文次郎との第二子を妊娠中の伊作は、長女の伊織の時とは別の形で、つわりに苦しめられていた。

	伊織が胎にいた時は、動物性のものは口にするのはおろか、臭いですら受け付けず、相手によっては
	体臭にすら吐き気を催し、食欲も全くと言って良い程湧かなかったが、今回の場合は何にも拒絶反応は
	示さず、常に何となく空腹感を覚えてさえいる。しかし空腹は感じていても、胃が圧迫されているため
	一度にはあまり量が食べられないので、頻繁に少しずつ何かをつまんでいるのだが、何を口にしても
	ほとんど味がしないのだ。
	さらに、間で死産と流産とをしており、胎の児も一度流れかけた関係で、安静が絶対条件になって
	しまっているので、簡単な家事以外はろくに運動も出来ず、体重は増えていく一方だった。

	おまけに嗅覚も鈍っている所為で、調薬で気を紛らわすことも出来ず
	「このままじゃ太るー」
	などとボヤいていると、文次郎に
	「お前は肉付き悪すぎるから、その位で丁度良いだろ」
	と返され、伊作はキレた。

	「悪かったね薄っぺらくて! でも、そういう問題じゃなくて、変に脂肪が付き過ぎると、出産時の
	危険度が増すんだよ!! ただでさえ、むくみとかちょっと危険な兆候があるのに」

	医師としての見解で反論はしたが、そこにはいささかの女心も含まれており、それを感じ取ったのか、
	傍らに居た伊織が、舌足らずな口調で「とうさまひどーい」などと伊作を援護した。

	けれど、伊織の誕生前後に不在だったことを反省し、生まれる時期の確認もした上で、極力短期の仕事
	以外は入れずに傍に居てくれようとしている文次郎の努力も、ちゃんと解っている伊作は、それ以上
	責めるのはやめ、なるべく早くつわりが治まることと、無事に出産できることだけを祈ることにした。



	結果的に、出産直前までつわりは続き、難産ではあったが、母子共に無事出産することが出来はした。
	ただ、体力の消耗が激しく、産後半月近く床に伏したままで、文次郎ほか、見舞いに訪れた友人達にも
	大いに心配はされたが、伊作自身は鬱状態にはならなかっただけずいぶん楽だったという。

	また、伊織の時とは違い明らかに腹部が目立つまでになったことも、実は伊作的にはかなり新鮮だった
	のだが、居なかった所為で比較しようのない文次郎には、その辺りはよく判らなかったという。




こんな悪阻が実際にあるのかは知りませんが、「食欲が増す」系のことも、無いことはない。 と、どこかで読んだことがあるようなないような… 習慣流産一歩手前で妊娠中毒症な、かなりリスクの高い妊婦さんでしたが、無事生まれてよかったね文多。 半夏(はんげ):烏柄杓の漢名もしくは生薬名。薬効は吐き止め、つわり。「ハンゲショウ」とは別物です 2009.3.6