とある休日の昼下がり。 自室(と言っても、下級生は学年別で全員同室)で カラクリをいじっていた兵太夫が、ふと呟いた。 「ねぇ。アノ話って、本当だったのかな?」 「『アノ話』?」 その呟きに反応を返したのは、近くで繕い物を していた伊助と、予習中の伝七だった。 「こないだ善法寺先輩が言ってた、『立花先輩 には、片思いしてる相手がいる』っていうやつ」 ”この間”とは、調子に乗って周囲の面々の恋バナを 訊きまくった時のことで、詳しくはコチラ参照。 「さぁ? どうなんだろう。僕は、立花先輩に そういうのは似合わない気がするけど」 兵太夫と共に、仙蔵の委員会の後輩に当たる伝七は、 麗しの委員長様のことを、半ば神聖視している節がある。 「伊助ちゃんは? 何か知らない?」 「噂は聞いたことないけど、立花先輩なら有り得る気はする」 本人の意思と関係ない所で、某転入生な先輩伝手に色事系の 噂がドンドン集まり、ついでに見る目も養われてしまった 伊助は、いつの間にか学園内でも指折りの情報通と化している。 その伊助の情報と直感を、かなり信用している兵太夫 とは対照的に、伝七は己の感覚でものを量ろうとする。 「えー。そう? 根拠は??」 「余計な意地とか、見栄が邪魔して言えない。って可能性が ある気がするから。もしくは、『今更過ぎる』とかね」 伊助がこっそり心に刻んでいる先輩の名言の一つに 『相手に好かれるためだったら、なりふり構わず総てを 投げ打つ。っていう人も居れば、変な所でこだわっちゃって、 素直に言えない。って人も居るからねぇ。…人それぞれで、 どっちも悪くないと思うけど、意地張って身構えちゃうのは、 ちょっと勿体無い気もするかなぁ』 というのがある。因みに彼自身は前者だが、未だ本気に してもらえないらしい。―閑話休題。元に戻ろう。 「確かに。それはありそう」 「そうすると、相手は同期の親しいご友人の誰かとか?」 伊助の説に、作法二人は揃って納得したようだったが、 伝七の呟きに、兵太夫がつまらなそうに異を唱えた。 「ありそうだけど、無難過ぎて面白くないよ伝七」 「じゃあ、兵太夫はどんな相手だと思うんだよ」 ムッとした伝七が水を向けると、兵太夫は少し考えてから 「えーっとねー。『…年下だから』って意地はってる。 とかいう理由で、竹谷先輩や久々知先輩はどう?」 ひらめいた様に、楽しげに候補を挙げた。 「…人選の基準は?」 無いこともなさそうだが、「接点がわからない」と ばかりに伝七が更に問うと、兵太夫は平然と答えた。 「鉢屋先輩とか4年生は論外で、3年生以下は、流石に なさそうだから。それにホラ。久々知先輩なら火薬委員だし」 確かに、火器を得意とする仙蔵と、火薬委員ならば 接点はあるが、この時点で、竹谷も除外されている ことには、誰も気付いていなかった。 「その繋がりだったら、『土井先生』っていうのもアリじゃない?」 「さっすが伊助ちゃん。それオイシイ」 年もそこまで離れていないし、接点も多く、かつて色々と 教えてもらったことがあり、その時から…。そんな可能性を、 伊助が思いつきで挙げると、今度は伝七が声を上げた。 「あ。なら、山田先生の息子さんも良くない!?」 「利吉さん? ああ。確かに、年は近いし、火縄銃の名手で 格好良いもんね。伝七にしちゃ良いの思い付いたじゃん」 滅多に会えないことも、要素の一つとしては大きい。などと、三人は 好き勝手なことを言い合って、その後もしばらく盛り上がっていた。 vvvv 「……という訳で、この中に正解ありますか?」 所変わって、こちらは六年部屋。好き放題検討してみた結果。 真相が気になって仕方なくなった作法の二人が、伊助を引っ張る 形で押しかけ、本人が居ないのを確認するなりの質問だった。 「はぁ。仙の片思い相手予想したの? そりゃまあ、気になる 気持ちは解るけど、本人がいつ戻って来るかわからないのに、 同室の僕に直接訊きに来るなんて、すごい度胸だね。君達」 「だって、善法寺先輩くらいしか、訊けそうな人居ませんから」 いきなり訪ねて来た後輩に仮説を聞かされ、その答えを訊かれて 目を丸くしているのは、仙蔵の同室者兼親友の伊作だった。 「片思い相手がいる」と洩らした張本人なので、何か知っているには 違いなかったが、呆れ顔の彼女が意外に食えないのも、また事実 だったので、一年生達ははぐらかされないようにと気を張っていた。 「それだけの理由で訊きに来れちゃうんだから、若いって良いねぇ」 「で、どうなんですか?」 「ん〜内緒」 ほんの五つしか違わないくせに、こんなことを苦笑交じりに呟くのは、 明らか誤魔化す気だと感じた伝七が再び問うと、まずは笑顔で流された。 「…本当に知ってるんですか?」 「知ってるよ。仙は、悩み事も秘密も、ぜぇんぶ僕に相談してくるから」 今度は兵太夫が挑発するように問うと、伊作は挑発に乗ること なく、にっこり笑って答えてきた。それが何故か惚気のように 聞こえたのは、果たして一年生達の気の所為なのか… 「じゃあ教えて下さいよ」 「駄目。『絶対に洩らさない』って誓ってあるし、 秘密なのを前提に、仙も話してくれるんだもん」 不貞腐れたように要求すると、伊作は笑顔でそれを却下した。 「…それなら、何故この間、片思いしている ことだけは、バラしたんですか?」 伊助のこのツッコミに、作法の二人は心の中で拍手喝采した。 「いやぁ。何か、見てて焦れったくなってきてたから、 周り煽って焚き付けてみようかなぁ。なんて」 何故か照れたように笑いながらの伊作の言い訳に、三人は 呆れ返ってものも言えなくなり、ついでに日々こんな調子に 振り回されているだろう、周囲の先輩達に深く同情した。 「それ、『余計なお世話』で『いい迷惑』って言いますよね」 いち早く我に返った伊助の一言にも、伊作はあいまいな 笑みを返しただけで、結局今回は徒労に終わっただけだった。
くのいち教室の部屋割りは知りませんが、人数少なそうなので、とりあえず 低学年→学年別雑魚部屋 高学年→2人部屋 ということにしてみました。 なので、1年生は全員同室。数藤(正しくは雑魚部屋)・綾滝・仙伊が同室です。 仙様の本命についての正解は、特に決めておりません。 お好きなお相手でどーぞ(笑)  2008.12.5