伊作は、壊滅的に女装が下手で、「ケバい」か「ほぼすっぴん」の両極端しかない。

	元は良くて、そもそも本当は女なのだから、その気になれば相当の美人に化けられるだろうに、女装の
	授業の時は、いつもどこか外したおかしな姿にしかならない。
	しかも友人に、女顔で完璧主義者な作法委員長の仙蔵や、器用で意外に化粧映えする留三郎、自身に
	女装は似合わないが着物や小物の趣味が良い長次などが居るのだから、その者達が手を貸せば、成績
	上位は間違い無いだろうと、何も知らない周囲には思われている。それでも、伊作は絶対に友人達の
	手は借りないし、マトモに女装をする気もない。

	その理由はただ一つ。

	「バレるからに決まってるだろ」

	濃過ぎず薄過ぎず、別人のように見えて面影も残る、絶妙の化粧を手慣れた様子で施しながら、
	伊作は心底呆れた声を出した。


	時は五年の春休み。場所は友人達との共同出資で借りている町屋。
	状況としては、「休みが明ける前に皆で集まって花見をしよう」と約束しているので、そのための
	支度をしている最中に、それを見ていた文次郎が
	「お前、授業ん時もそれくらい真面目にやりゃ、見栄えすんのに何でやんねぇんだよ」
	などという、阿呆極まりないことを訊いてきたのだ。
	尚文次郎は、帰省せずに学園に残って鍛練やら委員会の雑務やらをしており、花見の前に一旦顔を
	出しただけで、休み中ずっと「家」に滞在していたわけではない。

	「不自然にならないように下手なふりし続けるのも、結構難しいんだからね。中には、親切心で
	助言とかしてくれる人もいるから、参考にしないわけにもいかないし」

	伝子さんのように突き抜けてしまったり、「放っておけ」と突っぱねることが出来ればいいが、
	伊作の性格上、善意の申し出を無下に出来ないので、折り合いをつけるのが厄介なのだという。

	「いっそのこと、こっちで過ごしてる間は鉢屋並の変装でもしようかと思ったんだけど、仙蔵達に
	猛反対されたんだよねぇ」
	「当たり前だ」

	全く違う顔ならば、知人に会ったとしてもバレることはないだろうが、友人としては落ち着かないし、
	折角ならば元の姿を生かして着飾らせたいという、親心か男心かよくわからないものもあるらしい。

	「そういうわけで、授業の時は絶対に本気を出さないの。わかった?」
	「ああ。アホなこと訊いて悪かったな」
	文次郎自身、口を滑らせた直後にそれが失言だと気づいていた。けれど訊いてしまった瞬間には、
	本気で「もったいない」と思えるくらい、伊作のきちんとした女装姿は可愛らしかったのだ。


	「ところで、何か食べたいものある? まだ時間はあるから、簡単なものなら作るよ。一応草餅と
	おにぎりはもう用意してあるけど、君が荷物持ちしてくれるなら、おかずも増やそうかと思って」

	食べ物も飲み物も、一応全員で持ちよることにはなっているが、文次郎と小平太は酒だけしか持って
	来ないだろうし、足りないよりは多い方がいいだろう。と最初から伊作は考えていたらしく、草餅と
	おにぎりをそれぞれ三段重ねの重箱一杯作ったのだそうだが、おかず類は好みの差もあるし、一人で
	重箱を三つ以上持つのは大変なので、どうしたものか少し悩んでいたのだという。

	「……卵焼き。甘くねぇやつ」
	「うん。わかった。…そしたら、仙蔵の分の甘いのも作らないとね」

	一年ほど前に女だと明かされてから、文次郎は何度か女として過ごしている伊作の姿は見ているが、
	外では大抵「知人にバレ難いように」と笠を被っており、家の中ではわざわざ化粧をしていることが
	少ないので、着飾った姿をまじまじと近くで見たことはほとんどなかった。そのため、普段と違う
	姿にうっかり見惚れてしまい、なおかつニッコリ笑って訊かれた時には、直接待ち合わせ場所まで
	行かずに、「家」の方に立ち寄って良かった。と、文次郎は本気で思った。
	たとえ、自分の答えから別の奴の好みまで考慮されようと、問い自体に他意も含みもなかろうと、その
	やりとりだけで充分満たされた気分になるくらい、このような時間は貴重だったりもするのだった。

	

最近の叶さんは、青臭い潮江さんを書くのが楽しいみたいです。 日記もどきにこっそり書いてあった予定と変えたのは、「未来話ばかりになりそうだったから」 というのと、病んでない伊作を書きたくなったからです。 アニメの上級生はほとんどマトモに見れたことない―テレビの前から脱走したこともある―くせに、 ネタに使うとかどうなんでしょうね 沈丁花(じんちょうげ)…薬効:のどの痛み、歯痛、腫れものなどの鎮痛 花言葉:不滅・栄光 早春に開花して春の到来を感じさせる辺りと、甘い香りから 2009.3.8