あれは俺が、中3の冬のこと。

	「ミコト。担任の先生から連絡あったんだけど、お前進路希望、就職で出したんだって?」
	「それが何」

	珍しく父親にキチンと今の本名で呼ばれたと思ったら、これまた珍しく、一般的な父親みたいなことを訊かれた。

	「理由は? 単に私と暮らすのが嫌で、家を出たいってだけだったら認めないからね」
	「……」

	どうせバレているとは思ったが、図星を突かれてそれを否定されたら、今はまだ一介の中坊に過ぎぬ身と
	しては、どうする術もない。

	「どうしても中卒でもやりたい仕事があるって訳じゃないんだったら、最低でも高校、出来れば大学まで行く
	 ように。……私と暮らしたくないんなら、大学からは下宿でも1人暮らしでも、好きにしていいし、学費も
	 生活費も出してあげるから」
	「……。こんな時だけ、マトモな、普通の父親みたいなこと言うのかよ」

	反抗したかったというよりは、本気でそういう内容が似合わないと思ったから、ボソリと呟くと、

	「だって曲がりなりにも、父親だもん。それにお前のお母さんに、お前をちゃんと育てるって約束したからね」

	妙に自慢げかつ穏やかに返されてムカついた。離婚の時には
	「アナタに、年上で父親である以外の、親権を勝ち取れる要素があるとでも思っているの?」
	などと言われて反論できず、再婚の邪魔にならないように俺が自分の意思でこっちに来るって決めた時には、
	「気を遣わなくていいのよ? あの人に、マトモに育児が出来るとは思えないもの」
	と目一杯心配してギリギリまで引き留められ、
	「俺が父さんの面倒を見ることにした」
	で渋々納得して、それでも
	「何か困ったことがあったら、すぐに言いに来るのよ?」
	と再三言い聞かせられたような、無駄に長く生きているだけのダメ親父のくせに。
	アンタが母さんを通して誰を見ていたか、俺は知ってんだからな。

	そんなことを考えたのが顔に出ていたのか、やけに真面目な顔で一言

	「勘違いしてるだろうから言っとくけど、私は『アノ子に似てるから』とか、気紛れや暇潰しのつもりで
	 お前のお母さんと結婚した訳じゃないよ」

	そう諭すように言ってから、過去語りっぽいものを始めた。	


							×

	ここまで長いこと生きてるとねぇ、別に側に誰も居なくたって平気だし、逆に今の時代ともなると、記憶だけ
	じゃなくて、記録から何から全部誤魔化さなきゃいけなくて色々面倒だから、独りの方が全然楽なんだ。って
	ことで、結婚したのは実は凄く久しぶりだし、子供が居るのなんて、100年位ぶりかもしれない。
	……最初の100年かそこらはね、所帯を持ってみたのは気紛れとか暇潰しや流れで、子供は作らなかったんじゃ
	なくて、出来なかったんだ。だから、『もしかして私はもう人じゃないから、人との間に子供は生まれないの
	かもね』みたいに思ったんだけど、江戸の初め頃かな。に、初めて子供が出来たんだ。驚いたし、普通に嬉し
	かったから、生まれるのを楽しみに待ってたけど、結局奥さんは死んじゃって、子供も助からなかったんだ。
	まぁ、その当時はまだ、出産ってのは命懸けな時代だったからなのかもしれないよ。でも、そうやって自分を
	納得させるのと同時に『ああ。やっぱり私の子供なんて、生まれて来れないんだ』とも思っちゃってねぇ。
	それ以降は、ホントに好きになれたとか、やむを得ない事情でも無い限りは結婚しなかったし、子供も、出来
	ちゃったら『産むな』とは言わなかったけど、極力作らないようにしてた。……ちなみに、無事に生まれて来た
	のはお前を含めて数人しか居なくて、しかも早くに病気で死んだり、多少長く生きても子供を残せた子は居ない
	から、孫より先は一人も居ないよ。



							×


	「……とまぁそういう訳で、お前のお母さんは、看護師さんだし知り合った当時15歳だったし、名前も顔も
	 ちょっぴりアノ子に似ているのは否定しないけど、他にもちゃんと理由があって結婚してお前が生まれた
	 んだけど、その辺りがうまく伝わって無かったみたいで、出て行かれちゃったの。……って、何その顔」
	「……年離れてることになってんのは知ってたけど、知り合った時15だったってどういうことだよ」

	一応、この親父が書類上27で、母さんが20だか21の時に俺が生まれたことは知っていた。けど、出会った時
	母さんが15だったってのは初耳だ。しかも、今は中学教師なわけだし……

	「お前ねぇ、わざわざそこに引っ掛かる? 確かに、お前が今考えた通り、実は元教え子だったよ。だけど、
	 一応付き合いだしたのはその後何年か経って、偶然再会してからだからね」
	「……どうだかな」

	何しろ元ストーカーで、未だにあの子供の生まれ変わりを探すのを諦めて無いようだし、類友な妖怪仲間も
	居るわけだから、どこまでが「偶然」か解ったもんじゃない。

	「えー、信じようよそこは。今までの私の話が、台無しになるじゃないか」

	過去の話は事実かもしれないが、母さんの件に関しては、信じるには今までの言動に難があり過ぎるんだよ。
	




何故か、「ちゃんとお父さんしていて、何気に長い年月をきちんと背負っている雑渡さん」とかいうのが いきなり浮かびまして、書いてみたけども何かイラっときたので、ギャグっぽく落としてみました。 「子供」に関するイメージは、「最遊記の半妖+TORのハーフ」みたいな感じで、 生まれにくくて、身体も弱いことが多くて、生殖能力はないっぽい。ということでお願いします。 2010.3.2