猪名寺乱太郎(27)が、忍びから医師に転職し、師匠の元から独立してしばらく経ったある日のこと。

	ふらりと訪ねてきた元師匠に
	「ねぇ、乱太郎。君には、将来を誓った相手とか、想い人って居る?」
	と訊ねられた彼は、彼女に供するついでに自分の分も淹れ、口をつけかけた茶を思い切り噴いた。

	「居ない、ですけど、いきなり何を言い出すんですか、いささん!?」

	27歳にもなって浮いた話の一つも無いのは情けないが、そんなことに興味を持つような人じゃないし、訊いて
	どうするんだろう。そう思いながら返した乱太郎に、元師匠兼雇い主でついでに実は先輩ないさは、

	「いや、あのね。知り合いの所に、すごく良い子なんだけど、自分のことは後回しにし過ぎてて婚期を逃しそうな
	 娘さんが居てね。乱太郎なら、お相手としておススメしても良いかなぁ。って思って」

	そんな、まるで一般的な近所のおばさんのような理由を口にしたが、乱太郎が知る限りでは、彼女の交友関係は
	だいぶ狭く、その中に微妙な年頃の娘または娘を持つ親は居ない筈だった。

	「えーと、その方は、いささんとどういう関係の方なんですか?」
	「そうだなぁ。妹と姪と従妹の中間みたいというか、きり丸と土井先生の所の子達……よりも、うちの子達の
	 方が近いかな。その子自体には殆ど会ったこと無いんだけど、私の育ての親みたいな人の娘で、その育ての
	 親代わりの人は、私の母が拾った子供だったらしいから」

	いさの家庭環境がややこしいことは一応以前聞いたことがあったが、ややこしい上に全て捨てたので覚えなくて
	良い。と言われていた為忘れていたが、言われてみれば娘の名前の由来にする程に大切な、姉代わりで母代わり
	だった女性が居るのだと聞いた覚えはあった。


	「名前は『穂野ほの』っていって、年は確か君の3つか4つ下。可愛くて働き者の、ホントにすごく良い子なんだ」
	「そうなんですか……」

	心の底から愛おしげに話すいさに、縁談を受けるかはともかく、一度会う位なら良いかな。と思った乱太郎が
	その旨を素直に伝えると、いさは「それで構わないよ」と快諾し、縁談のつもりであることは伏せて、一度
	遊びに来るよう誘ってみるので、訪ねて来た時に顔を出すようにと指示した。


	そんな経緯を、久々に十一忍揃っての飲みの席で、近況を聞かれたついでに話すと、既に妻子持ちだったり、
	結婚願望はあるが未だ独り身の面々だけでなく、結婚する気の一切無い数人にすら

	「この期を逃したら、おそらく次はないと思うよ」
	「そうだよ。不運小僧にとっては、多分一生に一度の好機だって」
	「そこまで言わなくても良いと思うけど、結局は縁と巡り合わせだからね」
	「乱太郎、相変わらず老若男女の『若い女』だけ欠けた患者ばかり看てるんでしょ?」三治
	「年下で働き者で可愛いとか、すげぇ好条件じゃん。……良いなぁ乱太郎」
	「って、お前んとこの嫁さんも、年上だけど美人でしっかり者だろ」
	「気ぃ強くて怖いんだよ、うちの奴は! だから、大人しい子は羨ましい」
	「大人しそうな人なの?」
	「いさ姉が薦めんなら、乱と合いそうな感じなんだろ」きり
	「確かにな。少なくとも、気が強くてせっかちな子じゃないだろ」
	「それに、相手の子も姪御さんみたいな大事な子なんでしょ? だったら、合わない人は絶対に紹介しないと
	 思うなぁ」しん

	等々、全員一致で「会うだけでなく嫁に貰ってしまえ」と言い切った。


	それらの言葉に後押しされたかどうかは解らないが、実際会ってみた所。
	(確かに、相性は良さそうかも)
	との感触を得て、穂野の側も
	「この間会った猪名寺くん、お婿さんにどうかな?」
	という質問にまんざらでもない反応を返したそうで、それから間もなく嫁いで来た後は、いさの読み通りの、
	近所でも評判の似合いの夫婦になったのだった。



	

設定はあるのに書き忘れていた、猪名寺嫁話でした。 ちなみに、蛇足ですが年上の嫁が怖いのは佐武氏で、ツッコミ入れてるはこの時点では独身の皆本氏です(笑) (そしてその他の発言者も、反転で書いてあったり) 2011.10.30