「竹谷総長みたいなのを、『鬼に金棒』って言うんですよね」
	とか現役時代からよく言われたけど、それは違うような気がする。

	確かに俺が族の総長やってたのも、しょっちゅう返り血なんかで血まみれになってたから「笑う赤鬼」とか
	呼ばれてたのも一応事実で、得物の鉄パイプと金棒は似ていないことも無い。だけどこの異名は、実は俺が
	2代目で、大本は豪快に笑いながら、滅多に得物を使わずに素手で相手をボコっていた雅さん―今は八百屋の
	店主の大木雅之助さん―の異名で、実は俺は得物ナシで戦うのはそんなに得意じゃないし、ケンカや誰かを
	シメる時に笑ってたことは、あんまり無い。
	ついでに俺が総長やってたチームを作ったのも雅さん―と、肉屋の雄三さんと、七松組の金吾の叔父の新さんも
	絡んでいるらしい―だけど、厳密には「暴走族」では無かったりする。ウチの町は、片田舎だしヤクザのお膝元
	ってことで、若干血の気の多い奴が多かったり、近隣のそういう奴らに絡まれたりもしてたんで、
	「んじゃ、俺らでまとめちゃわね?」
	というノリで雅さんが立ちあげ、実質的に統率していたのは副長の雄三さんで、そっちも実は「青鬼」の異名を
	持っていたりする。その流れを汲んで、歴代の総長―ちなみに俺は、一応3代目―や幹部クラスは大体「鬼」の
	付く異名を持っていたりするんだが、前に居た人のを襲名した奴は少ない。しかも特に俺のは、初代総長のやつ
	な上に、まだちょっと下っ端だった頃に本人が面白がって「お前さんにやるよ」とくれたもので、そんな経緯が
	あったから周りに一目置かれるようになり、下の連中は雅さんの伝説と俺を混同して慕ってくれている節が無い
	とも言い難い。

	あと、今の若い奴らが知っている「笑う赤鬼」伝説には、俺じゃない人のも混じっていて、その人の方が笑うって
	表現が似合うし、鬼のように強いし、得物を持たせたら洒落にならないような事態になり兼ねない気がするんで、
	「鬼に金棒」って言葉は、あっちに使うべきだと思う。俺とか金吾とかは、得物があってようやく「鬼」の名に
	恥じない強さを発揮できるレベルだし。

	ちなみに、気付いているだろうが、その人ってのは勿論こへ兄。俺のお袋の弟で、七松組の跡取りで、ケンカの
	仕方は雅さんや、今はゲーセンの店長だけどかつてはウチの町で3本の指に入る位強かった元ガキ大将の木下の
	おっちゃん―ついでに残る2人は、七松組の厚着のおっちゃんとウチの親父らしい―仕込み。長い得物は基本的に
	新さんに教わった剣道の応用。寸止めの仕方や効果的な脅し文句は厚着のおっちゃんと雄三さん譲り。しかも
	幼馴染は現職刑事や弁護士で、一見嫁さんぽいし普段は家政婦してるけど頭脳派の側近―滝ちゃんのことな―
	とかがいるこへ兄こそが、ただでさえ強いのに更に強いものが加わった「鬼に金棒」の体現者で、手加減出来ず
	に血まみれで帰ってきたこへ兄―や、ついでに俺や金吾も―を叱りとばす滝ちゃんは、「鬼の女房に鬼神」て
	感じだと思う。まぁ、そっちは本人に言うとただじゃ済みそうにないから、言わないけど。
	
	んで、具体的なこへ兄の伝説ってのは、主にこっちからケンカを売ったとか、殴り込みをかけた系は、大抵そう。
	俺は基本的に、売られたケンカは―周囲の奴らに言わすと喜々として―買ってたし、買った以上は負けなかった
	けど、自分から吹っ掛けたことは殆ど無い。中には、ウチの誰かが仕掛けたのに駆り出されたとか、頭として
	指揮を執ったこともあるにはあるし、一般人や女子に悪さしようとしてる奴をシメたりはしてたけど、雅さんの
	時から「なるたけこっちからは手出ししない」が、一応暗黙の了解になってたし。
	でもってこへ兄も、仮にもヤクザの跡取りな自覚はガキの頃からあった筈なんで、普段はあまり自分から波風を
	立てるようなことはしない。けど、こへ兄の中に幾つか「譲れないもの」があって、それ絡みだと躊躇も手加減も
	せずに、完膚無きまでに相手を叩きのめす。しかも、若造の頃だけではなく、実は未だに。

	こへ兄の中の、最大の禁忌はヤクで―これは七松組的にも全面的にアウトだが―、手を出そうものなら問答無用で
	病院送りにされ、五体満足ではいられなくなる率も高い。その次が女への暴力で、七松組傘下の店の女の子に手を
	あげようものなら、客だろうが容赦しないし、ヒモとか貢がせているホストを再起不能にしかけたことも珍しく
	ない。あと、通りすがりでもそういうのを目にしたら、被害者の女ですら引く位の勢いで男をボコるし。そんで
	その次辺りに、子供への虐待とか弱い者イジメなんかも入んのかな。それは流石に、滅多に無いけど。

	だから、まとめると、こへ兄は基本的に女子供の味方で、ヤクが嫌いで、やり過ぎ感がある。ってところか。
	けどまぁ、滅多なことじゃ七松組の名前は出さないし、たまたま居合わせない限り他の奴―俺とか金吾とか
	三之助とか、場合によっては留兄や文兄辺りも―に加担させることはしないし、普段はそこそこ温厚なんで、
	噂とか曖昧な目撃情報が、若干伝説が一人歩きしてる「笑う赤鬼」の方に勘違いされてんだろうな。
	俺としては、それでも別に構わない気もするんだが、変な風に俺―というか「笑う赤鬼」―を尊敬して目指して
	いる若い奴がいるらしいのは、どうにかすべきなのかもしれないとも思う。噂や伝説を、中途半端に曲解して
	粋がっているガキの中には、
	「赤鬼の総長は、七松組にも臆さない位強かった」
	とかいう妙な勘違いをしている輩もいるらしく、七松組の若いのに盾付いたとかいう話も、チラホラ聞いている。
	今の所そういう馬鹿は、金吾辺りがどうにか片を付けてくれているらしいし、雅さんより上のおっちゃん達は
	笑って傍観したり見逃しているみたいだけど、多分そろそろ滝ちゃんがキレる。そうすると、こへ兄が「七松組の
	六代目」として動いて、最悪ウチのチームと七松組が対立しかねない。
	それは流石に色々マズイんで、ひとまず当時の幹部連中招集して、集会に顔出して説教しに行くかな。多分今の
	連中は、歴代の総長の大半が、引退後は家業継いで商店街なんかに居るのを知らずに、伝説と噂だけに憧れてる
	気がするし、そもそも俺が七松組の身内な事を知ってる奴は、当時から案外少なかったんだよな。




五万打記念企画 風音様リクエスト 「七松組で小平太メイン/鬼に金棒」 大変お待たせしたのに、 「七松組で鬼なら、赤鬼総長も絡ませたいなぁ」 との発想をしてしまった結果、小平太メインとは言い難い仕上がりになってしまい、申し訳ございません。 2010.4.21