かつて、唯我独尊なシングルマザー仙蔵は、娘達が、それぞれ彼氏などが出来てもおかしくない年に
	なった頃に、
	「犯罪と既婚者と彼女持ちにさえ手を出さなければ、どのような男を選ぶのでも、好きにしろ」
	とだけ指導したが、長女の藤内にだけは
	「ただし、留三郎の長男だけはダメだ」
	と付け加えた。そして、「留三郎の長男」こと作兵衛も、はっきりと言われたことは無いが、
	「藤内だけは好きになってはいけない」
	といった趣旨のことを、それとなく植え付けられて育ったらしい。
	その理由について、藤内も作兵衛も親達に質したことは無いが、



	「多分、作は俺の実の弟に当たる筈なんだ」

	根拠は、一応従姉弟に当たるとはいえ、作兵衛は亡母の連れ子なので血縁は無い筈なのに、他のどの
	弟妹やいとこ達よりも、藤内と作兵衛が似ていること。そして、3歳差ならば、仙蔵の別れた元彼が
	その後別の女性と結婚し子供が出来てもおかしくないという計算から。
	そう、高校受験時の従弟数馬とのごたごたを期に、様々な本音や家庭事情をもらすようになった友人の
	孫兵に、藤内が打ち明けると、孫兵はあっさりそれに頷いた。

	「まぁ、有り得ない話では無いな」
	「……驚かないんだな」
	「僕に向かってそれを訊くのか? 僕の兄弟も、似たようなものだぞ」

	藤内の母仙蔵は、1度も結婚せずに、藤内と双児の妹達を産んだが、双方の父親は違うらしい。
	そして、孫兵は現在の父親木下鉄丸の2人目の妻の連れ子で、その母親が産んだ兄弟は四男の
	一平しか居ない。
	そのことは、お互いに知っていたが、実際は木下家ももっと複雑なのだという。

	「今も真相は質していないし、別にどうでも良いと言えば良いんだけれども、一平は父さんの子では無く、
	 それを解っていて端から僕ら2人を引き受ける為に結婚した。という噂があるんだ」
	「そうなのか」
	「ああ。三治郎の例があるので何とも言い難いが、僕の母親が木下の父さんと結婚したのは、僕が小学校に
	 上がる少し前で、それから2ヵ月程で一平が生まれ、離婚したのは一平が1歳になる前だった筈だから、
	 噂の信憑性は高い気がするんだ」

	曰く、孫兵と一平の生母は、コアなファンばかりのマイナー劇団の女優で、シングルマザーとして孫兵を
	産んだ時から、その劇団の演出家との不倫疑惑があったのだという。

	「それに、三治郎を産んだ人も、父さんは心当たりがあるらしいが、僕らは素姓も今どこで何をして
	 いるのかも知らないから、もしかしたら余所に他の兄弟が居る可能性も、無いとは言えない」

	三治郎は、鉄丸が孫兵達の母親が再婚する少し前に、いきなり訪ねてきた女性が、たまたま留守番を
	していた八左ヱ門に託して行ったが、「あなたの子です」という署名入りのメモ以外の手ががりは、
	一切無いのだという。

	「だから、僕の所も藤内の所も、特殊な部類に入りはするけれど、別に有り得ない話ではないと思う」

	そして、当人である親達は真相を知っているのだから、万一兄弟姉妹に当たる相手を選んでも、親に
	紹介した時点で判明して止められるだろうから、大丈夫なのではないか。と言われた所で、藤内は
	自分が抱えていた秘密が、割とどうでもいいものなのではないか。という錯覚を覚えた。

	「あとは、そもそも数馬に限らず従弟は全員圏外なのだったら、作兵衛だって同じだろう?」
	「まぁ、確かにそうだけど……」

	以前話した内容を踏まえそう返されたら、コレ以上は考える必要が無いのかと、藤内は完全にどうでも
	良い気分になった。けれど、藤内自身はそれで良いとしても、作兵衛の方がどう捉えているかも、問題
	なのではないか。との考えもよぎりはしたが、それこそ藤内が考えても仕方ないことだとも思った。


	結局。真相にも、作兵衛側が何を考え、いかなる想いを抱いているかにも触れないまま、よく解らない
	勢いで孫兵と付き合いだしたため、この日の議論は、本当にどうでも良いものになったと言えなくも
	なかったりする。



以前、途中まで書いてお倉入りしかけたブツ。 理由はもちろん、「やり過ぎた気がしたから」です。 (なのに完成させて上げた理由は、「貧乏性だから」) 2011.2.6