果ての地の笹丘屋敷に飛ばされた当初、俺達が全員同じ部屋で、1つの布団を2人で使って
	寝ていたのには、いくつか理由がある。
	1つは、その方が暖かいから。それから、1部屋に固まっていれば、何か異変があった時に
	すぐ対処出来るから。
	とはいえ、それらの理由は、実を言えば後付けでしかなく、飛ばされてから数日は、
	「折角こんな無駄に広い屋敷で、布団なんかも数あんだから、1人1部屋使おうぜ」
	との主匪─その時点ではまだ「一灯」だったが─の提案に、納屋や部屋の隅に追いやられ、
	「自分の部屋」なんて夢のまた夢だった俺達が賛同し、何かあった場合に備えて隣り合った
	部屋を選びはしたが、生まれて初めての個室を手に入れ、各自の部屋で寝起きすることにした。

	けれど、2日目か3日目の夜に、枕を抱えた半べその史塋が、宮─こちらも正確にはまだ「三夜」─の
	部屋に「一緒に寝てもらえる?」と訪ねて来たという。
	育ちが育ちなだけに、独り寝が怖いとか寂しいとかそういったことはないだろうが、それでも棄てられた
	事実や今置かれている環境を鑑みると、心細くなっても不思議は無いか。まだ8つだもんな。などと
	考えながら部屋に入れてやった宮が、寝かしつけながら「どうした?」と訊いてやると、史塋は1人で
	寝ていると、ふいに土モグラに喰われた子供や、火だるまになった土モグラのことを思い出したり、
	山賊達が土モグラに喰われる音が聞こえてくるような気がして、怖くて眠れなくなったのだと、微睡み
	ながら答えたという。更に、

	「でね、あつひとの部屋ものぞいてみたんだけど、居なくて……」

	との証言があったので、翌朝訊いてみたら、敦仁や伍葉も同じような夢を見て、心細くなったので
	2人で伍葉の部屋で寝ていたらしい。

	確かに俺も、炎に包まれた土モグラの様は目に焼き付いていたし、アノ喰われる音も耳に残っている
	ことも併せて血塗れの屋敷の惨状や血の臭いも忘れたくても忘れられるものではなく、それらが夢に
	出てきて目が覚めることはあった。それに、音や状況だけ聞いていて実際の惨状を見ていない方が、
	嫌な想像を掻き立てるのかもしれないとも思うが、かといってアレを下の連中には見せられないので、
	「チビ共は入んなよ」という主匪の言い付けに賛成している。
	宮の報告に俺がそんな風に付け加えると、主匪は少し考えるような素振りは見せたが、その時は何も
	言わなかった。
	しかしその晩。一旦はそれぞれの部屋に戻って寝ようとした俺達に、主匪は

	「号四と三夜は布団一式、チビ共は枕だけ取ってこい。今日から全員同じ部屋で寝るぞ。布団は、
	 2人で1つな」

	と宣言した。

	「え」
	「いっしょに、寝るの?」
	「なんで??」

	昼間の俺らのやり取りを知らない下の3人は、嬉しさを滲ませつつも困惑していたが、

	「やっぱ一ヶ所に固まってた方が何かあった時わかりやすいし、お前ら体温高いから暖かいだろ」

	山賊達が居た頃は、アイツらが剥いだ毛皮とか結構あったけど、今はほとんどが使えねえんでさみぃんだよ。
	なんて主匪は嘯いていて、多分それも嘘ではないだろうが、本当に昔から素直じゃないな、アイツは。

	そんな訳でみんなで寝るようになったが、人数が増え、年を重ね成長するにつれて手狭になったこともあり、
	全員が1部屋に集まっていたのはみつばと彌式辺りまでで、飛ばされた直後や初めての狩りからしばらくは、
	程度の差はあれ必ず魘される奴が誰かしら居たので、主匪と宮と俺以外─俺達3人は1人部屋─で4〜5人
	ずつで、慣れてきたら2〜3人で1部屋。という形に落ち着いた。

	そういや、地下を進んでいる時に、獲物を捌けない白琵を皆でからかっていたが、始めの内から淡々と
	捌いていたのは、宮と主匪くらいだったな。しかも、主匪はそれまでの数年で慣れていただろうが、
	宮は「怖くないの?」などと訊ねる下の連中に

	「怖かねぇよ、気持ち悪いけど。でも、捌かなきゃ食えないし、解剖図は見たことあるからな」

	とか答えていて、当時は素直に関心していたが、あれは強がりだったのか、数字の子とはいえ薬師の
	家の生まれだから耐性があったのか……。初期の頃に狩りにてこずって大怪我した俺らの手当てを
	している時は、口では散々に「気を付けろよ」とか「無茶すんな」とか文句言いながらも、涙目で
	手が震えていたが。
	とにかく、飛ばされたばかりの頃は、狩りは出来るようになっても解体となると躊躇する奴がほとんど
	だったが、
	「血は、生きていたり生きていた証で、その命を貰ってぼくたちは生き延びるんだから、血も肉も
	 無駄にしちゃいけないんだ」
	「うん。宮に教えてもらって、なるべく綺麗に解体出来るようになろうね」
	「怖がって無駄にしちゃったら、獲物にも失礼だもんね」
	などと、ある日ふと気付き決心した敦仁達が、その後の連中にも同じように言い聞かせ、実践させて
	いる内に、みんな慣れたが、始めの内は本当におっかなびっくりだったのに、成長したもんだ。

	そんなことをふと思い出し笑いをしていたら、気付いた宮に「どうした」と聞かれたので、
	「いや。全員たくましく育ったもんだな。と思って」
	と答えたら、それだけで解ったようで、「確かにな」と返ってきた。


	赤い夢は未だに時折見る。けれど、もう魘されはしない。アレは、俺達が必死で生き延びて来た証だと、
	今は思えるから。



5周年記念品 赤1「広がる血」 『くらやみの地図』の初期6人可愛かったなぁ。という思いを込めて。 閧志目線は案外書き易かったです。