もしも、面識が無い(筈)の相手から、毎日のように
「僕はあなたが嫌いです」
と言われ続けたら、どう思うだろうか。
七松小平太(18歳 高3 ヤクザの跡取り)は、家業が家業だけに、
どこかで知らぬ内に恨みでも買ったかと思い、しばらく放置していた。
しかし、無表情で淡々とそれだけ言って立ち去る相手に、流石に薄気味悪く
なってきて家人にそのことを話してみたのは、一週間が過ぎた頃のことだった。
するとそれに反応を見せたのは、半月程前から七松組に身を寄せている
訳アリの居候である平滝夜叉(14歳 中2)だった。
「あの、もしかして、その相手とは、若干ツリ目でどこを見ているのか
分からない、猫っぽい東中生ではありませんか?」
”東中”とは、七松組とは線路を挟んだ反対側にある中学校で、小平太の
通う工業高校の近所で、滝夜叉丸の通っている中学でもある。
「うん。そうだけど、滝の知り合い?」
「多分、きぃ…従兄だと思います。最近お昼休みや放課後に、姿が見えないことが
多いと思ったら…」
曰く、とても滝夜叉丸に懐いていて、お昼や帰りは殆ど一緒だったらしい。
「あー。それなら確かに俺嫌われるかも」
「…先週、ようやく事情を話したものですから」
滝夜叉丸が七松組に身を寄せるに到るまでの経緯は、平家の家庭事情やら
溜まりに溜まった滝夜叉丸の鬱積やら、七松父子の対応やらややこしいので、
誤魔化せる限りは誤魔化し、触れさせないような態度をとっていたのだが、
流石に同じ学校に通う従兄には、話さざるを得なかったという。
「本当に、大変失礼しました。明日会ったら、やめるように言い聞かせますので、
見逃してやってはいただけないでしょうか?」
心底恐縮した様子の滝夜叉丸に、小平太は「別にいいよ」と返してからこう続けた。
「それよりも、一回ウチに連れてきて。会ってちゃんと話してみたい。…あ、でも
怒ってるとか落とし前とか、そういうんじゃないから安心して」
小平太的には軽い気持ちで言ったのだが、滝夜叉丸は少し警戒した様子で頷いた。
数日後。
土曜で学校は午前中までなので、帰りにそのまま連れてきて、昼食をとりながら
話をしよう。と提案した小平太が帰宅すると、中学生2人は既に揃っていた。
制服からの着替えを済ませ、台所で昼食の用意をしている滝夜叉丸の後ろを例の
従兄がついて回っているのを、制服のままの小平太が微笑ましく見ていると、
彼の帰宅に気が付いたらしい滝夜叉丸が振り向いた。
「ああ。お帰りなさいませ若。今から作るところでしたが、チャーハンでよろしいですか?」
七松組に滝夜叉丸が来て以降、家事の殆どを通いの家政婦から彼が引き継いだ。
それが組に居る大義名分となっているのだが、その所為で「姐さん」と呼ばれる羽目に
なるとは、この時の滝夜叉丸は思っていなかっただろう。
「チャーハンだけ?」
「スープと、簡単なサラダくらいはつけますが、足りませんか?」
「ならいいよ。あー、けど、多めがいいから、親父達の分先に作っちゃって食べさせてから、
俺の分作って。いっぺんじゃムリな量になると思うし」
「そうですね」
この程度ならいつも通りのやりとりだったが、滝夜叉丸の背後の少年は、不機嫌そうに
小平太をにらみつけてから、「やっぱり嫌い」と呟いた。
「えっと、名前は? 滝は”きぃ”って呼んでたけど…」
食後。滝夜叉丸に「洗い物をしている間に自己紹介でもしていろ」と言われたのにも
関わらず、テーブルを挟んで明後日な方向を向いて黙りこくったままの少年に、声を
掛けたのは、小平太からだった。
「綾部喜八郎です。滝ちゃん以外は気安く呼ばないで下さい」
いつもの無表情よりは、僅かに不機嫌そうには見えるがやっぱり感情の判り難い表情と
口調で、訊かれたことにしか答えない喜八郎の後頭部をどついたのは、後片付けを終えて
戻ってきた滝夜叉丸だった。
「きぃ。口を慎め。先に無礼を働いた私を許してくださり、こうして今も真っ当に暮らせて
いるのは、他ならぬ若達のおかげなのだぞ」
ヤクザの家で家政婦もどきをしていることが、果たして「真っ当」なのかは置いておく。
一応、ヤクザ相手にケンカを売り、やらかしたことが明らかに軽犯罪なのにも関わらず、
五体満足で日の目を見られる生活なだけ、マトモな部類に入らなくはないわけであるし。
「いいよ滝。この子にしてみれば、大事な従兄弟を盗られたようなもんなんだし」
「けれど…」
「いいから。ちょっと黙ってて」
尚も言い募ろうとする滝夜叉丸を抑え、そのやりとりですら気に入らなさそうな表情を
している喜八郎に、小平太は真顔で問い掛けた。
「お前が、滝をすごく大切に想っているのは解った。でも、身内なら、アノ家族と共に
暮して行くことが、滝にとって苦痛なのは解るだろう?」
「解る…けど」
「確かにウチはヤクザだし、滝が望んでここにいる訳じゃないかもしれない。けど、
実の親と俺達とで、俺達を選んだのは滝だ」
「他に選べないから、仕方なくでしょう」
「そうだな。でも強制はしていないし、その気になれば出て行ったって構わない。…と、
俺らは思っている。だから、説得でも何でも好きにしな。全部滝次第だ」
能天気な馬鹿に見えて、伊達に地域一帯を治める組の一人息子はしていない。
こういった交渉事や、にらみを利かす際に見せる落ち着いた態度と普段との差こそが、
小平太が周囲に「七松組の6代目」として認められている理由なのである。
「……僕がもうちょっと大人になって、滝ちゃんを守れるようになるまで預けます。
そう思うことにして、妥協してあげます。だから、泣かせたら絶対許しません」
己が何の力も持たない、駄々をこねているだけの子供だという自覚が、喜八郎には
あったのだろう。精一杯虚勢を張って宣言することで、ひとまずは退くことに決めたらしい。
「おう。任せとけ」
思いきりイイ笑顔で請合った小平太に、
「何かがおかしいと感じるのは、私だけか?」
と呟いた滝夜叉丸の言葉は、見事なまでに流された。
そして結局、滝夜叉丸は開き直って七松組に残り続けている。
5000打記念リクエスト「滝絡みのこへと喜八郎の初対面話」ということでしたが、
こんな感じでいかがでしょう?
思いの他、ラストの若が男前(?)になったというか、完全にこれは「嫁の弟vs夫」ですよね
(まぁ、あながち間違ってもいないですけど)
この後も、ことあるごとに喜八郎は滝を七松組から引き離そうとするのではないかと。
でも、2人とも親との折り合い悪いんで、「実家に帰ろう」的なことは言いません。
とりあえず、基本「滝ちゃんは僕の」です。
2008.8.9
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