自己顕示欲や負けん気が強く、若干頭でっかちない組の面々の中で、最も早く「百聞は一見にしかず」や
「習うより慣れよ」の意味をキチンと実感し、なおかつ得手不得手や天賦の才などもあるので、
「は組の連中や他の誰かと競っても、何の意味も無い」
と悟ったのは、学級委員長の今福彦四郎だった。
何しろ、彼の所属する学級委員長委員会は、顧問も先輩も間違いなく天才だが傍迷惑な変人や、おっとり
しているようで結構良い性格をしており、同期はアホのは組の中では最も優秀で食えなくて人のセリフを
奪うマイペースで無駄に冷静な黒木庄左ヱ門。という、かなり濃い上に張り合っても無駄な面々ばかりが
揃っていたことに加え、司会やら受付やら審判役を振られることが多かったので、嫌でも経験や知人の
数などの差を見せつけられて来たのだから、ある意味それは自明の理だった。
けれど、は組の面々のように特出した能力は無いが、逆に全般的に何でも高水準でこなせる所まで自分を
高められるだけの資質や才はあったし、誰かとの比較ではなく、あくまでも自分自身の限界に挑み続ける
ことに決め、常に上を目指して努力を怠らなかった彼は、最高学年になる頃には、実技教科共に、学年で
5本の指に入るような優秀な成績に、庄左ヱ門にすら的確にツッコミを入れられる冷静さと頭の回転を
手に入れており、就職先は選り好みすら出来るだろう。と言われていた。
にも関わらず、彦四郎が選んだ進路は忍術学園の事務員だった為、同期―特に同じい組の面々―は揃って
「それで良いのか」
と彼に詰め寄った。
いくら用具管理主任である吉野の熱烈な誘いがあったとはいえ、アノ小松田秀作ですら辛うじて務まって
いるのだから、彦四郎で無くても……
そんな風に首を傾げる友人達に、彦四郎は
「確かに、小松田さんでも出来ていなくはないし、未だに出茂鹿之助が狙っているっていう噂もある。
それでも、吉野先生は『僕に』と仰って下さったし、僕は6年間学級委員長として行事を仕切ったり
小松田さんの手助けや後始末をしてきたから、勝手をよく解っている。だから、言っちゃ悪いけど
ある程度の能力があれば誰でも務まる城仕えよりは、僕を指名して下さった事務職の方が良いかも
しれないと思ったんだ。……あと、吉野先生が引退された後、小松田さんしか居ないのがどれだけ
不安かは、君らだって想像できるだろ?」
と答え、散々悩んだ結果選んだ選択肢であることも付け加えた。
「あとは、折角佐武鉄砲隊や加藤村や福富屋や兵庫水軍や、他にも色んな繋がりが出来たんだぞ。優秀な
窓口が居れば、今後もその伝手を有効活用出来る可能性があるんだから、後進の為にも小松田さんじゃ
ダメだろ」
そんな、更に付け加えられ内容に、い組の面々は目を丸くし、ろ組の面々は
(自分で「優秀な」って言っちゃうところが、根っこはい組だなぁ)
と口には出さずに思いはしたが、発想自体には感心し、は組の面々は「その発想があったか!」と何だか
悔しそうだったりしたとかしないとか。
3周年記念品ハニカリク
「6年彦ちゃんで進路話」だった気がするけど、こんなんで良いかね?
2011.9.11
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