とある平日の昼休み。昼食を食べ終えて弁当箱などを片付けている伊作に
	「今週末は空いているか?」
	と訊いたのは仙蔵だった。

	「うん。今の所、特に用事は入ってないよ」
	「なら、お前の見たがっていた映画の優待券をもらったので、一緒に行かないか?」
	「いいの?」
	「ああ。ちょうど2枚あるからな」

	仙蔵の誘いに、伊作が嬉しそうに目を輝かせると、
	「2人きりで行かせてたまるか」
	とばかりに、「「俺も」」と同時に声を上げてにらみ合いになったのは文次郎と留三郎の2人で、
	「みんなが行くなら、勿論俺らもだな」
	と、長次の分まで勝手に名乗りを上げたのは小平太だったが、長次もそれで異論は無いようで、静かに頷いていた。
	そんなわけで、週末に―優待券の分を引いて割り勘にしたらどうかという伊作の提案は、仙蔵に却下されたので、
	他の4人は自腹で―6人揃って映画を見に行くことになった。

	待ち合わせは、映画館の最寄り駅の改札前に、午前11時。全員揃ってから近くの店で昼食を取り、映画を
	見終わってからは、買い物をするなり遊ぶなりしよう。という風に、事前に大まかな計画を立てたが、集合
	時間が昼食には若干早めなのは、伊作が不運に見舞われて多少遅れてもいいように。との配慮かららしい。


	そして当日。時間ギリギリに小平太と長次が待ち合わせ場所に着くと、既に他の4人は揃っていた。

	「……小平太が、ギリギリとはいえ時間通りに来るとは、珍しいな」
	「ああ。中在家が時間ちょうどなのも珍しいけどな」

	揃って現れた2人に少し目を丸くした仙蔵と留三郎は、5分前行動が基本で、この日は電車の時間の関係で
	10分程前に着いており、長次も普段は同じ位に着く。そして小平太は遅刻魔で、部活の朝錬や試合の日以外は、
	10〜15分は遅れて来るのがざらである。

	「長次が迎えに来てくれて、叩き起こされたからな!」

	悪びれもせずに言い切った小平太の言葉で、周囲は大いに納得した。おそらく長次は、もっと余裕を持って
	迎えに行ったのに、予想外に時間がかかってギリギリになったのだろう。

	「お疲れ様、長次。……所でこへ、それさぁ、長次のシャツだよね?」
	「よくわかったな、いさっくん」
	「だって、こへ普段はボタンのあるもの着ないし、長次がそれ着てるの見たことあるもん」

	朝っぱらから一苦労をした長次を労った後、伊作が指摘した小平太の本日の服装は、シックな色合いのボタン
	ダウンシャツにジーンズだったが、普段の小平太の服は大抵Tシャツ・ジャージ・スウェットのどれかで構成
	されており、実を言えば平日も制服ではなく学校ジャージで過ごしていたりする。

	「……洗濯物を溜め込み、着替えがないからと、寝巻き代わりのTシャツに、下だけ履き替えて出ようとした
	 ので、止めた」

	そこで仕方なく、小平太が朝食を取っている間に洗濯機を回しながら自分の服を取ってきて貸してやり、洗濯物を
	干してから出て来たらしい。

	「……ホントに御苦労さま」
	「全くだ」
	「ごめんなー、長次。今度からは、着るもんが無くなる前に呼ぶから」
	「違うだろ!」「自分で洗濯しろよ!!」

	苦笑する伊作と溜め息交じりに頷く長次に対し、どこまでも悪びれずに小平太が笑うと、留三郎と文次郎から
	同時にツッコミが入った。

	「熱血馬鹿共の言う通りだな。……所で伊作。何故お前が、その暑苦しい馬鹿の上着を着ているか、訊いても
	 構わないか?」

	にっこりと笑いながら伊作に水を向けた仙蔵の目は、笑っていなかった。

	「んーと。簡潔に言うと、どうせまた何か不運で遅れると思ったから早めに出たら、すんなり無事に着けた
	 けど、待っている間に服を汚されちゃって、『Tシャツ1枚じゃ流石に寒いなぁ』って思ってたら、文次が
	 貸しくれたから」

	もう少し具体的に説明すると、30分以上前に着いたので、近くのコンビニで時間をつぶしていたら、補充の
	デザート類を運んでいた店員が伊作のすぐ脇で転び、ぶちまけたデザートの直撃を受けたらしい。そして、
	クリームでベトベトな上にベリー系のソースなどが染みになりそうだったので、ズボン以外―ズボンも本当は
	若干アウトだったが、替えが無いので拭くだけで済ませた―はクリーニングに出すことになり、もちろん
	クリーニング代はコンビニ持ちで、ひとまず何かのキャンペーン用の残りらしいTシャツを、着替えとして
	もらったそうである。
	その後。尚もそのコンビニに居続けるのは気まずかったので、誰か他に来たか待ち合わせ場所を見に行った所、
	文次郎が20分近く早く着いており、事情を聞いた後
	「見てるこっちが寒い」
	などと言いつつ、見兼ねて自分の着ていたウインドブレーカーを貸してくれたのだという。



	「……。よしわかった。昼食と映画は後回しにして、ひとまず伊作の服を買いに行くぞ」

	一通り話を聞いた後こう宣言した仙蔵に、他の4人も異論はなかったので駅ビルに向かう事にしたが、
	「ちょうど誕生日も近いことだしな、私が好きな服を買ってやろう」
	との言葉は聞き捨てならなかった。

	「え。いや、いいよ。元々、新しい春物は欲しいと思ってたから、自分で買うよ」
	「遠慮するな。自分の分のついでだし、それ位の出費は痛くもかゆくも無い」
	「……全員からということで、割り勘ならどうだ?」

	恐縮して辞退する伊作と、引く気のない仙蔵への妥協案を挙げたのは、長次だった。

	「長次名案! じゃあ、それで決まりな」
	「俺らにもどんなのが良いか選ばせてくれるなら、俺も構わないぞ」
	「お前なら、仙蔵と違って馬鹿みたいな値段の物は買わねぇだろうしな」

	口々に他の友人達も賛同したため、断るのは気が引けた伊作が

	「えっと、じゃあ、そうさせてもらうね。ありがとう、みんな」

	と、はにかみながら礼を言うと、全員から「遠慮するな」と返ってきた。



	そんなこんなで買い物中。

	「伊作、このジャケットどう思う?」
	「え。色とか割と好みだけど、高価くない?」

	仙蔵が指し示したジャケットは、伊作が普段着ている物の倍以上の値段が付いていた。

	「ならば、私が自分用に買って、貸してやれば着るか?」
	「うん。まぁ、それは着るかもしれないけど……」

	普段から、体型が似通っていて趣味もそれなりに合うので、伊作と仙蔵が互いに服の貸し借りをしていることは
	珍しくなかったりする。そのためこのやり取りは、特に不自然ではない。しかし

	「……立花。ソレ、女物じゃないか?」

	突っ込んでも良いものか少し考え、恐る恐る指摘してみたのは留三郎だった。

	「それがどうした。似合うのだから構わないだろう?」
	「僕らが着てるものって、サイズが合えば女物なことも、あんまり珍しくないよ」

	仙蔵と伊作の両方から、当然のようにそ返うされた留三郎がげんなりしていると、更に小平太が

	「てか、何で見ただけでわかんの? ここ、別に女物の売り場じゃないけど」

	と、キョトンとした顔で首を傾げた。

	「何でって、ボタンの合わせが逆だし、ウエストも少し細くなってんだから、見ればわかるだろ」

	当然のように言い切った留三郎に、文次郎は「わかんねぇよ」と返してから、
	「にしても、女物がちょうどいいってことは、チビで女々しいってことだよな」
	一応聞こえないようにボソリと呟いたつもりのようだが、仙蔵の耳に入り、懐から取り出した万年筆のような
	ものを突き付けられた。

	「……つい先日作ってみた、ペン型スタンガンの試作品だ。今の発言は、コレの実験台になりたいという意思
	 表示として受け取った」
	「もー、公共の場では止めてよねぇ」

	怖い笑みを貼り付けて文次郎に自作のスタンガンを向ける仙蔵に、少し眉をひそめた伊作と文次郎本人以外は、
	誰も逆らおうとも止めようともしなかった。数分そのままじりじりと無言の攻防を続けた後
	「冗談だ。そんな後々面倒なことは、するわけ無いに決まっているだろう」
	と言いながら仙蔵はスタンガンを収めたが、「後で覚えておけよ」と、文次郎にだけ聞こえるように耳元で
	脅しをかけた。

	その後も、あれやこれやと伊作に似合う服を見繕いながら店を巡り、最終的に選んだシャツと薄手のカーディガンの
	会計を、仙蔵が代表して払っている最中に、伊作がふと留三郎の誕生日も近いことを思い出したが、
	「え。別に留のは、今でなくても良くない?」
	「まだ少し先だろう」
	「コイツなんかに、何かやる義理はない」
	などと口々に返されてしまった。

	けれどこっそりハンカチを買っておいて、後であげた結果。留三郎は他の面子から若干睨まれたとか……





『藍-あお-』の秋都さんへの相互リンク記念品 「6年生で現パロ」とのリクエストでしたので、どのシリーズにしたものかしばし考え、結局シリーズ以外の設定にしてみました。 深く設定は考えていませんが、仙蔵様は良いとこのボンボンで護身具マニアなのは決めてあったり(笑) 2010.4.10