晩春に差し掛かるある日の朝。少し遅れて食堂に現れた伊作が、先に朝食を摂り始めていた友人達に向かい、

	「君達なんか嫌い」

	と、笑顔で言い放った。

	言われた五人の反応は、長次は手に箸と椀を持ったまま固まり、小平太は
	「え。何。いさっくんどうしたの? わたしら、何かしたっけ??」
	と大いにうろたえ、留三郎は「何か裏があるに決まっている」と平静を装おうとしていたが、若干茶碗を持つ手が
	震えており、仙蔵はしばらく固まった後、本気で落ち込み始め、文次郎だけは何故か黙々と食事を続けていた。

	そんな友人達の様子に、

	「ごめんね、嘘だよ。……あのね、鉢屋から聞いた、南蛮の風習らしいんだけど――」

	と伊作が解説した風習とは、エイプリルフールのことだった。

	ちなみに、伊作の発言を受けても平然としていたように見えた文次郎は、たまたま去年同じネタでひっかけられた
	ので、知ってはいたが、内心
	「まさかな」
	と思っていたとかいないとか……



六年生達が、食堂で混乱に陥る少し前。井戸で顔を合わせた友人達三人に、タカ丸が恐る恐る 「おれ、みんなのこと嫌いなんだけど」 と、なるべく無表情で言ってみると、三木ヱ門は大いにうろたえ、滝夜叉丸は一瞬固まった後、無言で涙を流し 始め、普段通りに反応が無いように見えた喜八郎も、しばらく地面を見つめたまま微動だにしなかったという ことは、相当の衝撃を受けたようだった。 そこでタカ丸は、すぐさま 「嘘だよ〜、ゴメンねみんな」 と前言を撤回して説明をしたが、衝撃の大きすぎた三人は、結局この日一日中、不安そうにタカ丸の顔色を うかがいつつ張り付いていたので、 「もう二度と、この手の嘘はつかないことにしよう」 と、タカ丸は心に強く誓ったのだった。
昼休み直前。実技の校外演習中に、例によって例の如く迷子になった友人達を探し回って疲れ果てていた作兵衛は、 あまり悪びれずに今日の定食の話をしていた当の迷子二人に 「もう、お前ら何か知るか! どこへでも行っちまえ!!」 とキレて、食堂の手前で二人を置いて部屋に帰ってしまった。そして、それを見ていた同期の友人達が、気に せず昼食を選んで食べ始めた二人に「追って謝らなくてもいいのか」と問うと 「だって、今日は嘘の日だから、本音じゃないだろ?」 「朝、六年生がそんな話してたよな」 と、のんきな返事が返ってきた。けれど 「先輩がその話をされていた時、確か作は居なかったよな?」 「うん。何か気になることあるからって、倉庫に行ってた筈」 朝の風景を思い返しながら藤内が確認を取ると、数馬からそれを肯定する内容の返事が返ってきて、更に孫兵が 「ということは、アレは単なる本音だな」 と、静かにとどめを刺した。 「「!?」」 「今すぐ、謝って来たらどうだ?」 うろたえる迷子に、孫兵がそう声を掛けると 「行くぞ左門!」 「おう!」 と駈け出して行ったが、 「って、逆じゃない? 作、部屋に戻ったっぽかったよね」 「……仕方ない。今日は、俺らで捕まえて連れて行ってやるか」 明後日な方向へ向かった二人に、溜め息を一つ吐いてから食堂のおばちゃんに向かい「すぐ戻りますので」と 頭を下げて席を立ったのは、藤内だった。 ついでに、そんな三年生のやり取りを見ていた四郎兵衛が、遅れて食堂にやってきたい組の三人に向かって、 「みんなのこと嫌い」と呟いてみた所、久作は箸を落とし、三郎次は味噌汁を傾けた状態で固まってこぼし、 左近に至っては、食べかけの飯を喉に詰まらせた挙句、お茶の入った湯呑を倒した。 それを食堂のおばちゃんに見咎められて叱られても、三人はそれどころでは無い状態に陥っており、四郎兵衛は 内心 「今じゃない方が良かったかな」 と反省し、おばちゃんに謝りながら三人にもネタばらしをしたが、食後三人を代表した左近から、盛大に お説教を食らったのだった。
昼休みの終わりごろ。朝の六年生や、お昼の二三年生のやり取りを見ていた伏木蔵が、教室に戻って授業の 準備をしながら 「どんな嘘をついてみたら楽しいかな」 などと考えていると、同じく準備をしていた怪士丸が、ポツリと 「僕、嘘吐きは嫌い」 と呟いた。それが聞こえた平太や孫次郎が、「何のこと?」と首を傾げると、怪士丸は「何でもないよ」と笑ったが、 伏木蔵だけは (ちぇー。先手打って、釘刺されちゃった) と、悔しそうだが同時に楽しそうな表情を浮かべていた。 それに気付いた平太が、放課後委員会中にその話を他の委員達にしてみた所、しんべヱと喜三太は 「何なんだろうねぇ」 などと首を傾げていたが、残る先輩二人は 「何というか、末恐ろしい感じだな」 「そっすね」 と、妙にしみじみと頷きあっていたが、どういう意味なのかまでは、訊いても教えてくれなかったという。
学園中で、盛大な混乱が生じた日の放課後。 「三郎なんか、大っ嫌い」 廊下で、眉をしかめた雷蔵にそう言い切られた三郎は、傷つくどころか 「逆の意味だろ」 と、ニヤニヤ笑いを浮かべてすらいた。 しかしそれに対し雷蔵は、照れるどころか、ニコリともせずに冷やかに 「……ねぇ、三郎。その風習で嘘をついてもいいのって、お昼前までだって知ってた?」 「え?」 「中在家先輩がね、ちゃんと調べて教えてくれたんだ」 淡々と告げられる言葉が信じられず、三郎は顔色を窺うように雷蔵を見つめたが、雷蔵は相変わらず冷やかに、 「コレが証拠」と言って一冊の本を三郎に見せただけだった。 その本の、示された箇所に書かれた内容に目を通すと、確かにそこには 「嘘をついていいのは午前中のみ」 と書かれていた。それを受けて 「嫌いとか、嘘、だよな? 嘘だって言ってくれ、雷蔵」 などと、三郎が泣きそうになりながら雷蔵に取り縋ろうとした所で 『ドッキリ大成功★』 と書かれた立て札を持った八左ヱ門と、呆れ顔の兵助と、腹を抱えて笑っている勘右衛門の三人が、天井裏から 姿を現した。 「ごめんね。この本に書かれている説があるのは本当のことだけど、嫌いっていうのは嘘だよ」 涙目になり、頭がうまく働かなくなっていた三郎が、呆然とした顔でいきなり現れた三人に、目線で「どういう ことだ」と問うと、雷蔵から苦笑交じりの謝罪が返ってきた。けれど三郎がそのことに安堵して、傍観者三人に 文句の一つも言おうとした矢先 「てのも、ウソなんだよな?」 と、にっこりと笑った勘右衛門が付け加えた。 「!?」 「勘! 流石にそれは言い過ぎだ!」 冗談だとは解っていつつも「まさか」と再び疑心暗鬼に捕らわれかけた三郎に、八左ヱ門は慌てて勘右衛門を たしなめようとしたが、兵助は 「別に、たまには良い薬だろ」 と冷たく、雷蔵も 「他の学年の人達を、困らせた罰だからねぇ」 と苦笑していただけだったという。
エイプリルフール限定拍手御礼 書きたかったのは主に5年生ですが、他も楽しかったです。 しかし私ゃ、伏木蔵をどこへ持っていきたいんだろう。今更だけど 2010.4.2