ある時任暁左吉(31)は、城主からとある人物を探し出すようにと命じられた。
	その者は、巷で評判となっている医師で、何処ぞの城下町の外れに居を構えてはいるが、その国に仕えている
	訳ではないという。故に、自国に招き入れ、叶うならば召し抱えたいと、左吉の主君は考えたようだった。

	与えられた情報から、左吉がその医師の住んでいる筈の町で訊きこみをしていると、思い掛けない人物と
	遭遇した。

	「潮江、先輩?」
	「……左吉か。久しいな」
	「お久しぶりです。えーと、そちらはお子さんですか?」

	一つに満たぬ位の幼児を抱いて町中を歩いていたのは、左吉のかつての先輩に当たる潮江文次郎だった。

	「いや。孫だ」
	「…………はい? え!? 先輩、今お幾つでしたっけ??」

	文次郎は学生時代から老け顔だったが、今は30代半ばとして年相応か多少若い程度に見え、連れている子は
	末の子か遅くに生まれた子。もしくは親戚の子が妥当なところだろうと、左吉は考えていた。更に孫が居る
	ならその親に当たる子供も居ることになるが、そこまで早くに嫁を娶って子を儲けているとは、俄かに考え
	難かった。しかしそんな左吉の予想に反し、文次郎は少々ふてくされたように

	「お前らと五つしか違わねえが、十六ん時の娘が、十九でガキ産んだんだから仕方ねえだろ」

	と答えた。しかも一応念の為、その娘とやらが妻の連れ子か何かと確認した所、更にうんざりと

	「散々言われてきたが、実の娘だ」

	との答えが返ってきた。
	この日は、その後すぐに文次郎と別れ情報収集を続けたが、今一つ有力な情報が得られなかった為、
	既知であり何か情報を持っていそうな、加藤村の団蔵の元を尋ね、文次郎達のことを話し

	「潮江先輩が早々に嫁御を貰っていたことと、そんな大きなお嬢さんや孫までいらっしゃることと、当然の
	 ように子守をしていたこと。どれに一番驚くべきだと思う?」

	などと訊ねてみると、団蔵はそれらのことを知っていたらしく、当然のように答えを返してきた。

	「全部に驚いとけば良いんじゃねぇの? ちなみに潮江先輩の奥さんは、先輩と同い年で、美人で気さくで
	 朗らかで、うっかり『何で先輩とご結婚されたんですか?』って訊いたら、『何でだろうねぇ』って笑い
	 ながら答えたような人」
	「見た目や性格はともかく、アノ潮江先輩相手に、そんな言動が許されるのか?」
	「おう。苦笑いしかしてなかった」
	「……何者だよ、その奥方」

	信じがたい証言に左吉が怪訝そうな顔をすると、団蔵はケロリと笑って付け加えた。

	「ん〜、会えば左吉も納得すると思うぞ。あと、ついでに、お前の探し人でもある筈だし」
	「は?」
	「まぁ、詳しくは説明するより、直接本人に会った方が早いと思うから、ひとまずもう一回行ってみな」

	そんな風に団蔵に言われ、ひとまず改めてその城下町に向かった左吉は、半信半疑というよりも、信じられ
	ない思いの方が勝っていた。



	「いさ、客だ。お前にも懐かしい相手だが、判るか?」

	ひとまず訪ねて来た左吉を出迎えた文次郎は、彼を家の中に通すと、奥の方に寝ていた病人らしき若い女を、
	当然のように支えて起き上がらせ、優しげに語りかけた。

	「うーん。流石にそれだけじゃ難しいから、手掛かりをちょうだい?」
	「そうだな……俺とも、猪名寺とも関わりがあった奴だ」

	ふんわりと笑った女に、左吉は少し見覚えがあるような気がしたが、その可能性はすぐさまに否定した。
	何しろその女は、左吉よりも年下のように見えたが、彼女とよく似ている気がする旧知は、文次郎と同期の
	少年―善法寺伊作―だったのだから、彼の妹や姪、もしくは娘の可能性ならあるかもしれないが、もしも
	本当に伊作に関係のある娘ならば、文次郎の養女か息子の嫁でないとおかしい。けれど先日文次郎は、孫を
	産んだのは実の娘なのだと言っていた。だから有り得ない。そんな風に左吉は結論付けたのだ。
	けれども他人の空似にしては伊作と良く似ているし、文次郎の接し方も、娘というより妻に対する甘さを
	醸し出しているように見え、更に団蔵の証言も頭をよぎり、ついでに「何故ここで猪名寺乱太郎の名が??」
	などと左吉が混乱していると、少し考えるようなそぶりをしていた女が、文次郎に向い
		
	「……左吉?」

	と呟いた。

	「よくわかったな」
	「だって、簡単過ぎだよ。君の旧知なだけなら他にも居るだろうけど、私にも懐かしくって乱太郎とも
	 関わりがあったってことは、忍術学園の関係者で、乱太郎と同期で君の委員会の後輩だった、左吉しか
	 居ないじゃないか。……それに、骨格なんかから声変わり後の声も、ある程度は判るし」
	「そうか。相変わらずすげぇな。……で、何の用だ左吉?」

	微笑んだままさりげに言ってのけた内容から、女の目が見えていないらしいことに左吉は気付いた。そして
	それと同時に、対等な口の利き方やお互いの態度などから、若そうに見えるだけで女は文次郎と同い年の妻
	なのだろうということも、何となく悟った。

	「我が殿の命により、とある医師を探しておりまして、こちらにその方に関する情報があるかもしれない
	 との話を、耳にいたしましたので」
	 
	左吉が少しかしこまって答えてから、少し詳しい事情を付け加えると、

	「多分、その噂の医師は私。でも、見ての通りの様だから今は引退して、診療所は昔助手をしてくれていた
	 乱太郎に託したんだ」

	見えていない筈なのに、女はキチンと左吉と目を合わせて語り始めた。それに依れば、自身が世間的に珍しい
	女医であることや、乱太郎がそれなりに長い間助手として勤めてから独立して、数年だけ別の場所で診療所を
	開いていたこともあって、近隣住民の情報があやふやだったのだろうという。




	「申し訳ないけど、君の申し出は受け入れられない」

	文次郎に案内された診療所で、左吉が改めて乱太郎に仕官の話を持ちかけると、きっぱりと否定された。


	「私―私達は、どこの国の誰にも属していないからこそ、全ての人に対して公平でいられるんだ。……私は
	 短い間とはいえ、一国に仕えていた経験がある。だからその国の利益の為に、医術が歪んだ使われ方を
	 することがあると知っているし、それが耐えられなくて忍びを辞めた。それに、ほんの一部の要人を診る
	 為に、他の多くの民を見殺しにもしたくないしね。……地位も、名誉も名声も要らない。ただ、目の前に
	 傷ついた人や病気で弱った人が居て、自分はそれを癒す術を持っているから助ける。いさ先生は、昔から
	 そういう人だったから、私はあの人みたいになりたくて、今ここに居る。……左吉なら、その気持ち解る
	 よね?」

	次いで理由を語った乱太郎の言葉の最後で、左吉は「やはりか」と思った。

	「……。やはり、潮江先輩の奥方は、善法寺先輩ご本人だったか」

	若くて、美人で、明るい性格で、精神的や立場的に何故か文次郎より強く、医術の心得があり、信条も同じ。
	そしてあれだけ良く似ているのだから、結びつけない方がおかしい。と、一番肝心の事情や素性は解らない
	まま左吉が自分を納得させると、乱太郎からは

	「本当は女性なことと、潮江先輩の恋人だったことを、隠していたんだって」

	とだけ教えられた。それ以上は、おそらく乱太郎も本人達も、訊いた所で口を割らないだろう。そう気付け
	ないほど、左吉は鈍くない。そして、忍術学園がいかなる国に対して中立の立場であるからこそ成り立って
	いるのと同じように、乱太郎も伊作も一国に属させて良い存在ではないと、主君を説得することが出来る。
	そのように考えてみると、使いを命じられたのが己で良かったと、左吉はしみじみと思った。


	「君の国には行けないけど、もしも出来そうなら、また訪ねて来てくれるかな? 先生、もうそんなに長く
	 なくて、古い知り合いに再会したり、話が出来ることを、凄く喜ばれるから」


	去り際に、泣き笑いの乱太郎から告げられた言葉で、ようやく文次郎があんなにも伊作を気遣い、慈しんで
	いた意味に気付いた左吉は、その頼みを聞きいれたかった。けれど、次に余暇を駆使して潮江家を訪れた時
	には、既に伊作は亡き人となっていた。それでも

	「アイツは、お前に逢えたことを喜んでいた。そのことと、色々ありはしたがアイツは決して不幸な人生
	 ではなかった。それだけは、覚えていてやってくれ」

	それが伊作への餞だ。そう文次郎に告げられた言葉を胸に刻み、全ての出会いと別れを尊ぼうと、左吉は
	心に誓った。

	それが、おそらく彼女に出会い、再びまみえた意味だから。




だいぶ前に日記もどき(『離』の方)に書いた会話小ネタを元に書いたら、妙にシリアスなものが出来上がりました。 ちなみに、伊作の享年は37歳で娘と男女の双児な孫と同居してますが、婿殿は最初っから通い婚状態。 乱太郎は妻子持ちで近所に家がある。……そんな感じの設定を入れ損ねました。 2010.3.24