あれは確か、文多が生まれたばかりの頃。 二月ぶりに帰って来た君を出迎えるなり、その場に押し倒された。 その目に正気の光は無く、微かに血の臭いがした。 おそらくは人―しかも無関係か、何の罪も無い―を酷く理不尽な形で殺めざるを得ず、 それで多少荒んだか、血の臭いにでも酔ったのだろう。この身一つ与えることで気が 済むのなら、好きにさせてやろう。声を殺すことも、乱暴で一方的な行為に耐えること にも慣れている。最悪、子供達が起きるか来客があれば、鍼で眠らせることも容易い。 そう考え、抵抗することなくそのまま身を任せてすぐ、幼子を抱くには危険なので、 護身用の鍼などを、何も着けていないことを思い出した。 しかし逆を言えば、誤って反射的に殺めることなく、縋りつくことが出来るのではないか。 そのことに気付き、恐る恐る伸ばした腕を首に回して取り縋り、耳元で名を呼んでみた。 その瞬間。幽かに目に光が戻り、私の顔を見たので、薄く微笑んでやった。 すると完全に正気に戻ったのだろう。己が何をしたのか気付き、慌てて突き放すように 私を解放した。その、罪悪感に満ちた目を見るのが嫌で、にじり寄って頭を掻き抱き、 口付けを落として「大丈夫」と囁き、もう一度微笑みかけた。 大丈夫。私は君のものだから、何をしたって構わない。 どれだけ酷いことをされたって、それで君が戻ってくるのなら、 傷付きも、壊れもしないから。 躊躇う君に、触れ直して微笑ったのは、他でもない私自身。 だからね、もう平気なんだ。 あれからも悪夢は見るし、快楽よりも苦痛が勝つことは変わらない。 それでも、君は悪夢に結びつかない。私は君を恐れない。 君に触れられることに、悦びを覚えさえする。 目を覚まし、憑き物が落ちたような顔で謝った君に、 「気にしないで」 と伝えた、あれは強がりではない本音だった。 そのことを、覚えていて。