一年い組 黒門伝七
今日は作法委員全員で、買出しに行きました。
しかし…


「…立花先輩」
「”姉上”とお呼び」
場所は作法室。困惑する伝七の前には、女物の着物を身にまとい、薄化粧を施している
先輩および同級生が四人。しかも、己も諦め顔の3年生の藤内に「着替えろ」と女物の
着物を手渡され、命じられたところであった。
「何故、女装しなければならないのでしょうか?」
「それはな、この方が得だからだ」
当然のように答えた委員長の仙蔵に同意を示したのは、バイトや買い物の際に、計算ずくで
女装をするきり丸を見慣れている1年の兵太夫だった。
「ああ。おまけしてもらえたり」
「そういうことだ。賢いな兵子は」
満足げな仙蔵に、伝七は反論を諦めて着替えようとしたが、1つだけ気付いて声を上げた。
「…僕の呼び方、『伝子』も『お伝』も遠慮したいのですが」
某女装が趣味の教師と同じ名も、食べもののような名も嫌だと主張すると、仙蔵は少し
考えてから、後輩達に案を出させた。
「苗字から取ると、『黒子』?」
「えーとじゃあ、『くろちゃん』は?」
「二人共、それも可哀相だから。・・・下の字で『お七』でどうだ?」
綾部・笹山に、まともな意見を求めるだけ無駄である。したがって、ためいきまじりにつっこみを
入れた藤内の案で落ち着くことにした。…おそらく、端から仙蔵もそのつもりだっただろうが。

「ところで藤姉様。経費削減のために女装で買出しに行くのはいいんですけどぉ、紅や白粉とかに
予算使ったら、意味無くないですかぁ? 仙姉様や綾姉様はバッチリ化粧してますし」
順応が早いのは、1年は組故か個性か。少女になりきって訊ねた兵太夫の問いに答えを返したのは、
訊かれた藤内ではなく、喜八郎の化粧を修正していた仙蔵だった。
「安心なさい兵子。これらはすべてわたくしの私物。だから、予算とは関係なくてよ」
見た目や口調はおろか、声色まで見事に女になりきっていることよりも、内容の方に喜八郎を除く
後輩達は若干引いた。しかし、「何に使うための物」なのかまで問える者はいなかった。


そんなこんなで支度を済ませ、買出し自体は色仕掛けその他の―上級生達の―手練手管で
正規の額よりもかなりの値引きに成功していた。
そして、最後の店での買い物が終わったら、ついでに甘味でも食べて帰ろうかということになった。
「仙姉様。綾姉様と藤姉様が!」
狭い店だったので、残りの4人を軒先で待たせ、仙蔵が1人で品を選んでいると、血相を変えた
兵太夫が駆け込んできて、腕を引いて店の外まで連れ出した。
「あそこ! あの角に連れ込まれた!」
店の外に出ると、すぐさま伝七が数軒先の路地裏を指差して、2人を誘導しようとした。
「…ちょっと待て。何があったか、説明をおくれ?」
一応女口調は崩さずに仙蔵が問うと、1年生2人は口々に要領を得ない説明を返してきた。
それをどうにかまとめると、どうやら喜八郎が数人の性質の悪そうな男達に声を掛けられ、
庇った藤内諸共、路地裏に連れ込まれたらしかった。

「…離せ! 汚い手で触るな! 俺らをどうする気だ!」
「お藤。地が出てる」
「先ぱ…姉上は何でそんなに落ち着いていらっしゃるんですか!」
「だって、人目が無い方が暴れやすいでしょう?」
「おいお前ら!俺らを無視して、何をごちゃごちゃと…」
掴まれた腕を振りほどこうと、必死で抵抗する藤内と、対照的におっとりと無抵抗の喜八郎が、
男共そっちのけで言葉を交わしていると、男共は苛立ったようにその口を塞ごうとした。

するとその時。路地の前後から「そこまでだ」という声がした。

一年ろ組 下坂部平太 きょうは、おととい委員会の仕事をがんばったごほうびに、けま先ぱいが、 しんべヱのおすすめのうどんやさんに、連れて行ってくれました。 「よし。今日は、俺が奢ってやろう!」 用具委員総出で倉庫中の手裏剣の、研ぎ直しと磨きをした日の次の休日。 以前に比べて進歩した後輩達が、可愛くて仕方ない留三郎は上機嫌だった。 「本当ですかぁ?」 「ただし、1杯だけな。残りは自分で出すんだぞ」 自分の太っ腹な発言に目を輝かせたしんべヱの、底なし胃袋を思い出し付け加えて釘を刺すと、 残る2人の1年生も口を揃えて元気よく笑ってお礼を述べた。 「「「はぁい。ありがとうございます、せんぱい」」」 しんべヱ推薦のうどん屋は、小さいながらも本当にとても味がよく、口々に 「おいしかったねぇ」 「組のみんなにも教えてあげようかな」 などと話している1年生達を、留三郎と作兵衛が微笑ましく見守りつつ、「自分達も友人達と共に また来ようか」などと考えながら学園に帰る途中。何かに気付いて声をあげたのは、平太だった。 「先輩。あそこ。女の人が……」 平太が指差した先には、ガラの悪そうな男に絡まれている、若い女がいた。 「…作。お前何持ってる?」 「クナイと手裏剣を2つずつと、いつもの癖で縄と耆著(きしゃく)を…」 「迷子捜索用か。俺も似たようなもんだな。けど、あの程度なら素手でもいけそうだな」 「先輩ならそうでしょうね。…じゃあ、僕は1年を連れてそこの先の店でものぞいています」 1年生達には聞こえないように、小声で打ち合わせをすると、すぐさま2人は行動に出た。 極力後輩達には暴力的な場面を見せないようにと気を使う辺り、過保護さ加減のよく似た 先輩達であると言えよう。 「富松先輩?」 「食満先輩がどうにかしてくださる。足手まといになるから、僕らは離れるぞ」 自分達を引っ張って先に進もうとした作兵衛に、平太が怪訝そうな声を上げると、 作兵衛は言葉少なに3人をうながして、その場を後にした。                       ○# 「「そこまでだ」」 「私の可愛い妹達を、速やかに離せ。この下郎が」「痛い目見たくなかったら、そのお嬢さん達から離れろ」 路地の両側からの、完全に被った声に目を丸くしたのは、両方に聞き覚えのある全員―喜八郎除く―だった。 しかし男共はそんなことに気付かず、無謀にも二手に分かれて声の主に殴りかかった。 …が、当然の如く一瞬でのされ、留三郎が作兵衛から借りた縄で縛り上げられた。 「こんな所で、何をしていたんだ?」 「……。その言葉、そっくりそのまま返していいか?」 街中なので火薬系は使えず、しかも女装しているにも関わらず、あっさりと向かってきた男を 倒すなり訊いてきた仙蔵に、留三郎は心底呆れ果てて一瞬言葉を失いかけた。 「我らは買い出しだ。どこぞのしみったれ委員会の所為で、ろくに予算が無いのでな。 安く済ます為の手段として、このような格好をしている」 「ああそうかよ。俺は、後輩達とうどんを食べに」 平然と答えた仙蔵の顔が、「用具の後輩」と聞くなり、若干引きつった。 その後。役人に男共を引き渡した留三郎が後輩達に合流すると、心配半分興味半分で成り行きなどを 訊かれたが、留三郎はどう話したものか少し悩むと、当たり障り無い所だけ話し、正体もばらさなかった。
一年ろ組 鶴町伏木蔵 裏裏山まで、保健委員みんなで、薬草さいしゅにいきました。 遠足みたいで楽しかったです。 「みんなー。何摘むかはちゃんとわかってる? 切り口からでる汁でかぶれる様なのは、 僕が摘むから、見つけたら教えてくれるだけでいいからね。それと、あまり遠くまで 行かないこと! 左近を目印にするから、悪いけど左近はこの辺りから動かないで。 他の子は、左近が見える範囲までしか行っちゃダメだよ」 採取前に注意事項を挙げていく伊作の様は、まるで引率の保護者のようで、あえてそれに逆らおうと する後輩は居なかった。ただし、大量に目的の薬草を見つけ、それを辿っていく内、気付かずに 遠くまで行き過ぎてしまう。ということを、1年2人が揃ってやらかした。 「あれ? ここどこだろう? 左近先輩は…見えないっっ」 自分の状況に気付いた伏木蔵が呆然としていると、乱太郎の声がした。 「良かった。伏ちゃん居たぁ」 「あ、乱太郎。探しに来てくれたの?」 それにしては、他の先輩達の声がしないけど。などと思いつつも、伏木蔵が少し安心しかけると、 乱太郎は申し訳なさそうな顔になった。 「ううん。私もはぐれちゃったの。…どっちから来たかはわかる?」 「多分、あっち。でも、断言は出来ない」 乱太郎も、大体なら来た方向がわかるが、それが最初の場所からなのか、途中で群生しているのを 見つけた場所からなのかがわからないらしかった。 相談した結果。下手に動くと余計迷うだけだから、この場に留まって捜索を待つ。ということにしたが、 そこは不運委員。途端にどしゃぶりにみまわれ、雨宿り場所を探して動かざるを得なくなった。 一方その頃。他の委員はというと、雨の予兆に気付いた時点で、伊作が撤収を呼びかけて回っていた。 「・・・二人共、1年生見なかった?」 「僕は、見ていません。すいません。多分違う方向を向いている間に…」 「僕とは逆側に居たのは、最初の内に見ましたけど…」 申し訳なさそうにする左近と数馬を、「自分の監督不行き届きだから」と慰め、ひとまず2人を 先に下山させ、伊作は1人で捜索しようとした。しかし、2人共「手伝う」と言って聞かなかった。 「でも、もうじき雨が降る。そうすると視界は悪くなるし、足元もぬかるんできて危険になる。 それに雨に打たれると、折角摘んだ薬草も傷むから、先に学園に戻って、濡れて帰る僕たちに 着替えや手ぬぐい、あとは暖かいお茶とかも用意しておいてくれると助かるんだけどな」 もっともな伊作の言い分に、後輩達は大人しく従い下山し、雨が降り出すのには間に合わなかったが、 多少濡れた程度で済んだ。 はぐれた1年生達が動き出したのは雨が降り始めてからだったため、ようやく雨宿りが出来そうな 大木を見つけたときには、二人共びしょ濡れになっていた。更に一息つけたと思った瞬間、目の前の 茂みがガサガサと音を立て、何者かが姿を現した。
一年は組 皆本金吾 委員会のマラソン中に、また次屋先ぱいがまいごになりました。 みんなで手分けして探していたら…… 「七松先ぱーい。次屋先輩が、さっき、曲がる方向間違えて、横道に、それて行きましたー」 息も絶え絶えになりながら、先頭の小平太に追いついて四郎兵衛が報告したのは、三之助が 目の前で横道にそれてから優に1kmは先のことだった。 報告を受けると、すぐさま滝夜叉丸の指示でいつものように捜索が始まったが、運悪く その最中に雨が降ってきた。そのため、まださほど遠くまで行ってはいなかった金吾と 四郎兵衛を呼び戻し、目印になりそうな大木の下で待機させ、小平太と滝夜叉丸で手分け して捜索することに変更された。 その頃、自分が道を間違えたことに気付いていない三之助は、いつものように他の委員を 探しながら、ついでに雨宿り先も探していた。そして、ちょうどよさそうな大木を見つけは したが、うまいことその木までたどり着けずに、何故か茂みを突っ切っる形になっていた。                   #○ 「「きゃああー」」 「何だ? 何か出たのか??」 茂みから現れた何者かに悲鳴を上げたのは、はぐれた保健委員の1年生2人。 茂みを抜けるなり悲鳴を上げられたのは、 迷子の体育委員の3年生。 「乱太郎! 伏木蔵! 何があった。無事か!?」 その悲鳴を耳にしすぐさま駆けつけたのは、微かな痕跡をたよりに近くまではたどり着いていた 伊作で、一目で大体状況は悟れたようだった。 「…二人共、というか三人共落ち着いて。単に、濡れそぼった次屋が、獣か何かに見えてるだけだから」 「え? 次屋、先輩?」 「あー。俺に対しての悲鳴だったのか」 抱き合って泣きそうになっている1年生達と、状況がさっぱりわからず辺りを見回している 三之助の間に、ゆっくりと割り入って伊作が制した所で、ようやくお互い気付いたようだった。 その後、悲鳴を聞きつけ小平太や滝夜叉丸もその場に集い、別れる理由もないので保健の3人と共に 待機させている2人と合流し下山することとなった。その際、「この状況で再び迷子になられても困る」 ということで、四郎兵衛と手を繋がされた三之助を、保健の1年生達は物珍しそうに見ていた。 さらに、途中土砂崩れで埋まってしまっていた道を、小平太が倒木などを使い手早く通れるように したことで、三之助以下の後輩は大いに感心していた。
一年い組 上ノ島一平 今日は、孫次郎が虫をにがしました。だけど、竹谷先ぱいが すぐにつかまえました。ただ、素手でつかんだので、あわてた 孫次郎たちにすぐにいむ室につれて行かれていました。 「あー。そっち行ったー。捕まえてー」 確かに、その場に居たほぼ全員がそんな感じのことを叫びはしたが 「ん? こいつ?」 と、素手で捕まえる馬鹿がいるとは誰も思わなかっただろう。しかも、おそらくは条件反射で、 考えなしにそれをやらかしたのが、虫の種類にも毒性にもある程度は詳しい筈の5年の生徒だとは。 捕まえた虫―今回は毒蜘蛛だったーをかごに入れなおすと、逃がした張本人の孫次郎が腕を引き、 傍に居た虎若が背中を押す形で、八左ヱ門を大慌てで医務室へと連れて行った。そして、残された 他の生物委員―三治郎・一平・孫兵―は、後始末と点検を済ませてから様子を見に向うことにした。 八左ヱ門達が医務室に着くと、そこには2、3年の保健委員しか居らず、校医の新野も委員長の 伊作も不在だった。そのため、不安になった孫次郎が泣きそうな顔になると、 「僕達でも、ある程度の応急処置は出来るぞ」 と心外そうに左近が言い、続けて数馬が冷静に虫の種類を訊いてきた。 「大土蜘蛛(タランチュラ)です」 「なら、咬まれてなければ大丈夫の筈。…一応血清打っときます?」 数馬は、伊達に友人をしているわけではないので、孫兵の飼っている虫の毒性や特徴は、大体 把握しているらしく、処置も慣れたものだった。 「竹谷先輩は、わかっていたから落ち着いてらしたんですか?」 「それもあるけど、俺と孫兵は”もしもの時”用にって血清とか持たされてるからなぁ」 多少落ち着きを取り戻した孫次郎が恐る恐る訊くと、八左ヱ門はあっけらかんと笑って答えた。 「…それでも、後輩に心配を掛けちゃダメだろうが」 能天気な八左ヱ門にもっともなツッコミを入れたのは、学園に戻ってきたばかりの伊作だった。 「あ、先輩。お帰りなさい。1年達は無事でしたか?」 片付けの手を止め、用意しておいた手拭いを手渡しながら訊ねたのは数馬だった。 「うん。今は自分の部屋に着替えに行ってるよ」 「先輩は着替えいいんですか?」 沸かしておいた湯で入れた茶を手渡しながら左近が問うと、伊作は 「1年生の分のかごを先に置きにきただけで、これから着替えてくるよ」 と笑って、受け取った茶を飲み干すと薬草の入ったかご2つを置いて医務室から出て行った。。 その後。着替えを済ませた伊作が、同じく着替えて顔を出した1年生達と、医務室に集まっていた 生物委員達に、「ごくろうさま」と言って団子を差し入れてくれた。 「…こんなにたくさん、一体どこから?」 数が足りないからと八左ヱ門はお預けを食らったが、それでも10本近い数の団子など、そう簡単に 用意できるものではない。 「部屋から。今日の採取が終わったら、みんなで食べようと思って用意しておいたんだ」 本当は、顧問の新野も含む6人×2串とあまりが少しあったのだが、体育委員にも分けた結果、 伊作と八左ヱ門の分だけ足りなくなったのだという。
一年は組 二郭伊助 この間の失敗のおわびにと、タカ丸さんが火薬委員のみんなに、 高そうなお菓子を買ってきてくれました。おいしかったです。 でも、二度とあんなことはごめんです。 煙硝倉内および、その周辺は火気厳禁ある。その程度のことは、学園関係者ならば皆わかっている。 たとえそれが、へっぽこ事務員だろうが、編入生であろうが。である。 そして、火器や火薬壷を持った状態でも、あまり火には近付かない方がいい。 それも周知のこと…のはずだった。 その日の火薬委員の活動は、新たに購入した火薬を、通用門前から煙硝倉まで運ぶことだった。 結構な大きさの火薬壷は重量もあるため、1年の伊助と2年の三郎次は2人で1つ。5年の兵助と 顧問の土井は1人で。4年だが編入生のタカ丸は、事務の小松田と2人で1つ運ぶことになっていた。 そんな、多少体力は使うがいたって単純な作業で事件が起こるなどとは、事件慣れしたは組の伊助や 土井ですら思わなかったことだろう。 端的に、何が起こったのかだけを言うならば、 「火薬壷を焚き火に向かって落とし、更に油をかけた」 となる。 もう少し詳しい状況を説明すると、食堂の傍でヘムヘムが掃いた落ち葉で焚き火をし、ついでに 食堂のおばちゃんにもらったイモで、焼き芋をしていた。 そこに町育ちの天然コンビが通りがかり、小松田がイモの匂いにつられ、手元の壷が傾いた。 そしてタカ丸1人では立ち直せずに、共にこけて火薬壷はまっさかさまに焚き火の中に落ちた。 テンパった2人は、慌てて食堂脇においてあったかめの中身を火に向かってぶちまけたが、その かめは油用のかめだったため、より一層火は勢いを増した。 すぐさま事態に気付いたおばちゃんが、ヘムヘムとバケツリレーの要領で洗い桶の水をかけて 鎮火はしたが、すぐ傍で火薬壷を運んでいた他の火薬委員達は、相当に肝が冷えたという。 そしてその後の火薬委員会では、「小松田とタカ丸に一緒の作業をさせてはいけない」という 暗黙の了解が出来上がり、苦労は更に増えたのだった。
一年ろ組 二ノ坪怪士丸 図書室の本の、そう点検をしました。たいへんだったけど、 終わってからふわ先ぱいが「がんばっごほうびだよ」って、 あめをくれました。あとから、池田先ぱいに「あのあめは、 ほんとうは中在家先ぱいからだ」って教えてもらいました。 大体2〜3ヶ月に一度、図書室では蔵書の点検と整理が行なわれる。そして、その際に判明した 未返却本の督促や、破損本の修理などまでが一連の作業として行なわれるのだが、督促状書きは ともかく、修補は下級生には難しいため、そちらはほとんど上級生が行なっていた。 しかしその本は、怪士丸が転びかけた拍子に落とし、広がったのを久作が踏んで破ってしまった上、 そもそも転びかけた原因は、きり丸が積んで置いていた補充の本につまづいたため。ということで、 練習もかねて下級生達で直すこととなってしまった。もちろん先輩達も、助言や多少の手助けは してくれたのだが、試行錯誤の繰り返しの作業は、遅くまでかかった。 「えっと、この文の続きって、コレすかね?」 「つながりはするけど、形が合わないだろ」 「あっ! コレじゃないですか?」 「どれだ? ああ。多分そうだな」 「そうすると同じ文がここにもあるから、コレはコッチ。っと」 幸い古文書の類ではなかったため、下級生たちだけでも解読可能ではあったが、歌集だったらしく、 似たような言葉や繰り返しなども多く、3人はかなり苦戦していた。 その様を見守っていた長次は、実はその歌集を読んだ覚えがあり、内容も覚えていたが、あえて 教えることはせずに、読めない字などを訊かれた時のみ答える。という態度を取っていた。 そして、雷蔵も長次が内容を覚えていることは知っていたが、同じ様に見守っているだけだった。 「「「出来た!」」」 「お疲れ様。頑張ったね」 「・・・・・・・」 「ああ、はい。確かに、いい勉強になりました」 「委員会の仕事じゃ金にはなんないですけど、覚えといて損は無いとは思ったです」 「今度、別の本のもお手伝いさせて下さい。僕じゃ、あんまり役には立ちませんけど…」 「時間は掛かったが、ちゃんと直っている。やってみてどうだった」 そう訊いた自分への後輩達の答えに、長次は余人には判り難い満足そうな表情を浮かべていた。
一年い組 今福彦四郎 学園長のおつかいに、鉢屋先輩と、庄左ヱ門と、三人で行きました。 おだちんで有平糖を買ってもらいましたが、からまれたことはそのていど ではごまかせないと思います。あいかわらず、鉢屋先輩の変そうは めいわくのもとでしかありません。 「菓子屋に、男3人は目立つから」 そんな解るような解らないような理屈で、この日の三郎は顔も姿も声も女人になりきっていた。 その顔が、庄左ヱ門も彦四郎も見たことのない、むやみやたらと美人のものだったため、出掛けに 庄左ヱ門が「それは誰か」と訊いたのだが、三郎ははぐらかすわけでもなく 「さて。誰のものだったかな。覚えていないけど、これなら色々おまけしてもらえそうだろう?」 と答えた。そして、その顔の持ち主が判明したのは、なんと町での買い物中のことだった。 「おみつ! 生きていたのか!?」 目的の限定菓子を手に入れ、残金での買い食いを許可されていたので団子でも食べよう。と入った 茶屋で、いきなり店員に声を掛けられた三郎は、珍しく面食らっていた。 「…先ぱ、じゃなくて姉上。お知り合いですか?」 相手の男には聞こえないくらいの小声で庄左ヱ門が訊ねると、三郎は微かに首を振って否定した。 「おみつ? どうした? 私がわからないのか?」 「ひ、人違いではありませんか?」 怪訝そうな顔で語り掛けてくる男に、三郎は引きつった顔で答えながら後ずさりし、庄左ヱ門と 彦四郎の手を引いてその店を出るなり、追いかけてこようとする男を振り切るように走り去った。 そして、どうにか男をまくのに成功すると、息を整えながら「思い出した」と呟いた。 「その顔が、どなたのかを。ですか?」 それを聞き漏らさなかった彦四郎が問うと、三郎は目を泳がせてから、仕方なさそうに説明を始めた。 「顔自体はくのいちの先輩。で、さっきの男は、女装の実習の時に引っ掛けた相手」 実習内容は、「女装姿で町に出て、男性にお茶をおごってもらう」というものだったらしい。 「この顔が好みだったのか知らないが、妙に熱心に口説かれて、おもしろかったからしばらく 遊びで付き合っていた。しかし、何度か会う内に『嫁に』とかいう話になってきて、流石に そこまでいくと厄介なので別れようとしたんだが…」 「でも、しつこかったわけですね」 冒頭からツッコミ所まみれだったが、あえて何も言わずに聞き、さらににごした言葉をご丁寧に 言い当てた庄左ヱ門にも、彦四郎は呆れていた。 「そうなんだ。それで、初めにハチを本命の恋人に仕立ててみたんだが、それでも諦めてくれなくて、 面倒くさくなったんで兵助に兄を名乗らせて『死んだ』ってことにして終わらせたんだ」 いやぁ、アノ頃は青かった。などと自分で頷いている三郎に、流石の庄左ヱ門もこれ以上突っ込むのは 馬鹿馬鹿しいと思ったようで、何も言わずに別の茶屋を探すべく歩き出した。 因みに、2年近く前の出来事で、雷蔵を巻き込まなかったのは 「何となくダメかなぁ、と」 とのことらしい。
「しんべヱ達が、この間の休みに食満先輩にうどんをおごってもらったって」 「作法も、買出しの帰りにあんみつ食べたって伝七が」 「体育委員会の活動後に、たまに滝夜叉丸先輩が作ってくれるおにぎりがうまいらしい」 「学級委員長は、学園長のお使いのおこぼれよくもらってるみたい」 「保健って、たまに善法寺先輩がお団子差し入れてくれるんだってさ」 「図書委員長は、いつもご褒美用にアメを持ってるってきいた事がある」 「久々知先輩に豆腐料理を、いろいろ教えてもらったって伊助ちゃんが」 「生物も、余所の委員会の友達からの、おやつのおすそ分けとかたまにあるってさ」 貫徹3日目の、ようやくもらえた休憩中。他の委員会をうらやんでいるかのような1年生達の 会話が聞こえた三木ヱ門は、同時にその総てが食べ物がらみであることにも気が付いた。 「…お前ら。羨ましいのは、仲の良い委員会と食い物のどっちだ?」 「両方です!」 「おごってくれたり、差し入れをくれる優しい先輩がうらやましいんです」 呆れ声で問うと、団蔵も左吉も意外な程に力を込めた答えを返してきた。その目が据わっていたのは、 徹夜続きの所為なのか、日頃のうっぷんからなのかは考えないことにして、三木ヱ門は一言だけ呟いた。 「一度くらい奢ってくれるよう、手回ししてやろうか?」 ここで「言ってやろうか?」ではないのは、直接交渉するよりも友人づての方が効果があることを、 よく知っていたからだった。 「「お願いします!」」 そんなわけで、どうにか決算が終わった次の休日。会計委員は、委員長による「ねぎらい」の名目で 町までそろって出掛ける事になった。その裏には仙蔵と留三郎からの嫌味と、伊作の苦言と、小平太の 呆れ声と長次の無言の圧力があったという。 しかし文次郎とて嫌々行動に出たわけではなく、「単に今まで機会が無かっただけだ」と、口には 出さずに言い訳をしていた。つまるところ、変に不器用なところがある。ということなのだろう。 留三郎や仙蔵から聞いた店に行くのは何となく癪で、伊作が挙げた甘味屋はガラでない。そして、 長次からの情報も、元を辿ると留三郎の後輩に行き着くので、小平太推薦の「多くて安い」飯屋に 行くことにしたのだが、道すがら後輩達は「あの店が気になる」だの、「確かあそこは誰々が…」だの と五月蝿かった。それでも、おごってもらえる以上は文句をつけないつもりなことは、一応わかった。 目的の店は、確かに量の割には安い方だったが、その所為もあってか、店内の客の質は若干悪かった。 昼間から飲んで管を巻いていたある客を、文次郎や団蔵、左門などは特に気にも留めず、三木ヱ門も 気にしないようにしていたが、帰り際に左吉だけが不快そうな目を向けた瞬間、運悪くその相手と 目が合ってしまった。 「ああ? 何だガキ。何か文句あんのかよ。んな、汚いもんでも見るよな目ぇしてよぉ」 酒臭い息をかけられたことで左吉が更に顔をゆがめると、相手は怒って殴りかかろうとしてきた。 「すみません! 弟が失礼しました!」 左吉の頭を押さえつけ、無理矢理下げさせて自分も低頭しながら三木ヱ門が謝罪し、左吉にも謝罪を うながしたが、相手は怒りが治まらぬようで、今度は代わりに三木ヱ門につかみかかろうとしてきた。 その腕を掴んで止め、短く「出ろ」とだけ言ってケンカを買ったのは、文次郎だった。 店の外での殴り合いは、もちろん文次郎の勝利だったが、後輩たちは勝敗よりも「避けられた状況での 無用の諍いから庇ってくれた」ことの方に驚いていた。と、後から後輩たちの友人→その先輩に当たる 自分の友人経由で聞かされた文次郎は、自分が一体どんな認識をされているのかと、少々悩んだらしい。

「各委員会単位でトラブル処理」とのリクエストで、本当は「救出or脱出」系の指定だったのですが、 そういうのは「組」か「学年」単位な気がしたため、少々違う形にさせていただきました。 一応、作法・用具・学級・会計辺りは、それっぽい感じ…と言えるかどうか。な状況を作ってはみましたが。 当初の予定では、保健は「うっかり聞いちゃって逃走」みたいなネタにするつもりだったのですが、 作法と用具をまとめた流れで他もくっつける路線に変えたので、妙に伊作がかっこ良さげになりました。 オチの会計は、奴らが全員で出掛ける様子が一切想像できなかったため、無理矢理あのような感じに。 そのため、他の委員会もすべて多少なりとも食べ物ネタが絡んでいるのです。 正直「トラブル処理」以外の描写が殆どになってしまっておりますが、こんなのでよろしければ、 どうぞお納めくださいませ。 大変長らくお待たせいたしました。 2008.8.30 余談 今更かもしれませんが、作の一人称って「僕」ですよね? 今のところ原作で出ている限りでは 藤内が「俺」なのは確実なんですが。ついでに、綾部の一人称も実は不明なような… (ちなみに、アニメはなるべく基準に使わないようにしております)