12歳の誕生日に「犬を飼いたい」ってねだったら、中学の入学祝いと合同でいいなら買ってくれる
	ことになった。両親と一緒に選びに行ったペットショップには、小さくて可愛い子犬もいっぱい居た。

	「えっと、僕あの子がいい! 顔はちょっと怖いけど、優しい良い子だと思うんだ」

	だけど僕が気になったのは、元々強面な犬種な事を差し引いても恐い顔で眠っていた、シベリアン
	ハスキーの子犬だった。店員さんに頼んで抱かせてもらっても、大人しくて妙に落ち着いた子犬で、
	お父さんも「番犬向きっぽいな」って賛成してくれたから、その子を買ってもらえることになった。


	「君は今日から『長次』だよ」
	「わん」(ちょうじ?)
	「そうだよ。それが君の名前。僕は伊作。今日から家族になるんだ。よろしくね」

	名前の由来は、前におじさんのうちで読んだ本に出てきたお侍さんか何か…だった筈。何となく、
	格好良くて似合いそうな気が、当時の僕はしたんだと思う。

	買ってもらった日から、長次は僕の新しい家族で、卒業式の日の夜にご飯を食べに出かける時も、
	もちろん一緒に連れて行った。流石にレストランには連れて入れなかったから、車の中で待って
	いてもらったけど、行きも帰りも、ずっと後部座席で抱っこして、前の座席の両親とおしゃべり
	していた。……覚えているのは、そこまで。事故の瞬間は覚えていなくて、目が覚めたら僕は独り
	ぼっちでベッドの上に居た。

	「……新野の、おじさん? ここ、どこ?」
	「ここは病院です。事故に遭ったことは覚えていますか?」

	最初に目に入ったのは、白い天井。次に、周りを見回したら、沈痛な表情をした新野のおじさんの
	顔が見えた。

	「え? ああ、うん。そういえば……お父さん達は!?」
	「残念ながら――」
	「……。! 長次は? 僕達と一緒に、子犬が乗ってた筈なんだけど」
	「無事ですよ。ただ、君を庇うような位置で大怪我を負っていたので、近所の動物病院の方に」

	交差点で、無理やり曲がろうとしてきた車と正面衝突して、運転席のお父さんと助手席のお母さんは
	即死。助手席の後ろにいた僕は、抱いていた長次がクッション代わりになったのか、軽傷で済んだ。
	その代わり、長次の顔には傷が残り、その所為で貫録が増したのと、べそべそ泣いてた僕を慰めて
	くれていた所から、いつの間にか呼び方が「さん」づけになっていった。


	
					


	くわしいことは知らないけど、僕の両親には近しい親戚が居なかったから、僕は母さんの従兄弟だか
	はとこに当たる、新野のおじさんに引き取られた。おじさんのことは、嫌いじゃいというよりむしろ
	好きだったけど、だからこそお世話になり続けることが心苦しくて、なるべく早く自活できるように
	なりたかったから、准看護師の道を選び、17歳でようやく1人暮らしをすることが叶った。
	もちろん、長次さんを連れて。


	「あのね長次さん。今日、帰りに子猫の里親募集のポスター見つけたんだけど、1匹貰ってきても
	 いいかな? 僕と君だけじゃ、何だかちょっぴり淋しくって…」
	「…わん」(好きにすればいい、ご主人)
	「そっか。ありがとう」

	初めは長次さんだけでいいと思っていたけど、「子猫いりませんか?」のポスターに心が揺らいで、
	長次さんの許可を取った次の休日。本当は長次さんと一緒に行きたかったけど、先方にご迷惑かも
	しれないので、一人で子猫を見に行き、一番綺麗で一番愛想の無かった黒猫を貰ってきた。


『お前は誰だ?』 『…この家の飼い犬の、長次だ』 『そうか。私は”せんぞう”という名らしい。 先程”いさく”とかいうやつがそう言っていた』 『伊作は、俺達の主人だ』 『? ”しゅじん”とは何だ?』 『エサをくれ、散歩にも行く、家族のことだ』 『私は散歩など行かんが、”家族”なら分かるぞ。一緒に居るものだな』 『…そうだ』

「長次さん。仙。もう1匹家族増えてもいいかな?」 「わん」(俺は構わない) 「にゃう」(伊作が望むのなら、まぁいいだろう) 「ありがとう。もうじき、知り合いの家に子犬が産まれるから、引き取り先探してるらしくって」 仙蔵を貰ってきて4年。1人と2匹の生活が当たり前になった頃に、ふとまた家族を増やしたく なって、子犬をもらう約束を取りつけてきた。ペット大歓迎の今のアパートで暮らし始めてから、 飼い主仲間やペットショップ、獣医さんなんかの知り合いが増えて、大勢飼っている家が羨ましく なった。っていうのもあるかもしれない。だから、約束の子犬より前に増えた子達も、そんな僕の 想いが引き寄せたのかも。なんて、思わなくもない。 「ただいま〜」 「なぅん。…フーッ」(遅かったな伊作…何だそいつは!?) 「あー、やっぱり仙は怒るか。…長次さんゴメン! ちょっとこの子守っててくれる? 僕お風呂  沸かしてくるから。仙も許して? ね? この子、怪我してたから拾っちゃったんだ」 雨の中、傷だらけの猫と目が合ってしまったら無視できなくって、抵抗されたけど拾い上げて連れて 帰ってみたら、仙蔵には思いっきり警戒された。猫ってかなり縄張り意識が強いらしいから、当然の 反応なんだけど、でも放っておけない僕の性格は解ってくれると信じてたし、基本的に長次さんには 逆らわないから、長次さんに仙蔵を抑えてくれるよう頼めば平気かもしれない。って考えたんだよね。

『近寄んな!』 『…そう警戒するな。俺達は、お前に何もしない』 『どけ長次! 私はこの無礼者を許さん。伊作の腕を見ただろう? あんな ボロボロになっていたのは、コイツが引っ掻いた所為なのだぞ!?』 『落ち着け仙蔵。…その傷は、人間にやられたのか?』 『だったらなんだって言うんだ。…放せ! 俺はこんな所に居たくない。 あの人間が、勝手に俺を連れて来たんだ。嫌がっていた俺を、無理やりな』 『私の伊作を、そんな下劣な人間と一緒にするな!』 『…伊作は、お前を想って保護したんだ。大人しく手当てを受けろ。アイツは、お前を 傷つけた人間とは違う。お前が落ち着けば、仙蔵も何もしない。…そうだな?』 『……』

「おまたせ。ありがとうね、長次さん。仙もちょっかい出さなかったみたいだね、エライエライ。  それじゃ君は、まずお風呂で洗ってから手当するから、ちょっと我慢してね。終わったら一緒に  ご飯あげるから、仙たちももうちょっとだけ待ってて」 お風呂場で洗っている間もかなり抵抗されたけど、乾かして傷の手当てをしてエサをあげる頃には、 だいぶ大人しくなってくれたのは、長次さん効果かな。なんて考えるくらい、僕は長次さんを信頼 してるし、仙蔵のことも頭の良い猫だと信じている。この時点では、一晩くらいで出て行っちゃう かもしれないし、傷が治るまではいるかもしれないけど、出来ればうちの子になってくれないかな。 なんて考えていた留三郎は、結局我が家に居付いてくれて、僕にすごく懐いてくれたし、長次さんや 仙蔵とも上手くやっていけそうな感じがして一安心。ただ、厄介だったのはこの次の子。留三郎の 首輪やなんかの必要なものを買い足しに行ったペットショップで、1匹の犬と目が合った。 「…この子は?」 「ああ、わしの知り合いの店で、『ふてぶてしい面だ』『可愛げがない』と売れ残ってたやつでな。  うちなら気に入る物好きもいるかもしれんし、最悪わしが飼っても構わんので譲り受けてきた」 行きつけの大木さんの所のペットショップには、あんまり犬猫―それ以外もだけど―が居なくて、 エサやグッズばっかり売っているイメージがあったから、それでまず気になった。あとで訊いたら、 大木さんはペットショップをやっているくせに、生きた動物の売買はあんまり好きじゃないらしい。 だから、他所のお店の売れ残りや捨てられていた子の、里親探しの方が多いんだとか。 「へぇ。…幾らですか?」 「…お前さん、すでに犬1匹と猫2匹飼っていて、新参者の猫がまだ馴染んどらんのじゃなかったか?」 「そうなんですよねぇ。しかも、もうじき生まれたての子犬をもらう予定もあるんですけど、何か  妙にこの子が気になっちゃって」 大木さんに呆れられるなんて、滅多にないことだけど、確かに呆れられても仕方ない言動だったと、 自分でも思う。だけど、気になっちゃったのは事実だから仕方無い。とか開き直ってみた。 「今言ったとおり、育ちきった可愛くもない売れ残りだからなぁ。今日の買いもんのオマケとして  タダでいい。…なんなら、試供品のエサもつけてやるぞ」 「いいんですか?」 「お前さんはうちの上得意だしな。……しかし、本当に大丈夫なのか?」 「う〜ん。多分どうにかなると思います。長次さんに、仙と留の説得頼んでみますから」 結果的には、長次さんは受け入れてくれたし、長次さんと僕には心を許してくれたけど、猫達とは 仲が悪いままで、小競り合いの日々が今も続いている。だけど、お互い毛嫌いしてるってだけで、 本格的にヤバいケンカまではしないから、まぁいいかな。なんて思えるようになったのは、意外と 早かったような気がする。

『この馬鹿犬に比べれば、先住の我らに敬意を 払う分、留三郎の方がよっぽどマシで賢いな』 『ま、伊達に野良生活送ってないからな』 『ウルセェ! 黙れクソ猫共』 『…3匹共、伊作を困らせるようなことだけはするな』 『もちろんだ。この馬鹿犬が食ってかかって来ねば、私は何もせん』 『俺も、コイツに売られたケンカを買っているだけだ』 『お前らがケンカ売ってんだろうが!』

「……本当に、平気なのか?」 「平気、だと思います。…留と文次が予定外なだけで、この子のことは、ちゃんと事前に言って  ありますし」 約束の子犬を貰いに行ったら、心配そうに訊かれてしまったけど、多分大丈夫。生まれたての純粋 無垢な子なら、他の子達もいじめたりはしない筈だと信じてますから。って、元野良の留三郎や、 売れ残りの文次郎も、ちょっとひねくれてたり、先住の子達と折り合いが悪かったりもするけれど 良い子達だ。って意味ですよ。僕はみんなを信頼してるんです。

『ここはどこだ?』 『…新しく、お前が住む所だ』 『お前らは誰だ?』 『お前の、先輩だ。…俺は、長次という』 『そうか。よろしくな』 『私は仙蔵だ。私に逆らわんのなら、可愛がってやっても良いぞ』 『”さからう”って何だ?』 『解らんのなら気にするな』 『わかった!』 『俺は留三郎』 『文次郎だ』 『長くて覚えらんないから、留と文次でいいか? 伊作とかいうのも、そう呼んでたし』

「―というわけで、新しい家族です。仲良くしてあげてね」
書きかけを発掘したので完成させてみました。 犬猫の歳は、長次犬15歳 仙猫10歳 留猫9歳 文次犬8歳 こへ犬6歳とのメモが 2009.6.27