思いがけない再会の翌週末。三夜からのメールに書かれていた住所を頼りに、夜明が辿り着いた三夜の婚家は、
最寄り駅からバスで30分はかかる、郊外の─旅館か下宿屋でもやっていたのかと思うような─やけに広そうな
一軒家だった。

今日訪ねる旨はメールで伝えて許可は取ってあるし、主婦なんだから出迎えるのは三夜だろうと思いながら、
夜明が玄関の呼び鈴を押すと、インターホン越しに聞こえた「どちら様ですか?」という女性の声は、三夜とは
別人のものだった。

「夜橋夜明と……」
「ああ。聞いてます。……みんな、お客さんをお出迎えしてきて」

夜明が名乗ると納得した相手は、どうも側に居た子供達に指示を出したようで、すぐに微かに複数の足音が聞こえ、
戸が開いた。

「いらっしゃい、ませ」
「かーちゃん!?」
「しーちゃん、お客さんじゃなくて、おかーさんだよ」
「ちがうよ、みんな。この人は、母さんの弟。だからそっくりなんだって」
「……何人居るんだ?」

玄関に群がり夜明を見上げながら好き放題騒ぐ子供達は、先週の倍近い人数で、しかも中には10歳前後に
見える子まで居た。


「いつまで玄関でくっちゃべってんだ、お前ら。さっさと上げてやれ。……よぉ、夜明。よく来たな」
「あ、ああ。……まだ居るのか」
「何が?」

玄関で立ち話状態の夜明達に声を掛けに来た三夜の足元には、更に先週は居なかった気がする幼児が、2人程
しがみついていた。

「この子供達は、まさか全員お前の子供ではないよな」
「産んだのは3人で、引き取ったのが4人に、預かってんのが5人だけど、一応全員うちの子だぜ? あと、
 下宿人が従業員兼なのも併せて……今は6人か」

居間に通された夜明が、改めて尋ねると、三夜からはあっさりとそんな答えが返ってきた。

「どういう意味だ?」
「こないだ俺とお前を間違えた秋市と、閧志が抱いてた夕吾と、この深鳴は俺の産んだガキで、あとは養子とか
 里子とか近所の施設から預かってる連中だってことだ。……おら、お前ら。自己紹介しろ。名前と年だけで
 良いから、年順な」

足元にまとわりついていた幼児を一旦抱き上げ、子供達の中では年嵩の少女に託しながら三夜が促すと、子供達は
少し目配せをして、順に名乗り始めた。

「じゃあ、おれから? みつば、10歳」
「彌式、小3」
「左頼です。9歳で、小学3年生です」
「柄光、9歳です」
「藤麻です。小学2年生です」
「蓮士です。8歳です」
「淕楼、8つ」
「恵司といいます。1年生です」
「たくみ、6つです」
「ゆーご、5さい」
「みないれす。5しゃいれす」
「あきーち。5つ」

子供達名乗りを聞きながら、つまり、10歳から5歳まで計12人居て、実子は5歳児3人だけか。とすると、まぁ、
早いと言えば早いし、そういえば相手の年は聞いていないけど、そう犯罪並ではないな。などと三夜が子供を
産んだ年齢を逆算して、夜明はとりあえずは胸を撫で下ろしたが、すぐに「同い年の子が3人」という点に
引っ掛かった。

「三つ子なんだよ。初産で、しかもコイツら秋生まれなんで、真夏にデカイ腹抱えてて大変だったんだぜ」

またも考えを見抜いたのか、はたまた度々訊かれる質問なのか、三夜は夜明が疑問を口にする前に説明してくれた。

「で、うちに来ることになった経緯までは話す必要ねぇんで省くけど、左頼、柄光、蓮士が3年前。淕楼が去年
 養子にした連中で、みつばと彌式、藤麻、恵司、巧見の3人はそれぞれ兄弟で、みつば達は2年前から里子
 として預かってて、3姉弟は半年前から一時的に施設から預かってるだけ。って体にしてある。……将来的には
 全員引き取る心積もりはあんだけど、人数多いしまだ若くて実子も居るってんで、妙な勘繰りされても面倒だからな」

子供達には聞こえないように、1人ずつ指差して説明した後。三夜は、居間の端の方で雑誌を読んだり何やら
作業していた青年や、台所に居た女性などを呼び寄せた。

「今誰か出掛けてる奴いたっけか?」
「いや。今日は全員居たと思う」
「俺さっき、誰か外行くの見た気がするけど?」
「うん。伍葉と敦仁がちょっとコンビニ行くって言って出掛けて、灯二は課題が終わらないからって成重さんを
 頼りに」
「んじゃ灯二にだけメールしとくか」
「主匪は?」
「まだ寝てやがるから、叩き起こしてくるんで、お前らは先名乗っとけ」

という訳で、ひとまず名乗った3人は倡嗣、西南、史塋といい、男2人は下宿人兼従業員で、史塋も下宿人との
ことだったが、先週の買い出しの際に居た気がするのは、西南だけだった。

「先週は、主匪と伍葉と倡嗣が現場で、史塋は深鳴達を看てたもんな」
「そういや、深鳴も彌式もだいぶ良くなったけど、今度は秋市辺りがその風邪もらったっぽいんじゃなかったっけか?」
「そうそう。だからそろそろ布団に戻さないといけなくて、淕楼と巧見も熱っぽいし、恵司はまだ咳が残ってるんだよね」
「だったら、チビ助はまとめて昼寝で、上の連中は俺らが外連れてくか。その方が、宮も話しやすいだろうし」
「うん。じゃあ俺、寝かしつけてくるから、宮には言っといて」

後で三夜に聞いた所によると、この家の─子供達以外の─住人は、三つ子が生まれる前から出入りしているため、
全員がしばしば子守を任されており、特に史塋は保育士のタマゴなこともあって、「お姉ちゃん」を通り越して
「お母さん代行」の域に達しているという。しかし、

「やだ。おれおひるねしない。ざくろさわらしてくれるって、はくびいってたもん」
「それはまた今度にして、今日は良い子にお昼寝して、風邪を治そう。ね、秋市。好きな絵本も読んであげるから」
「そうだぞ。どうしても今わんこをモフりたいなら、うちにもクロが居るんだから、連れてけばいいだろ」
「やだ。ざくろがいい」
「ざくろは、今日でなくても触らせてもらえるだろうから、ワガママ言わない!」

どうやら、近所の子供の家の飼い犬を撫でさせてもらう約束をしているらしく、抱き上げて子供部屋に連れて
行こうにも、暴れて嫌がる秋市に、史塋も援護に回った面々も手を焼いていると

「アノ嬢ちゃんは、元々が器官弱くてこっち越して来てんだから、お前らの風邪うつったらマズイだろ。だから、
 治るまでは遊びに行ったってどうせ追い返されるだけだろうし、大人しく寝てさっさと治せ」
「そうだよ秋市。白琵がゲホゲホになっちゃったら、可哀想だろ?」
「はくび、ゲホゲホ?」
「そう。白琵はみんなよりもゲホゲホになりやすいから、うつしちゃだめなんだよ」

戻ってきた三夜の言葉と、それを噛み砕いて解りやすくした史塋や左頼の補足で、ようやく引き下がった秋市を
含む7歳児以下を、
「しーちゃんだけじゃ大変だから」
と子守りを買って出た、左頼と藤麻のお姉ちゃんずと史塋とで連れていくのと入れ替わりに、誰かが居間に顔を出した。


「……。仮にも客の前に、腹掻きながら起きてくんな、バ主匪!」
「客ったって、お前の弟だろ」
「だとしても、初対面で最悪のイメージを植え付けてどうすんだ。ただでさえお前は、目付きも態度も口も寝起きも
 悪ぃのに」

視界に入るなり怒鳴り付けた三夜に、夜明は「先週も思ったけど、コイツこんなに声を荒げるような奴だったか?」
と違和感を感じたが、以前の三夜をろくに覚えてはいないし、環境で人は変わるしな。などと考えていると、玄関の
方から「ただいま」の声に続いて

「またやり込められてんのか、主匪」
「ていうか、今起きたのかよ」

などと言いながら、コンビニ袋を提げた青年2人が帰ってきた。

「おう。お帰り。……夜明、コイツら、うちの下宿人で従業員の残り。敦仁は先週会ってるよな。伍葉、コレ俺の
 片割れの夜明」
「どうも。伍葉といいます。にしても、ホントそっくりだな、流石双児」
「な。言ったろ? 俺らですら見間違えそうになるんだから、秋市じゃ絶対間違うだろ」
「そうか? 宮の方が、性格ねじまがった感じしねぇか」
「うっせぇ。ちゃっちゃと身支度整えて来い、この馬鹿」

夜明をしげしげ眺めて率直な感想を口にした伍葉に、口を挟んで三夜に蹴飛ばされたのは、唯一まだ名乗っていない
寝起きの男で、やり取りなどから察するに、多分この男が三夜の夫で家主なのだろうな。と夜明は思ったが、自分の
想像よりも案外若かったことに少し驚いた。

「そりゃまぁ、1歳しか違わねぇしな」

まるで考えを見透かしたような三夜の応えに、そこまで考えが読めるのか!? と夜明はそら恐ろしくすら感じかけたが、

「いや。今のは口に出てた」
「そ、そうか。……俺達の1つ上で、独立してあれだけの人数の子供を引き取れるというのは、見事だな」
「あー、まあそう見えるかもしんねぇけど、金貸してくれた爺さんとか、気心知れた施設の園長とか居るだけだぜ。
 ここ来る途中で、教会見掛けたろ? あそこの裏に、保育所もやってる施設があってな。うちの連中は全員そこの
 施設の子でな」

曰く、近隣一帯の地主の沢老人は「若い子の夢を応援するのが趣味なんだ」と称し才能や技術はあるが資金力の
無い若者によく出資しており、孫の羅貫と三夜達が親しいこともあり三夜の夫である灯野一灯の工務店も援助して
もらえたのだという。しかし、沢老人に出資された若手側のほとんどがきちんと成功し、借りた金は利子をつけて
返済していることから、「沢さんに見込まれたなら」という見方もされ、事実、知人のよしみではなく、実力を
買われての出資の筈だとのことだった。
そして、施設の園長をしているラウグル牧師は沢老人の友人で、以前からアレコレ世話になっていた縁もあり、
子供達を託してくれたのだという。

「それにしたって、兄弟なんだったらともかく、何でまとめて3人も引き取ったんだ」
「ああ、それな。あの3人は全員物心つく前から施設に居て、仲も良くていつも3人でつるんでたんだ。それが、
 昔の敦仁達と重なったんだ」
「は?」
「アイツらも、色々事情があって家に帰りたくなかったり帰れなかったりしてな。そういや、敦仁と伍葉と史塋は、
 入り浸りだした当時、ちょうど今の左頼達くらいだったんだな」

今の家は、三つ子が生まれた頃に「自分達で修理するなら、好きに使って良いよ」と譲り受けた元下宿らしいが、
近所に灯野の実家があり、そこが三夜を含む家に居場所のない子供達の溜まり場だったのだという。

「最初は、主匪と俺と閧志と敦仁、伍葉、史塋の6人で、次に西南と倡嗣が増えて、灯二が転がり込んできて羅貫や
 成重さんとも知り合って、ガキが出来て、養子もらったり里子を預かるようになって、今に至る。ってとこだな」

指折り数えながらの三夜の説明に、20歳前後が小学校中学年だったのは、10年近く前になるので、8年前に家出した
三夜とは時期が合わなくないか? と夜明は思ったが、

「完璧に出てったのは高校入る頃だけど、12の時からろくに家に居なかったのに、やっぱ気付いて無かったかお前」

と呆れられた。
その言い種と態度には少々ムカついたが、関心を抱かず不在がちなことに気付いていなかったのは事実なので、
夜明が何も言えずにいると、またも玄関が開く音と共に「ただいま」と「お邪魔します」の声が聞こえた。