俺は、村が燃え、全てを失くした日の事も、それからどうやって生きてきたかも、実はあまりよく覚えていない。
	それは、幼かったり、ただひたすら我武者羅に生きていくだけで精一杯だった以上に、あまりに辛くて思い出し
	たくなくて、無意識の内に封じているんだろう。そんな風に何人かに言われ、多分それはあっていると思う。

	ただ、時々ふっと思い出すことや、似た光景を目にした時なんかに、二重写しに見えることもある。
	だけど、生きていく為に戦場で物を売ったり、忍術学園に入学して、事件に巻き込まれたり実習で幾度となく
	戦やそれに巻き込まれる村の人達を目の当たりにする内に、次第に慣れた。というより、感傷に浸っている
	余裕など無く、割り切ることに慣れるしか無かった。
	忍術学園を卒業して、戦忍として独り立ちしてからは、より一層それらが日常と化していき、戦に翻弄される
	民や、焼き払われる村に、時折胸が痛むことはあっても、何も感じないようにと、己に言い聞かせてきた。

	そんな戦場で、失いかけていた「人」としての感情を取り戻すきっかけと出会ったのは、卒業から二年経った
	頃の事だった。


							×	
	


	「姉ちゃん! この子、助けてくれ」

	夫も知人の大半も忍びで、自身も忍術学園出身のいさの許に、怪我を負った忍びが訪れることは、そう珍しい
	事ではない。けれど、表向きは単なる町医者として生計を立てている事や、まだ幼い子供達も居る事などから、
	そういった者達は、大抵人目を忍んでひっそりと訪ねて来る。
	その為、真昼間に血塗れの少女を抱きかかえて駈け込んで来たきり丸に、一瞬目を丸くしたが、幸いにも他の
	患者は居らず、一刻を争う状況であることは一目瞭然だった為、少女の傷の状態を看ながら、6歳になる娘の
	伊織に指示を飛ばした。


	「詳しくは後で聞く。だから君は、ひとまず裏の井戸で身体を洗っておいで。伊織は、きり丸を井戸に連れて
	 行ってから、男物が入っている行李が押入れの奥の方にある筈だから、そこから着替えを用意してあげて、
	 その後は呼びに行くまで文多を連れて外で遊んでて。きり丸は、着替えたら私の手伝い。……出来るね?」

	妙に冷静さを欠いているように見える血塗れのきり丸は、少女をいさに託してからも、伊織に引っ張られるまで
	動かず、いさの最後の問い掛けにも、無言で小さく頷いただけだった。

	意識は無く、身体も冷たくなりかけているが、辛うじて息はしている少女の首には、止血用と思われる布が
	巻かれており、それを外すと、そこには刀で斬りつけられられたような、深い創があった。しかも、あまり
	切れ味の良くない刀で斬られたようで、一命を取り留めることは叶っても、痕が残り、声は失われるだろう。
	それがいさの所見だった。

	身を清め少々丈の足りない着物を着て戻ったきり丸は、指示されるままに、針の煮沸消毒や必要な道具を
	手渡している間もずっと無言で、心此処に在らず。といった様子だったが、それでも助手としては充分な
	働きをしていた為、いさは何も言わずに手早く縫合と後の処理を済ませると、伊織の着物に着替えさせて
	少女を寝かせ、道具の片付けも終えてからようやく、

	「それ、の古着だから、やっぱり君には小さかったね。でも、文次のよりは良いかと思ったし、着る人
	 居ないからあげる」

	きり丸の着物を指して笑ってから、「それじゃ、この子の素姓を聞かせて?」と問い掛けた。


	「……俺が雇われた戦の、生き残りっす」

	詳しくは語ることが出来ないが、壊滅状態の村の殺された村人の中で、瀕死ではあるがまだ生きていた
	少女を見つけてしまい、一旦は見捨てて忍務を遂行しようと思ったけれど、どうしても見捨てきれず、
	逃亡や裏切りを疑われる覚悟で、いさの元に担ぎ込んだのだという。

	「私情は捨てなきゃいけないって解ってて、けど、コイツが昔の俺や、姉ちゃんや、村のみんなに見えて……」

	この場合の「姉ちゃん」は、戦で亡くした実の姉のことで、おそらくこの少女位の年だったのだろうと察し、
	捨て置けなかったきり丸の心情も察したいさは、

	「君の採った行動は、忍失格だけど、人としては間違っていない。だけど、この先のこの子の全てを引き受ける
	 覚悟が無いのなら、助けるべきでは無かった。私はそう思うけど、その覚悟はあるかな」

	慰めと正論を同時に掛けた。

	「……解らない。けど、出来る限りの事はしたい。それが俺の、生き延びた意味だって思いたい」

	幼くして全てを失ったきり丸にとって、この少女はかつての自分で、自分が土井や忍術学園の皆に救われた
	ように、この子を救えたら。そう考えたことが、いさには解った。

	「そう。それじゃ、ひとまずこの子が助かる事を祈ろう。でもね、助かっても、きっとこの子は二度としゃべれ
	 ないし、家族も何もかも失ったのに、自分だけ助かったことを喜ばないかもしれない。それどころか、場合に
	 よっては、他の人を助けられなかった君を恨むかもしれない。……そういうのを、全部受けとめられる?」

	再び柔らかく笑いながら、キツイ現実を突きつけても、きり丸は揺らぐこと無く頷いた。そんな彼に、いさは
	(この子なら大丈夫かな)
	そう判断し、今後の為にも、今更かもしれないが忍務に戻って、全て済ませて来ることを進言した。

	「この子が息をしている間に来れたんなら、そんなに遠くは無いんでしょ? だったら、何か理由をでっちあげて
	 戻っても、多分バレないよ。だから、全部済ませておいで。どうせしばらくは絶対安静だから、君が傍に居ても
	 居なくても関係ないし」

	ニッコリ笑いながらそんな事を言ういさに、
	(まさか潮江先輩とか他の先輩方、時々そんな行動採ってんのか!?)
	という考えがよぎったが、気にしないことにして、恐る恐る戦場に戻って報告を済ませたが、彼女の言う通り、
	特に疑われることは無かった。



							×



	そんな経緯で拾った少女―安寿―は、意識が戻ってからもしばらく、潮江家で伊織達の遊び相手として過ごし、
	少し体力が回復して以降は、ひとまず土井家に身を寄せることになった。
	この当時はまだ、きり丸も土井家で暮らしていたが、忍務で滅多に家には居らず、家主の半助は言うまでもなく
	不在がちだった為、きり丸が養子になったのと同時に嫁いできた妻のえんは、口は聞けないが筆談や唇を読めば
	会話が出来ることから「話し相手が出来た」と大いに喜んだ。

	しかし、抜糸が済んですぐに、きり丸は安寿を連れて土井家を出て、とある山間の村に移り住むことを決めた。
	その理由は、かねてから忍務絡みのごたごたに巻き込まないよう家を出ることを考えていた事と、意識の戻った
	安寿に、いさに言われた内容を問うてみた所

	「辛いし悲しいけど、助かってよかった。でも、私だけじゃなくて、他の子達も助けてあげられたら良いと思う。
	 その為なら、私も何でも手伝うから」

	との答えが返ってきたことから、忍の傍らで、戦で家も家族も失った子供を拾ってきて育て、知人の伝手などを
	使ってその子供達を養子や奉公に出す、孤児院のようなものを営むことを決めた為だった。



	そして、家事及び下の子供達の世話役として手元に置き続けている安寿以外にも、多くの子供を拾い育て、
	その子供達に、「先生」と呼ばれ慕われる日が来るのだが、それはまだ少し先の話。





前々から書こうと思っていた、安寿の話をようやく その内、苑さんやいささんの影響で結構強い子に育った安ちゃんときり丸の 日常も書きたいです 2010.11.22