「きり丸、お前夏休みはどうするんだ? お盆の間は、寮も閉まるぞ」
夏休みに入る数日前。定期テストも終わり、友人達のほとんどが帰省の計画や準備をしている中、一人
教室に残って取り組んでいた補習代わりのプリントを終わらせて手渡す際に担任兼プリントを制作者でも
ある土井が発した問いは、彼の家庭環境を知っているなら、ごく自然に出てくるだろうものだった。
なお、プリントが課せられた理由は、成績が悪かったわけではなく、間が悪くテスト当日に急な撮影が入った
ためである。
「そうしたら、今まで通りウィークリー使うか、兵の所にでもお世話になります」
「そうか」
学校がある間は難しい、長時間や遠方での仕事の予定も既に入っているため、その方が楽だ。という意味も
込めて、きり丸が何でもないように返すと、何故か土井はほんの少しだけ寂しそうな表情を見せた。
「…もしもここで、『行く所ない』って答えてたら、どうしてたんすか?」
その表情の意味が気になって問えば、
「『うちに来るか』と、訊こうかと思っていた。…って、引くな! 妙な意味はない!
単に…お前と、同じ位の弟がいる筈なんだ。私には」
苦笑交じりの土井の提案に、きり丸が一瞬よからぬ想像をしてしまい身構えると、慌ててそれは否定され、
若干神妙な面持ちで理由が付け加えられた。
「筈?」
「ああ。別れた母と、その再婚相手の子で、会ったことは一度もない。それに、向こうは
こちらのことを知らないんだ」
それ以上の詮索は、しても答えは得られないだろうし、「訊かれたくないこと」というのは、きり丸にも
嫌というほどある、
「俺のことをその弟さんの身代わりにして、兄弟ごっこをしようってことですか」
「…ダメか?」
常識で考えれば、かなり妙な提案であるし、人によってはいい気がしないかもしれない。
それを重々承知しているだろう土井は弱気だったが、きり丸的には、話を聞いている内に、徐々に
面白そうな気がしてきていた。
「いいっすよ。別に。ちなみに、条件は?」
無条件で「お客様」として世話になるのは、きり丸の性に合わない。
「家賃なし。食費と光熱費の一部負担で、家事は折半。でどうだ?」
まるで本当に、弟がしばらく兄の世話になる際のような、「同居」条件を挙げた土井に、きり丸は
軽い感動を覚えた。
「ただ世話になるよりゃ、気が楽そうで悪くないっすね。…んじゃ、一応社長に訊いてみてから考える。
ってことで」
実の息子と同列に自分を可愛がってくれている事務所の社長だけが、これまでのきり丸にとって
「信用できる大人」だった。そこにもう一人加わったことを話すと、彼女は笑って許可をくれた。
こうして、彼らの同居生活は始まったのだった。
きり丸は13歳にして芸歴9年の天才子役。6歳時に事故で家族を亡くしています
座右の銘は「同情するなら金をくれ」だけど、「タダより高価いものは無い」も信条
売れてきた後名乗り出てきた親族&養子の申し出はことごとく突っぱね、学費も生活費も自腹
私立の大川に入学した理由は、「生徒の平穏な生活の保障が抜群」との社長の勧めで
半助さんは、大手水産加工食品メーカーの本家の一人息子だけど、実家と縁切って一人暮らし中
母は小学生の頃に嫁姑争いに耐えられなくて離婚。父は高校時に病死
一応大川のOBで、「卒業後大川の職員になること」が条件な独自の奨学金で大学進学
唯一交流があって味方でもある叔母(父の妹)の息子が、豆腐小僧だったりします
現パラで、土井先生ときり丸を休み中一緒に過ごしている擬似親子にするには…
と考えた結果こんな設定が出来上がりまして。結構細かくて多いので独立させてみました。
久々知まで絡むのは、単なるカノウの趣味と、「ねりものと豆腐って近いかも?」的な下らない発想から
ちなみに、大川学園は学園長・大川平次渦正の独裁で成り立っている、奇妙な私立です。
2008.6.16
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