何やら困った表情をした善法寺伊作が、
		「ちょっと相談に乗って」
		と立花仙蔵を作法室まで連れて行き、人が来なそうなことを確認して広げて見せたのは

		「最初が紅で、次が白粉。その次に簪、挿し櫛、細帯と続いて…」
		「ついに小袖、か」
		決して見るからに高価そうな派手派手しいものではなく、しかし一目で質が良く
		値が張ることが解るその品々は、とある人物から伊作に対して贈られたものだという。
	
		「最初の紅から、大体2〜3日置きに送られて来てるんだけど、これってつまりは
		『バレてる』って言いたいのかなぁ?」
		送り主の名は”雑渡昆奈門”。「ひょんなことで知り合った、伊作に妙な執着を持って
		いるように感じられる包帯男」が仙蔵の認識であり、更に付け加えるなら、一応
		タソガレドキ城の忍び組頭らしい。
		そして「バレている」とは、伊作の性別のことで、彼―彼女―は家の事情で男として
		育てられ、男と偽って忍術学園に入学させられた少女である。
		「嫌がらせや牽制に使うには、高価過ぎる品に思えるがな。しかも、少々気障ったらしい
		上に夢見がちな印象は受けるが、お前に似合いそうな色柄を揃えていると思わんか?」
		正体がばれない様に気をつけた女装時でさえも、まず自分では選ばないだろう「清楚」で
		「可憐」な雰囲気の衣装や髪飾りは、確かに似合わなくもないだろうと、伊作自身も
		感じてはいた。

		「どうしたらいいんだろうねぇ。捨てたり売るわけにはいかないけど、もらっておいて
		その内…ってわけにもいかないし」
		何にしろ、他の面子に見られた時点で来歴を問い詰められるに決まっている。
		「ここ(作法室)に置いておいて、女装に使うにも高級すぎるしな」
		実は伊作の女装用の化粧道具や着物の一部には、作法の備品に紛れ込ませてあるものもある。
		「そうだよねぇ」
		「…なら何故ここに持ち込んだのかは、訊いても平気か?」
		八方塞り。といった表情で考えこみだした伊作に、ふと感じた疑問を投げかけてみると、
		「留に見られたら煩そうだし、相談できるのは仙蔵しかいないけど、仙蔵の部屋には
		一番五月蝿い奴がいるから」
		との返事が溜め息混じりに返ってきたが、その「一番五月蝿い仙蔵の同室者」と伊作は、
		一応付き合っている筈ではなかったか。との突っ込みは入れないでおいた。


		「ところで、『2〜3日置き』と言ったが、この小袖が送られてきたのはいつだ?」
		送り返そうにも、それもなんか後が怖いなぁ。などとブツブツ呟きだした伊作に、
		放置され若干手持ち無沙汰になってきていた仙蔵が、「あえて触れないでいた」気がする
		点について問うてみると、伊作はあらぬ方向を見ながら「昨日」と小さな声で呟いた。
		「ということは、明日明後日にでも、次は本人が湧いて出そうだな」
		「やめて。シャレにならないから」
		仙蔵的には、一応茶化して言ったつもりだったのだが、伊作は本気で嫌がり、そこで
		この話題は打ち切られ、ひとまず「一式まとめて医務室の押入れの奥にでも押し込んで
		おけばいい」ということにしたらしかった。


		その翌日。仙蔵の推測はやはり正解で、授業を終え自室に戻るなり、伊作は一度開けた
		戸を閉めて大声を張り上げた。
		
		「小松田さーん。不法侵入ー」
		しかし小松田が現れる前に、中から戸を開けた侵入者―雑渡―は抜け抜けと
		「悪いけど、ちゃんと入門表に記入したから、私は歴とした来訪者だよ?
		この部屋に案内してくれたのも、その事務員くんだし」
		と、のたもうた。
		「相変わらずあのへっぽこ事務員は…」
		小声で悪態をつくと、いい度胸をした曲者は更に
		「それと、同室の子が戻ってくるのも期待しない方が良いかもね」
		とまで付け加えてきた。
		「何故です?」
		「ちょっとした、時間稼ぎをね」
		包帯越しでもわかる薄笑いに、伊作は教室から戻る途中で、同室の留三郎が呼ばれた
		委員会の仕事内容が思い浮かんだ。
		「まさか、穴の開いた倉庫の壁って…」
		用具主任の吉野の目に付き、用具委員が修理に駆り出されそうで、かつ自然に壊れた
		ように見せかけるくらいのことは、通りすがりにでも簡単に出来たのだという。
		
		「で、そこまでなさって、僕に何の用ですか?」
		ある程度までは見当が付いていたが、それは出来るなら外れていて欲しい内容なので、
		訊ねる伊作の声は実に硬いものだった。
		「えーと、『会いたかったから会いに来た』じゃダメ?」
		部屋に入って戸を閉めはしたが、警戒を解かずその場に立ったままの伊作に、雑渡は
		何てことないように答えたが、その内容は「胡散臭い」以外の何物でもなかった。
		「却下です。手当の借りは返していただきましたから、もう何も無い筈ですよね?」
		目一杯不快そうな表情を浮かべた伊作が、冷ややかに言い切っても、雑渡の態度は変わらなかった。
		「それじゃ、『逢引のお誘い』。小袖とかはちゃんと届いているよね?」
		「…あのような物を戴く謂われも、逢引する理由もありませんが」
		本当は薄々勘付いてはいたが、伊作は頑なな態度を取り続けていた。
		「私的にはちゃんと理由があるよ。私は君のことが…」
		「言わないで下さい! 僕はソレを、認めたくない。認めるわけには、いかないんです」
		真面目なのかふざけているのか良く解らない口調の雑渡に、伊作は耳を塞いで叫んだ。
		「ふぅん。ってことは、解ってはいるんだ。でも、その上で嫌なんだね。…それじゃ、
		言わないでいてあげるから、今度贈った物全部着けて逢引してね」
		「何でそうなるんですか!?」
		「じゃあ、言っていいの?」
		「やめて下さい。…でも、その交換条件絶対に何かおかしいと思います」
		言質をとったかのように、楽しそうな様子で勝手なことを言い出す雑渡に、伊作は
		泣きそうだった。人の話を聞いていないわけではなく、聞いた上で茶化して自分に
		都合のいい方向に持っていく相手が、いかに厄介か痛感し、結局反論を諦めた。
		「……わかりました。ただし、一度きりです。一度共に出掛けたら、着物類はお返し
		しますし、化粧品は同じものを買ってお返しします。ですから、二度と同じことは
		なさらないで下さい。次からは、問答無用で送り返します」
		精一杯虚勢を張って返すと、雑渡は実に嬉しそうに「それでいいよ」と言って、予定を
		取り付けると学園を去っていった。


		そして約束の日。結局あの後友人達全員に打ち明けて考えた結果、「辛うじて伊作だと判る」
		程度の化粧にして、学園から女装姿で出掛けることにした。
		それには、「忍務」とでも「お使い」とでも適当な言い訳で知り合い―主に後輩―に
		遇ったとしても誤魔化せるとの判断と、普段の「完全に化けている」女装姿とは変えて
		おかないと、連想でバレかねない。との二つの理由があった。

		待ち合わせ先まで向かう途中伊作は、「あの目立つ包帯姿をどうする気なのだろうか」と
		考えていたが、先に来ていた相手は顔には面をつけて独楽や凧などの玩具を売っていた。

		「…考えましたね。普段の姿よりは目立ちません」
		「やぁ。…やっぱり私の見立ては合ってたみたいだね。似合っているよ」
		呆れ半分感心半分で伊作が呟くと、その存在に気が付いて振り向いた雑渡は、面の下で
		笑ったようだった。
		「それはどうも。友人には『似合うがガラじゃないな』と言われましたが」
		着付けと化粧を手伝ってくれた仙蔵と留三郎曰く、『どこのお忍びの姫さんだか』と
		いうくらいに、高価な品ばかりであることが再確認されていた。
		
		その後連れ立って歩きながらも、警戒を緩めない伊作とむやみやたらと楽しそうな雑渡は、
		たまに適当な店先をひやかす程度で、どこに寄るでも何をするでもなく、とりとめの無い
		会話をしながら町をぶらついていた。
		
		「男が女に身につけるものを贈る時って、”脱がせたい”って下心がある。って言うよね」
		雑渡がこんなことを呟いたのは、小間物屋や紅屋などで「こういうの似合いそうだね」
		「いりませんからね」などの押し問答を繰り返した後で寄った茶屋でだった。
		「…指一本でも触れたら、その場で自害して差し上げます」
		雑渡のおごりらしい団子を食べながら、にっこりと極上の笑顔で脅すようなことを
		答えた伊作に、面の下で雑渡が目を丸くした…ような気がした。
		「それは嫌だなぁ。でも、何で『自害』?」
		表面上はお互い実ににこやかで、端から見れば微笑ましい空気を発しながらも、内容は
		物騒極まりない方向へと進んでいった。
		「あなたに一矢を報いることが出来ると思えるほど、僕は読みが甘くはありませんから」
		団子を食べ終え、茶をすすってから、尚もにっこり笑って伊作は答えた。
		「ふぅん。だけどそんな宣言されたら、何としてでも阻止するって思わないの?」
		対する雑渡も、口調が軽いのが逆に空恐ろしかった。
		「自由を奪って慰み者になさるとでも? それでも、『一日経っても戻らぬ場合は
		死んだと思ってくれ』と言い置いて来てありますから、どちらにせよ僕の友人達か、
		最悪学園を敵に回す羽目になりますが?」
		実を言うと、初めに今日に到る流れを話したところ、何人かがこっそり護衛として付いて
		来ようとしたのだが、バレるだろうからとやめさせ、代わりに約束を遺して来たのだった。
		「う〜ん。できればそれは避けたいなぁ。それに、出来るならちゃんとした形で君を
		手に入れたいしね。…ってことで、今日はもうこれで良いよ」
		思いの他あっさりと引き下がったことに伊作は驚いたが、同時に引っ掛かりも覚えた。
		
		「いえ、ありえませんから。自分の意思であなたを選ぶことは」
		「そう? 外堀埋めていけば、案外どうにかなる気もしなくない?」
		「しません!」
		伊作としては本気で「有り得ない」と言っているのに、雑渡は軽く流して笑っていた。

		「ああ、そうだ。着物とか返さなくていいよ。返されても使い道ないしね」
		去り際に、「小袖や帯は洗って送り返す」と言った伊作に、雑渡はこう返すと、伊作が
		何か口を開く前に
		「あと、それを交換条件にまた何か要求する程しみったれてもいないから安心してね」
		と付け加えた。


		ただしその後も、約束どおり「送ってくる」ことはしないが、直接貢物を持参して
		忍術学園内に現れる雑渡に、伊作を始めとする六年一同は頭を悩ますことになるのだが、
		それはまた別の話になる。




無駄に長くてすいません。ついでに、この時代に玩具売りが居たのかは調べておりません。 「雑伊」で、カテゴリーは自由とのことでしたので、「落花」設定にしてみました。 というか、他だと「風巻」くらいしか接点無いけど、七松組だとドロドロの痛いのにしか ならないのですよ 流石に、記念リクで書くネタじゃないでしょう。「病んだ薬屋とそのパトロン」は てなことで、こんなのでよろしいでしょうか美蘭様。 以下余談 おおまかに流れを話した柳佳姐さんに、「え。何。ストーカー?」と言われました。 ええそうですよ。あの方は明らかにストーカーさんだと私ゃ認識しております。 テーマソングは、あみんの「待つわ」で。 特に↓の辺り 「私待つわ いつまでも待つわ たとえあなたが振り向いてくれなくても 待つわ(待つわ)いつまでも待つわ 他の誰かにあなたが振られる日まで」 何しろウチの雑渡さん、「相手に愛想を尽かすのを虎視眈々と待っていて良い?」って言った人ですんで 2008.8.12