田村三木ヱ門(30)の初恋は、小学2〜3年頃だった。相手は別のクラスの子で、運動会の練習の時に見た
体育着には「平」と書かれており、いつも一緒にいる子には「たきちゃん」と呼ばれていたが、正確な
名前は知らなかったその子は、少なくとも低学年の頃は―時々とんでもなくサイケな柄の―スカートや
ワンピースのよく似合う可愛い子だった。しかし高学年になってからは、あまりスカート姿を見なくなり、
衝撃の事実を知ったのは、中学の入学式の日のことだった。
まず、「小学校では同じクラスになることはなかったが、中学こそは!」と意気込んで、クラス表を端から
端までよーく読んで見つけたそれらしい名前が、隣の組の”平滝夜叉丸”しか無かったこと。続いて入学式の
間中隣のクラスの生徒を観察し続け、ようやく見つけたその子は、下半身は見えないのでズボンかスカートか
判らないが、ブレザーの間から見える胸元には、ネクタイが結ばれているように見えた。そして極めつけは、
退場の際もじっと見続けていてようやく見えた下半身は、間違いなく自分と同じズボン姿だったのだ。
そんなわけで脆くも崩れ去った初恋は、それでも往生際悪く、ひっそりとその後も何気に後をひき続けていた。
自己暗示のように「あれは男なんだ…」と言い聞かせ、なるべく意識しないようにしていた中学2年時。
自分が意図的に避けているにしても合わなすぎるような気がして来て、それとなく隣のクラスの他の
生徒に訊いた所「何か最近欠席してる」という答えが返ってきた数日後。
「平が七松組にケンカを売ったらしい」
「いや。平が、何か七松組の息子に気に入られたとか聞いた」
「俺、七松組の跡取りの嫁さん候補に選ばれた。って話聞いたんだけど……」
などという噂が、そこかしこでこっそり囁かれ始め、当の本人には確かめ難かったので、滝夜叉丸と同じ
クラスで従兄弟でもある綾部喜八郎に探りを入れると、彼は珍しく不機嫌を前面に表しながら
「ほぼ全部ホント」
と答えた。
それから更に2年後の高校1年時。滝夜叉丸が何故か七松組に身を寄せている事実に慣れた頃。たまたま
中学時代の同級生で、滝夜叉丸と同じ商業高校に進学した友人に会った際。
「平がさぁ、こないだ子連れで学校に来たんだ」
という話を聞かされた。それについても、自分と同じ高校に進んだ喜八郎に訊いてみたところ、苦々しげな
肯定が返ってきたが、その後一応滝夜叉丸の子ではないらしいということだけは、誰かに聞いた。
そして大学時代。実家から通える距離の大学は限られているため、学部こそ違うが同じ大学に進んだのを機に、
改めて接触を図り親しくなろうと試み、少々近づくまでは出来たが、遊びなどに誘うたび
「その日は遠足の付き添いがある」
「帰って夕食の支度をせねば」
「墓参りの予定が入っている」
などと言って断られ、しかも日常でも
「新しいタオルでしたら、2段目の引き出しだと、言いましたよね?」
「しろが熱を? 解りました。早退して迎えに行って帰ります」
と言った感じの会話を電話などでしているのを耳にして、何故かやけにショックを覚えた。
そんなこんなを踏まえ、大学卒業後警察官となり、地元勤務となった日から、三木ヱ門は逆恨みのように
七松組を目の敵にしているが、彼の周囲に味方はほとんどいない。
何故なら、直属の上司に当たる潮江文次郎は七松組の小平太の幼馴染かつ現在もマブダチで、駅前交番の
神崎加藤の両名も、七松組関係者の友人である。加えて、駅前交番の最後の1人任暁左吉も、親友である
黒門伝七の上司が喜八郎及び小平太の友人である立花仙蔵だったりするので、「触らぬ神にたたりなし」
とばかりに、見て見ぬ振りをしているように思えなくもない。
そして今日も三木ヱ門は、七松組の家政夫をしている滝夜叉丸相手に、不毛な戦いを繰り広げている。
あまり書いていないのは誰かと検討した結果、三木をほとんど書いていないのが判明したので。
特に七松組ネタにおいては、設定以外では初かもしれないです。
2009.10.16
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