ、あの時はあの時で、結構楽しそうに答えてた気もするけど」
などと、先日の国語の授業中の彼を思い起こして苦笑したのは、団蔵・虎若・金吾の3人で、
「それにしても、いつ見ても別人みたいな話し方だよね、テレビに出てる時のきり丸って」
「でもさ、兵庫水軍の人と一緒の番組の時は、結構素っぽくない?」
「あと、女子部の先輩達と共演している時もじゃない?」
「ユキちゃんとトモミちゃんは、ウチのタレントだから事務所一緒だし、付き合い長いからね」
そんな風に、普段とのギャップについて語り合い始めたのは、庄左ヱ門・伊助・三治郎・兵太夫の4人だった。
ちなみに「兵庫水軍」は、某軍団のような芸能事務所的なものを想像していただきたい。
「何にしても、私達と出会えたことも『甘露』だって思ってくれてるのは、こっちも凄くうれしいよね」
そう言って、照れくさそうに笑った乱太郎に、他の皆も同感だと思った。そして、今は別の仕事で不在の
きり丸が帰ってきたら、全員でそのことを伝えようと決めた。
数時間後。帰寮したきり丸を囲み、番組を見たことを告げながら、半分茶化すように
「そこまで僕達のことを思っていてくれたなんて、嬉しかったよ」
「僕らも、きり丸に出会えて良かったと思ってるよ」
「俺達一生親友だぞ」
などと口々に語りかけると、きり丸は
「あ、あれは、あくまでもテレビ向けの演技で、いや、まあ、そりゃ、お前らと知り合えたのは、確かに
良かったと思っているけど……」
真っ赤になりながら言葉を濁し、照れ隠しが高じて逆切れのように
「お前ら、恥ずかしすぎんだよ。よくそこまで、本気で甘ったるいこと言えんな」
と、群がる友人達を押しのけて言ったが、
「だって『甘露』って、甘くておいしいものも言うもんねぇ」
「ねー。だから、すっごい甘くっても大丈夫でしょ」
食いしん坊のしんべヱと、日々周囲に愛され甘やかされている喜三太に、ニコニコ笑いながらそんな風に
理由づけをされ、何も言い返せずに折れたのだった。
五万打記念企画 ザイコ様リクエスト
『きり丸中心は組』『待てば甘露の日和あり』『無月』
とのことでしたが、何か若干土井さんメインぽくなったような気も……
一応、全員分セリフはありますが、微妙な出来でスミマセン。
こんな程度でよろしければ、今後も当家をよろしくおねがいします。
2010.3.11
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