伊織達の元を辞し、忍務を済ませた後留三郎が訪れたのは、仙蔵の元だった。それは、手にした情報を集約し、
	他の皆に伝える役を担っているのが仙蔵だという理由以外にも、この度得た情報を真っ先に伝えるべき相手は
	仙蔵であると留三郎が判断したからで、一通り話して仙蔵宛の文を手渡すと、忍務を騙ってでも文次郎を呼び
	だしたら、残りの面子も招集するように頼み込み、最後に

	「ああそうだ、立花。俺が殴る分も残しとけよ」

	そう付け加えると、学生時代よりも凄味を増した極上の笑みで

	「もちろんだとも。……抵抗出来ない位痛め付けておくのと、敢えて手加減して抵抗出来るがさせないのと、
	 どちらが良い?」

	と返ってきた。

	「そりゃもちろん、『抵抗させない』に決まってんだろ」
	「解った。では、かつて伊作から軽い説教を食らった程度にしておこう」

	伊作の保護者を自負し文次郎を目の敵にしていた二人は、密約めかしたやり取りの後、互いにニヤリと笑いあった。
	そして残りの城仕えの二人にも連絡をつけ、集結した全員から最低一発以上文次郎が殴られた後、五人揃って
	伊織の元を訪ねることにした道中。留三郎が仙蔵に、彼宛の文が一番分厚かったことについて、内容を訊いて
	みると、

	「おそらくお前らに宛てた物と同じような説明と、……後半のアレは、一種の恋文だな」
	「は? お前宛だろ」
	「ああ。しかし『文次郎を責めないでくれ』から、『何故文次郎なのか』『何故産むと決めたか』『何故姿を
	 消したのか』そんなことが延々書いてあったのだから、私への弁明という名の恋文だろう?」

	苦笑しつつ仙蔵が、「読んでも構わないぞ」と差し出した文は、途中の宿で留三郎が目を通した所、以下の
	ような内容から始まっていた。


	”仙蔵へ
	 今君がこれを読んでいるということは、僕はもうこの世には居ないということだと思うと、少し残念です。
	 そして、無事に生まれはしたけど、育ててあげることは出来なかった僕の子は、男の子と女の子のどちらで、
	 今何歳で、どんな子に育っていますか?”


	後から確認を取った所によると、この辺りまでは全員同じような文面から始まっており、どうもこの文を書いた
	のは出産の直前で、産後も無事だった場合は、破棄して別の文を書く気でいたらしい。


	”簡潔に結論から言うと、産むことに決めたのは「家族が欲しかったから」。君達の前から姿を消したのは、
	 迷惑をかけたくなかったからです。”


	ここまでは留三郎への文にも書かれていたが、その先の「誰にとってどう迷惑なのか」の説明が、より詳しく
	書かれていた。


	”僕は、人には守るものがあるから強くなれる人と、形振り構わないからこそ強い人とが居ると思うんだ。
	 それで、文次郎は後者の、己が身さえ顧みないからこそ、どこまでも強くなっていける性質だと僕は思っている。
	 だから妻子は、伸び代を奪い覚悟を鈍らせるだけの、邪魔な存在でしかない。ある程度年齢を重ねて、実力も
	 ついてきたら余裕が出来るかもしれない。だけど少なくとも今の時点は、枷にしかならない。そう考えたから、
	 僕は姿を消すことにしたんだ。

	 文次郎だけでなく、君らの誰にも告げずにいきなり学園を去ったのは、結局産み月の今も殆どお腹は目立って
	 いないけど、それでも外見に多少の変化は出ているし、君でも留さんでも長次でも、誰か一人だけにでも話し
	 たら、絶対バレるような態度を取っていた気がするんだよね。

	 残念ながら、現実にはこの身は持たなかったようだけど、もしも無事に子供を産むことが出来て、その先何年か
	 生きていられたら、君達に逢いに行くつもりはあった。逢いに、行きたかった。この手で我が子を抱けなかった
	 ことと、再び君達に逢えなかったことだけが心残りだけど、僕は決して不幸では無かった。君達と出会えて、
	 本当に幸せだった。そのことはまず覚えていて”


	その先が仙蔵が言う所の「恋文」部で、確かに半年かけて考えたという答えの羅列は、告白や惚気に等しいと
	留三郎にも感じ取れた。しかも後に確認してみた所、その「何故文次郎なのか」については、当の文次郎への
	文には詳しくは書かれてはいなかったという。

	 

	そんなこんなで村に辿り着き、以前一度顔を合わせている留三郎が、代表して織野に挨拶をしてから他の四人を
	紹介し、伊織を呼んでもらった。

	「お兄さん達、だあれ?」

	産みの母と同年で実父を含むとはいえ、まだ二十歳の青年達は四歳の少女から見てもまだ「お兄さん」なわけで、
	他の子供達と遊んでいた所を呼び戻された伊織は、キョトンと見知らぬ来客達を見上げて首を傾げた。

	「我らは、お前の母上の友人だ。そして、この中にお前の父上も居る。……誰が良い?」
	「え?」

	幼いながら母親に瓜二つの伊織に、少し痛んだ内心を隠しながら、優しく微笑って語りかけたのは仙蔵だった。

	「誰を選んでも構わんぞ。なぁ、お前達?」
	「……そうだな」
	「まぁ、七松以外は今の所独り身だしな」
	「うちも友達の子引き取る位なら、別に平気だと思うよ」
	「……」

	水を向けた仙蔵に、長次・留三郎・小平太は口々に同意し、文次郎も嫌そうな顔はしたが、何も言わなかった。

	「異論がある者は居ないようだな。では、問題なかろう。遠慮なく好きな父上を選んで良いぞ、伊織」
	「えっと、これからも、このお家で、織野おばさんやおじさんや穂野姉ちゃん達と一緒に居たい。っていうのは、
	 ダメですか?」
	「勿論構わないとも。……流石我が娘。慎み深い良い子だな」

	急な父親(候補)の登場に戸惑いながら伊織が、恐る恐る申し出ると、仙蔵は軽く目を見開いてから、再び穏やかに
	微笑いかけてやった。それに対し
	「誰がテメェの娘だ!」
	と、つい叫んでしまった文次郎は無視し、その後も折に触れ会いに来ることや、時には伊織が仙蔵達の元を訪ねて
	来ることを約束させ、その度に各々の知る伊作の話を伊織にしてやった。そして半ば冗談で、仙蔵は「父上」、
	留三郎は「父さん」、小平太が「父ちゃん」で、長次まで「とと様」と呼ばせたが、伊織自身が望まなかった
	こともあり誰一人として実の父については語らず、文次郎に至ってはそういった呼び方は一切させず、滅多に
	会いに来さえしなかった。


	それでも十歳を迎え、忍術学園にくのいちとして入学する直前。伊織はわざわざ文次郎の元を訪ねて来て、

	「私の父親って、潮江さんでしょ?」

	と、半ば確信を持った表情で問い掛けて来た。

	「何故そう思った。伊作の文に書いてあったってのか?」

	伊達に十年以上忍として生きている訳ではないので、子供の拙い誘導尋問になど乗らぬ。と、文次郎は一切
	動じること無く、眉をひそめて見せた。

	「ううん。手紙は二通になっていて、一通目に『手掛かりはあげるから、当ててごらん』って書いてあって、その
	 手掛かりから自分で考えたの。……母さんて、そういうこと言いそうな人だった?」
	「……ああ。あまりにアイツらしすぎて、頭痛すら覚えるな」

	クスクスと笑う伊作の幻が見えた文次郎が本気で頭を抱えると、伊織はそんな伊作そっくりに笑った。

	「やっぱりだ。『多分この話をしたら、凄く苦々しげな顔で呆れると思う』とも書いてあったんだ」
	「……俺でなくとも、流石に呆れると思うが?」

	文次郎が素知らぬ態度を貫いて返せば、伊織も負けじと笑ったまま、そもそもの推論の根拠を挙げ始めた。

	「一番の根拠は、『もしかしたら、自分が父親だって名乗らなくて、指摘しても認めないかも』かな。それから、
	『不器用でまっすぐな人』とか、『ぶっきらぼうで口が悪いけど、悪い人じゃない』ともあったわ」

	その表現は、文次郎宛の文の中にも「君がそういう人だから選んだのかもしれない」との文言があった。しかし
	尚も、文次郎は往生際悪く反論を試みようとした。けれど伊織は先手を打つように

	「認めたくないし名乗りたくないなら、父様とは呼ばないから安心してね。ただ、確かめてみたかっただけなの」

	伊作と同じ少し諦めがちな笑顔を見せた伊織に、文次郎は彼女の推論があっており、自分が父親であることを
	認めそうになったが、一言「好きにしろ」とだけ返した。留三郎からその存在を聞かされ、託された文に目を
	通し全てを知り、初めて顔を見た時から、文次郎の中にある想いはただ一つ。
	たった四つの時分から母親に生き写しの娘に、その幻や「もしも伊作が女として生きて来たら」という「もしも」
	の可能性を重ねて見ることは避ける。その為には、傍に置いていたら嫌でもソレを見てしまうだろうから、距離を
	置く。そんな、極論のような決意だった。


	そんな文次郎の意図を汲むように、伊織は文次郎を父と呼ぶことはせず、他の四人も呼び方こそ冗談で父親扱いの
	ままだったが、一線を引いて真相を質すことは生涯しなかったという。


	

前半から2ヵ月以上開いたため、当初の計画は殆ど忘れました。 という訳で、何かよく解らない仕上がりに…… 実はこの後半で一番書きたかったのは、仙&留の 「今から一緒に これから一緒に 殴りに行こうか」(byチャゲアス) だったり 2010.5.22