8月 19日 火曜日
今日は、金吾兄ちゃんに、ゲームセンターに
つれていってもらいました。
ゲームセンターには、「大きい人といっしょ
じゃないと、いってはいけません。」と、滝
さんに言われています。だから、金吾兄ちゃ
んや三之助兄ちゃんといっしょにいきます。
金吾兄ちゃんは、ぼくのほしかったにんぎょ
うをとってくれました。


「兵にコツ教わったから、絶対に目当ての取れる…筈だから!」

七松組の養いっ子時友四郎兵衛は、我がままどころか、「お願い」さえもあまり言わない。
したがって、珍しく何かねだられた場合、その相手は大いに張り切ってソレを叶えてやろうとする。
さらに、今回おねだりをされた皆本金吾は下っ端なので、滅多に四郎兵衛に頼られることは無い。
しかし一番年が近い―といっても七歳差だが―ので、ささいな「お願い」はしやすいらしく、数日前に
「駅前のゲームセンターのクレーンゲームの景品に気になるのがある」
と四郎兵衛から相談されていた。
そこで、友人内で最もその手のコトを得意とする笹山兵太夫に、頭を下げて極意を教えてもらったのだが、
彼がいつもよりもすんなりと、かつわかりやすく教えてくれたのは、兵太夫もまた四郎兵衛には甘い
ところがあるからなのかもしれなかった。

試行錯誤の末、金吾が四郎兵衛の欲しがっていた、「指人形」というには大きいぬいぐるみを
取ってやることに成功したのは、「500円で6回」の、正に6回目でのことだった。
「これでいいんだよな?」
「ありがとう金吾兄ちゃん!」
嬉しそうな四郎兵衛の様子に、金吾が満足そうにしていると
「おうおうそこの粋がった兄ちゃん。可愛い妹ちゃんの前で無様なカッコさらしたくなかったら、
俺らにちっとばかし恵んでくんねぇか」
今時珍しいほどの”典型的チンピラ”といった雰囲気の数人の男にからまれた。

最初金吾は、その連中が話し掛けているのが自分だとは思わず、四郎兵衛を連れてさっさと
帰ろうとしたのだが、
「おい! 聞いてんのか」
と肩をつかまれ、ようやく絡まれているのが自分であることと、四郎兵衛が少女に間違われて
いることに気が付いた。

コトを荒立て無いように逃げるか、それとも少しくらい痛い目をみせるべきか。でも、やりすぎると
バレた時に滝さんや若に何か言われそうだよなぁ。とりあえず、しろだけ逃がしとくか?
などと、金吾が緊張感皆無な様子で思考を巡らせていると、その態度に苛立ちを覚えたのか、
チンピラの中の一人が
「俺らのバックには、アノ七松組が付いているんだぞ」
と口走った。
それを聞いて、「ああ、これはシメとくべきだな」と金吾が判断したのとほぼ同時に、背後から
若干のんきそうな、よく知る者の声がした。

「ウチの組に、こんなん居たか?」
「さて。最近の若いのとは交流がありませんからねぇ。…金吾、お主は見覚えあるか?」
「ありませんね。そもそも、あったら絡んでこないでしょう。俺らに」
高校卒業後正式に七松組の構成員となった金吾は、まだ下っ端ではあるが出入りしていた期間は
長いため、七松組のほぼ全組員を見知っている。
が、それ以前に七松組の関係者ならば、「若の秘蔵っ子」こと四郎兵衛の顔を知らないわけが無い。
そんな意味を込めて金吾が背後の人間―厚着太逸と戸部新左ヱ門―と会話を交わしていると、完全に
無視された形になっていたチンピラ共がキレて問答無用で殴りかかってきた。

「最近の若いのは、気が短くていけないな」
そう言ってその拳を片手で受け止め、逆に腹に一発入れて沈めたのは厚着で
「ええ。ついでに、相手の力量を見定める頭も無いようで」
手にしていた竹刀で軽く2,3人気絶させながら応えたのは戸部だった。
その様子を、「手出ししたら、逆に邪魔になりそうだな」などと考えながら金吾は見ていると、
本来の目的(?)だった彼らの方に、金属バットを振りかざして向かってくる輩が居た。
しかし、そいつは手前で第三の人物によって止められた。

「連日、俺の店で好き放題しやがって」
ラリアットを食らわし、バランスを崩した後頭部に肘鉄をお見舞いしたのは
「自分が動くと面倒なことになるからって、わし等を呼んだのはお前じゃなかったか? 鉄」
ゲームセンター「440hz」店長、木下鉄丸だった。
「見てんのがお前さん達んとこのガキ共なら、口止めの必要は無いからな」
あらかたノシ終わったらしい厚着が、呆れ顔で木下に問うと、木下はしれっとした顔で返した。

その後。チンピラ達が伸びている間に、ビニール紐で手首を拘束し、事務所までは四郎兵衛を除く
四人で引き摺って行き、意識が戻るのを待った。
チンピラ達が目を覚ますまでの間に金吾が聞いた話によると、「近頃440hzで七松組の名を騙って悪さを
している連中がいるが、社員の自分がシメるとあとあと面倒なことになる」からと木下に頼まれ、厚着と
戸部は出没しそうな日に立ち寄って、遭遇したらとっちめる。という手筈になっていたらしい。


目を覚まさしたチンピラの一人の第一声は
「お前ら何モンだ。俺らにこんなことして、タダで済むと思ってんのか」
だった。

「坂の上の剣道道場は知ってるか? そこの師範で、ついでに七松組の組長のボディーガードもしてるよな」
それに対し、戸部を指して前半をチンピラに、後半を戸部自身に問うたのは厚着だった。
「護衛が本業ですがね。こちらは、七松組の分家の代表だ」
「分家ったって、下は殆どいないがな」
代わりに厚着については戸部が解説すると、残った一人の木下は胸を張って言い切った。
「そして俺は、この店のしがない雇われ店長だ」
「上の弱み握って好き放題してる奴が、何を言うか」
「若やハチに、素手のケンカ仕込んだの、鉄さんですよね」
呆れ顔でツッコミをいれた厚着・戸部の両名に、金吾は賛成だった。方々から聞いた与太話によると、
木下は厚着相手にタイマン張って、6:4の割合で勝てる程の猛者らしい。

「さらにだ。こちらの嬢ちゃんみたいな子は、ウチの組のボンだぞ」
いつの間にか話題は傍観者と化していた金吾達に移ったらしく、「ボン」といわれた四郎兵衛は
少し戸惑ったような顔をしていた。
「えーと、ぼく、そんなのでは…」
「組長(おやじ)のお孫さんならば”ボン”でしょう。そういう風に呼ばれるのは嫌ですか?」
戸部の訊き方に、金吾は「上手い」と思った。拾いっ子であることに若干の引け目を感じている四郎兵衛は、
「若(小平太)の息子」と言われると否定するが、「オヤジの孫」については、かなり可愛がってくれている
上に組長本人が「おじいちゃん」と呼ばせているからか、否定し辛いと思っているようだった。

「おまけにこのすかしたアンちゃんは、若のお気に入りでな。いずれは幹部あたりになる筈だ」
実を言えば、組に入って直ぐから「若い衆まとめんの任せていい?」と小平太に言われているのだが、
古参の反感を買いそうなので、滝夜叉丸を味方につけて説得してもらい、思いとどまってもらっている
状況だったりする。

「さて、じゃあ改めて訊くが、お前らの後ろ盾は誰だって?」
代表してチンピラたちににらみをきかせたのは、木下店長だった。
本物の七松組関係者―しかも幹部クラス―の出現に、殆どのチンピラが何も返せないでいると、一人が
自分達の所業を棚に上げて
「一般人に手ぇあげていいのかよ。しかも、そっちのオッサンはこの店の店長なんだろ? いいのかよ
客に暴力振るったのがバレても。…監視カメラとかに写ってるだろ」
などと妙な脅し―のつもりだろう。本人的には―を怒鳴り返してきた。

「んなもん、お前らの悪行の映像だけ見せりゃ済む話だ」
木下が何てこと無いかのように、ニヤリと笑って告げると、
「私とたいっさんは、あくまでも通りすがりに囲まれていた少年達を助けただけ。鉄さんは、
どうせカメラの死角を知っていて、写っていないんでしょう?」
戸部が静かに付け加え、
「安藤も、この程度のことでわしらに楯突くほど、愚かじゃなかろう」
厚着が町の警察署署長の名を出してしめた。

それに対し更にまだ抵抗するほどの愚か者は居なかったようで、木下の連絡で来た警官に、
チンピラ共は大人しく(?)連れて行かれ、騒動は終焉を迎えた。


ただ1つ、金吾が異を唱えたいと思ったことは、チンピラ共が気絶している間にオッサン3人組に
「にしても、確かにこりゃあ絡まれるよな」
「いかにも”気取った兄ちゃん”てな格好だもんな」
「しかも、しろ坊も”可愛い妹”に見えなくはないですしねぇ」
と、この日の服装について評されたことだった。
しかし、立場の弱い金吾に返せた言葉は、
「…しろの服の見立ては、母さんです」
四郎兵衛の服装に関する弁明だけだった。それに若干のダメージを受けていたのは、金吾の母の実弟に
あたる戸部のみだが、他2人が
「そういや、最近の金吾の格好は、若い頃のお前みたいだよなぁ」
だの
「新左の姉さんは、お嬢とはまた違った意味で強いからな」
などと、からかう相手を戸部に移したので、少し気は済んだ。
しかし、結局の所自分の身内に関する話であるということに、気付いていない辺りの詰めの甘さが、
金吾らしいのかもしれない。

ちなみにこの日の金吾は、赤Tシャツの上にグレー地に白の龍柄アロハを羽織り、下は黒のジーンズ。
四郎兵衛は、袖と胸に虹色のラインの入った白いパーカーにハーフパンツで、更に前髪は可愛らしい
ピンで留められていた。

尚、ピンについては
「午前中に宿題をする時前髪が邪魔だったから、滝さんに借りた」
のを外し忘れていたらしい。



にんぎょうをとってもらって、帰ろう
としたら、へんなおじさんたちに、か
らまれました。
だけど、厚着のおじさんと、新おじさ
んと、木下さんが助けてくれました。
強くてかっこよかったです。


先生のコメント
こわい目にあわず、けがもなかったのなら、よかったですね。
時友くんには、たくさんお兄さんやおじさんがわりの人がいて、みんなに
大切にされているみたいで、ひとりっこの先生はうらやましいです。
突庵


おまけ 「金吾、何ですぐに反撃しなかったの?」 「…得物がないと、間合いが取り辛くて、ついやりすぎてしまうんですよ」 「そういや前に、ハチ並に血まみれになって帰ってきて説教食らってたな。んじゃ今度、 たいっさんか鉄さんに、素手のケンカ習いに行けば? 俺とか留でもいいけど」 「その方が良いかもしれませんね」 by四郎兵衛から顛末を聞いた若と未熟者皆本くんでした


「風巻で、四郎兵衛十二歳の時に金吾と一緒に440hzに行き、 そこで争いごとに巻き込まれ木下、厚着、戸部に助けられる」 とのリクでしたが、こんなもんでいかがでしょう埴生宿様。 オッサン方は好きなんですが、現代版だと口調とか呼称がどうしていいものか… てなことで時間が掛かってすみません。 そのくせオッサン方(特に厚着さん)の口調、なんかコレじゃ違いますよね。木下店長変な人すぎるし。 …新左さんは、それなりに「らしく」書けた気がしなくも無いんですがどうでしょう? ちなみに、クレーンゲームの「人形」は、例の委員会対抗の時のパペットです(笑) 「若に似てると思ったから、誕生日プレゼントにしたかったの」 ということで。 (8/19は、勝手に設定したうちの小平太の誕生日なのですよ) 尚、兵様および夢前くんは、100円で2、3個いっぺんに取れるお方。 だけど木下店長と約束した(正しくは「させられた」)ので、月500〜1000円が限度です。 そして、しろちゃんの担任は、小学校6年間は「突庵先生」中学は「北石先生」で、 照代さんはその後、滝さんの飲み友達になる予定です。 あ、そういえば「440hz」の由来の解説忘れてた。 イ音=440hz が基準らしいので、「い組」にかけてつけてみました。 2008.8.17 8.18 少し加筆