夏休みが始まってから、半月程経ったある日。休み中とて色々と雑用のある土井が帰宅すると、きり丸は
居間で紙束に目を通していた。土井はその紙束を、きり丸の次の仕事の資料か何かだと思ったが、土井が
帰宅したことに気付き「おかえんなさい」と一言かけた後、彼が読み上げだした内容は――
「土井半助。19××年11月24日生まれの射手座O型。現在24歳。
土井水産社長の長男の息子として生まれ、小学1年生時に、祖母による嫁イビりに耐えられず母親が出て
いく形で、両親が離婚。母親は翌年に再婚し、その再婚相手との間に生まれた弟妹が1人ずつ。……少し
飛ばして、大川学園高等部1年時に、父親が病死。以後実家には帰省せず、絶縁状態。卒業後大川に教員
として戻ってくることを条件とした、独自の奨学金で大学に進学。社会科の教員として大川学園に就職し、
今に至る。
現在高等部2年の久々知兵助は、父親の妹の息子で、従兄弟にあたる。
……大手水産加工品メーカーの跡取りだったのに、練り物嫌いなんすね」
おそらく興信所か何かを使って調べたのだろう土井の経歴を、―最も肝心だと思われる箇所だけ飛ばして―
ずらずら読み上げるときり丸は、呆れたような顔で土井を見た。
「……囲まれ過ぎて嫌になったのと、祖母への細やかな抵抗だったんだ」
練り物が嫌いになった原因は、母をイビり出した祖母に、毎日無理矢理食べさせられていた所為だと、土井は
自己分析しているらしい。
「そっすか。…んじゃ、飛ばした所いきます。解ってると思いますけど、そっちが本題なんで。……母親と
再婚相手と弟妹は、高等部3年時に事故に遭い、生き残ったのは、当時6歳の弟―俺―のみ」
「……ああ、そうだ」
土井は同居話を持ち掛けた際、きり丸に対し嘘は吐いていない。しかし、言わなかったことはあり、それ
こそが、今きり丸が指摘した内容だった。
「社長が、『思い当たる節があるし、念の為』って、調べさせたみたいなんすけど、まっさか俺が、本物の
弟だとは思わなかったっすよ」
きり丸の所属事務所の社長は、きり丸の家族の事故後、話題性や金目当てで接触を図ってきた「自称親戚」や
養子の申し出を、素性を調べあげた上でことごとく追い返してきた。その際、異父兄の存在は掴んでいたが、
名乗り出てこなかったので放っておき、一時は自分達が引き取ることも考えた位、きり丸を実の息子兵太夫
並に可愛がってくれているという。
「お前が大川に入学して来たのは偶然だろうが、母達の訃報を聞いた時に、幼い義弟の力になりたくても
何もしてやれなかった無力な私を知っていて、学園長はわざと私をお前の担任に選んだらしい。……と、
山田先生が仰っていた。山田先生は、私の担任だったから、お前のこともご存知だったんだ」
事故の一報を聞いた時、土井は実家とは絶縁状態の高校生でしかなく、遺された義弟の為に何も出来なかった。
その当時から知っている学園長の真意はわからないが、善意だったと信じたいらしい。
「……先生は、俺や姉ちゃんが生まれた時から知ってたかもしれないすけど、俺は今日この資料を読むまで、
父親が違う兄ちゃんが居たなんてこと、知りませんでした。でもって、知った所で先生を兄ちゃんだとは
思えません。俺の家族は、7年前に事故で死んだ3人だけです。……少なくとも、今の時点では」
今後はどうなるかわからない。そう匂わせるときり丸は、あくまでも教師と生徒、家主と居候の立場を
崩さないままならば、この夏休み中の同居を続けても構わないし、今後の長期休みにも世話になるかも
しれない。と続けた。
その後。事務所の社長の息子である兵太夫と、親友の乱太郎、しんべヱにだけは、土井が異父兄だと教えた
が、3人には口止めし、他のクラスメイト達には黙ったまま、土井に対して以前と変わらない態度を貫き、
土井もきり丸を他の生徒達と同じように扱った。
そして長期休み中の同居の間も、特に兄弟らしいことは何もしなかった。それでも、いつの間にか
「何となく家族っぽくなっていったよね」
とは、後の乱太郎の証言。
流石に、前回のアレでほったらかすのはどうかと思い、ネタバレ分だけ書きました。
今後この設定が出てくることは、あるような無いような……
でもまぁ、無月における彼らの真の関係はこんな感じです。ということで
2010.1.29
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