「伊織、ちょっとおいで。……この中から、好きなの選んで良いよ。あげるから」

	母様に手招きされた私の前に拡げられていたのは、色取り取りの沢山の着物。おそらく母様の若い頃―今も
	三十路だけど充分若くて、十四の私と姉妹に見えるけど―の物だろうけど、急にどうしたんだろう。そう
	思ったのが顔に出ていたのか、母様はニコリと笑った。

	「きり丸の所の安寿もお年頃だし、仙の所に泉の許嫁の子が来たでしょう? だからこの機会に、もう着ない
	 ようなやつは、全部譲っちゃおうかと思って」

	結構な数があるから、私達だけでなくまだ小さい半助おじさんの所のぎんや、知り合いのおじさん達の所の
	娘達にも分けることにしたけど、やっぱりまずは実の娘の私に選ばせてくれることにしたそうで、気になる
	着物を手にとってみる度に、母様は楽しそうに来歴やその着物にまつわる出来事を教えてくれた。

	「それはね、仙が最初にくれたのなんだよ。いきなり上から被せられて、『思った通り似合うな』なんて
	 言われたから何かと思ったら『姉上が貢がれたものだが、似合わんし要らんというので、譲り受けてきた』
	 って。それからこっちのは長次のお母上の若い頃の物で、娘が居たら譲りたかった奴らしいから、着られる
	 ようになるのはうんと先だけど、折角だし千緒ちゃんにあげようか。そうすると、やっぱり他もそれぞれの
	 お父さんが選んだのを、1枚以上は娘達にあげたいかも」

	そんな風に言いながら母様は、どうもそれぞれのおじさん達のイチオシだったらしい着物を、探して抜き出した。

	「高価そうなのは、大体仙蔵の姉上への貢物の横流しで、それ以外は長次のお母上の若い頃の物が殆どでね。
	 中には自分で買った古着もあるけど、そういうのは未だに着てるか、既に君達にお下がりであげちゃった
	 んだけど、こへが好きだって言ってくれたコレは、卒業してからはあまり着てないんだよね」

	そう言いながら抜いたのは、橙色の小袖と海老茶の帯で、確かに私や母様には明るすぎるけど、栗子や山女には
	よく似合いそうだった。

	「留さんが好きだったのは、この桜色の小袖と鉄紺の帯の組み合わせでね。私も結構気に入っていたんだ。
	 それから、長次のお母上が気に入っていたのはさっきのだけど、長次自身はこの芥子色の小袖と鶯色の
	 帯。だから、両方千緒ちゃんにあげても良いよね」

	楽しそうに、私に説明しながら分けていく母様の手が、とある着物を取ろうとして一瞬止まった。

	「……仙のコレは、わざわざ選んだら悪趣味かなぁ」
	
	それは、鮮やかな露草色の高価そうな小袖で、お下がりでも横流しでもなく、わざわざ仙蔵さんが母様に
	誂えたものだったりするらしい。そして、泉の許嫁として立花家に迎えられた樟葉さんは、実は母様の
	義姉君に当たる人の娘らしく、母様とそっくりなのだというから、一歩間違えば嫌がらせになり兼ねない。

	「そう、だね、母様。とすると、私もコレは選ばない方がいいかな」

	とても綺麗な着物だったから、少し惜しい気はしたけど、私も母様似なので、着ていたら父様の気分を害し
	そうな気もするから、別の誰かにあげてしまうのが得策だと考えた。ついでに、その露草色の着物と同じ位
	仙蔵さんの気に入っていた、朱鷺色の小袖が以前はあったそうだけど、それは泉を託す時にきり丸兄さんに
	あげてしまった。という話も、後日安寿姉さんに着物を譲りに行く母様のお伴をした時に、兄さんから聞いた。
	それからしばらく、改めて色んな話をしながら私に好きな着物や帯を選ばせてくれていた母様に、

	「ところで母様。父様のお気に入りってあるの?」

	そう訊いてみたら、母様は照れもせずに

	「君達が、一番見覚えがあるやつがそう。……ああ、でも、診察向きの血や染みが目立たないのじゃないよ」

	と言いながら、別の行李から数枚の着物を取り出した。

	「こっちの縞模様のが、学生時代に自分で買った方で、こっちは君らの着物を買いに行った時に、たまたま
	 見つけて気になったけど、物が良いから悩んでいたら買ってくれたやつ」

	確かに言われてみれば母様は、普段は臙脂や檜皮、焦げ茶、茄子紺などの黒っぽい色の物を着ていることが
	多いけど、その白緑の地に縞の小袖に若草色の帯や、空色の小袖と千草色の帯の組み合わせは、父様が任務
	から帰って来た次の日や、逆に任務に赴く日に着ているのをよく見る気がした。

	「……ごちそうさまです」
	「いえいえ。…あ、そうだ。折角なら、今度諸泉さんが来た時に、好み訊いてみるか、もしくは普段着ない
	 ような色のを着て、反応見てみる?」

	惚気染みた答えが返って来るのは想定内だったけど、思いの外甘くて、この話題を振ったことをちょっと
	後悔しかけたら、更にこっちにまで矛先が回って来るとは。

	「例えば?」
	「んー。おんちゃんも、普段は私と同じような黒っぽい色味が多いから、淡い色か、いっそ鮮やかな真っ赤や
	 黄色なんかでもアリじゃないかな?」

	淡い色は、多分雑渡さんが母様に着せたがりそうな感じがするから、だったら鮮やかな色の方が……。
	そう思ったのは、どうも母様も同じだったようで、多分諸泉さんも自分の好み以上に、雑渡さんへの
	反発がありそうだから、やっぱりそっち系かな。

		

	そうやって、和気あいあいと選んだ着物と、この日聞いた話は、全て大事な母様の形見。
	誰にも譲らなかった母様のお気に入りは、片方は母様と。もう片方は父様と一緒に焼いてあげるから、
	安心してね。



前から考えていた、着物の好み考+母から娘への形見分け話 色の組み合わせ及び、伊作に似合うか否かは、所詮センスの無い奴が考えたので…… 2010.11.18