忍術学園4年い組の教科担任笹山兵太夫(25)が、最初にその生徒を目にした時に思ったのは

	「案外早めに嫁貰えたんだな、アノ人。…にしても、ウザいくらいそっくり」

	という、かなり失礼なものだった。

	その時は、それ以上は特に何も感じなかったが、自分の受け持ちの生徒の1人が、忌々しげに
	「彼奴等さえ居なければ…」と、その1年生を見ながら呟いたのを耳にしたことで、少し興味が湧いた。

	生徒の名は、1年の方は「潮江文多」。4年の方は「立花泉」といい、共に兵太夫の先輩に当たる、
	忍術学園の卒業生の息子だった。

	父親同士は、一応友人関係にあったが、卒業目前に別の友人を亡くしたことをきっかけに仲違いを
	しており、それを引きずって息子同士も険悪なのかと、始めの内、兵太夫は考えていた。しかし、
	よくよく見ていると、泉が一方的に文多を毛嫌いし、見下した態度を取ってイビっており、文多は
	それに反抗しているだけにも思えてきた。

	そこで試しに理由を訊いてみたが、
	「先生には関係ありませんので、お気になさらずに。…もし、どうしても気になるのでしたら、
	 きり丸さんにでも訊いて下さい」
	という、よくわからない答えが返ってきた。けれども、きり丸に訊くのは何となく癪だったので、
	自分で推理しようと兵太夫は決め、彼らを観察し続けることにした。

	その翌年。今度は泉達の父親の1年下の代の先輩そっくりで、同じ苗字を持つ生徒が入学してきた。
	しかしその生徒―不破風早―は、実父仕込みの変装で養父と同じ顔をしているだけで、実際は鉢屋
	三郎の息子に当たることを、兵太夫は知っていた。
	ついでに、詳しい経緯まではよく解らないが、三郎と不破雷蔵が共に生きていることも知っていたが、
	彼らも泉達の親と繋がっていることが、次第に見えてきた時は、流石の兵太夫も―顔には出さずに―
	困惑した。

	とりわけ奇妙だったのは、風早が訳知り顔で泉をおちょくっていることと、泉と風早にだけ通じる
	話があるらしいこと。そして、文多は風早の親のことをあまり知らないのに、風早は文多の両親を
	良く知っているように見えることなどだった。

	更にその翌年には、父親と全く似ていない七松鶏介という生徒が入学してきたが、鶏介は文多と
	同じく、親を多少知っている程度だった。



	そんなある時。忍術学園に、1人の客が訪れた。

	学園の生徒達とほぼ同じくらいの年頃の少女で、開口一番
	「事務の、小松田さんか今福さんを呼んでいただけます? 入門票に名前を書かないと」
	と、門の近くにいた生徒のに声を掛け、入門票を持った小松田が現れるまで、一歩も敷地内に入らず
	その場で待って居たとの目撃情報を聞き、兵太夫はその少女が何者なのか、とても気になった。
	
	少女の来訪目的は校医の新野への届け物で、受け渡した後「折角だから」と食堂でお茶を飲んで
	行くことになったようだと聞き付けた兵太夫は、食堂を覗きに向かう途中で、元同級生な事務員の
	今福彦四郎から、
	「さっき、入門票を小松田さんから見せてもらったんだけど、あの子、文多の姉らしい」
	という、とんでもない話を聞かされた。しかも、半信半疑で食堂に着くと、そこではより一層とんでも
	ない光景が繰り広げられていた。

	「姉上。お久しぶりです。元気にされておられましたか?」
	「うん。まぁ、それなりに」

	茶をすする少女の傍には少年が2人居り、それが文多と泉であることは何らおかしくはないのだが、
	泉の様子が普段の、父親似の冷静沈着で少々人を小馬鹿にした感じではなく、妙に浮かれた年相応の
	少年らしいに見えたことに、兵太夫はまず驚いた。

	「誰がてめぇの姉貴だ! 姉ちゃんは、俺の姉ちゃんだぞ」
	「煩い黙れ馬鹿。人が話しているのの邪魔をするな。本当に、粗野な父親に似てウザいな、お前は」
	「んだとぉ」

	少女に語りかける泉に文多がイチャモンをつけ、掴み合いのケンカになりかける様は、いつも通りの
	ようで、それよりもっと昔の、とても見覚えのある光景のような錯覚を兵太夫が感じていると、更に
	既視感を感じる光景に発展していった。

	「ブンも泉も、やめなさい。止めないと、この場で昏倒させるわよ」
	「申し訳ございません姉上」
	「だって姉ちゃん! この陰険高飛車野郎が!」
	「…ブン?」
	「……ごめんなさい」

	声を荒げることなく―それどころか、おっとりと微笑みながら―諍いを止めた少女は、よく見ると
	顔立ちまでもが、見覚えのある「誰か」に似ているような気さえ、兵太夫にはしてきた。
	
	「まぁ、確かに泉も、その呼び方は誤解を招くからよして頂戴」
	「はい」

	心なしか、泉が悔しそうな顔をしたように見えた瞬間。どこからともなく第三の人物の声がした。

	「毎度のことながら、お見事ですねぇ、伊織さん」
	「風早。天井から出てくるのは、食堂ではやめようね。埃が落ちるでしょ」
	「ああ、申し訳ありません。今後は気をつけます」

	急に天井から人が現れて話掛けられても動じないとは、どんな神経の持ち主かと、兵太夫があっけに
	とられていると、泉と文多から、ほぼ同時に突っ込みが入った。

	「そういった問題ではないでしょう、伊織殿!」
	「てぇか、馴れ馴れしく姉ちゃんに触んな不破!!」
	

	「……何なのこの状況」

	呆然と呟いた所で、ようやく入口近くで見ていた兵太夫に気付いたのか、少女は言い争いを続ける
	少年達を放置して近づいてきた。

	「初めまして。笹山先生…でいらっしゃいますよね?」
	「ああ、うん。そうだけど」

	何故自分のことを知っているのかと、兵太夫が少し怪訝そうな顔を見せると、少女はそれを読み取った
	かのように、にっこり笑って、名乗りながらその疑問に答えた。

	「潮江文多の姉の、伊織と申します。先生のお話は、きり丸さんや、乱先生、あと泉などからも、
	 色々お聞きしております」
	「その『色々』が何なのかは、言及しないでおくけど…泉や、風早とも親しいんだね」

	泉が、妙に兵太夫たちの現役学生時代の所業に詳しいのは、父親である仙蔵と、何故かきり丸が
	繋がっているからだと知っていた兵太夫は、そこで少し納得しかけたが、乱太郎の名前が混じって
	いたことや、風早達との繋がりにはまだ疑問が残っていた。

	「ええ、まぁ、両親と親御さんが友人や知人ですから」
	「泉に『姉上』って呼ばれてたけど?」
	「一人っ子の泉や、風早のような上の子達に、姉のように慕われていて、『姉上』や『お姉ちゃん』
	 などと呼ばれているんですが、ブンにはそれが面白くないみたいで」

	この時の兵太夫には1つの仮説があったが、少女―伊織―はそこに気付いていて、あえて誤魔化す
	ような説明をしてきたように感じ取れた。
	
	
	その兵太夫の疑問と仮説が全て解けたのは、この少し後の夏休みのことだった。


						△



	特に用があったわけではないが、先日のちょっとした騒動の話もしてみたかったので、兵太夫が
	きり丸の家を訪れると、そこには、見知らぬ若い女性の客が居た。どことなく旧知の誰かに似て
	いるように見えるその女性の素姓をきり丸に尋ねると、彼はニヤリと笑ってこう答えた。

	「乱太郎の師匠兼福富屋のお得意さんで、俺の情報提供者かつ姉ちゃん。ついでに、お前んとこの
	 生徒の母親でもあるけど」
	「いつも、うちの息子達がご迷惑をおかけしています。ホント、似なくてもいい所ばかりが父親似で、
	 大変でしょう?」

	その苦笑いの表情に、兵太夫は明らかに見覚えがあった。

	「そういう、ことか。こないだ娘さん見た時は、『胎の遺児ごと貰ったか』なんて思ったけど、本人
	 だったとはね。……そうですよね。善法寺伊作先輩」

	伊織が、誰と似ていると感じたか。それは17年前に事故死したはずの、文次郎達の友人である
	保健委員長の善法寺伊作にで、その事故当時に彼の児を宿していた女を、母子共々引き受けた。
	というのが、兵太夫の立てた仮説だった。

	「正解。さっすが仙の秘蔵っ子だね、兵太夫」

	27歳になった自分達の5年上なのだから、30歳を超えているはずなのに、ほとんどかつてと変わって
	いない伊作に、兵太夫はちょっぴり頭痛を覚えた。

	「……姉ちゃん。兵が呆れてるから、年と立場にあったしゃべり方してやってくれっかな。久々に
	 会って、嬉しいのは解るけどさ」
	「そう? そっちの方が、違和感があるかと思ったんだけど。…どちらがよろしいですか、笹山先生?」

	まるで実の弟のようなきり丸の話し方にも、兵太夫は若干の違和感を感じたが、そこに引っかかって
	いても仕方さそうだとも感じ取れたので、軽く流して話を進めることにした。

	「楽な方でいいですよ。……生きていらしたことにも女性だったことにも驚きましたが、潮江先輩と
	 立花先輩を天秤にかけ、結果的に潮江先輩をとったことに一番驚いた。とか言ったら失礼ですか?」
	「別に。でも、誤解してるだろうから言っておくけど、伊織は文次の娘だよ」
	「え゛」

	文多と泉は2人共間違いなく父親似なので、「兄弟であること」が泉が文多を嫌悪する理由なのならば、
	姉の伊織は双方と父親が違うか、仙蔵の娘でないとつじつまが合わない。そう考えた兵太夫は、信じ
	難いし、説得力のある理由も思いつかないが、仙蔵と別れた後で文次郎を選んだのだろうと、勝手に
	推測をしていたため、バツの悪そうな伊作の言葉に耳を疑った。

	「詳しい事情は説明すると長いし、あんまり話したくないんだけど、潮江文次郎の妻である身で、泉を
	 産んだんだ。…今はもう一応の決着は付いていて、二度と道を誤るつもりはないけど、泉にはそれが
	 理解できないみたいで、だから文多と文次を毛嫌いしてるんだ」

	淋しそうに笑いながら話し終えた伊作の様に、先程の茶化すような口調は、空元気で誤魔化していた
	ことに兵太夫は気が付いた。

	「気になるなら、その内俺が話してやるよ。…いいよな、姉ちゃん?」
	「うん。それが一番いいかな。正直、そろそろ泉にも諦めて欲しいから、先生の方からも説得して
	 もらえるとありがたいかもしれないし」


	後日。きり丸と伊作の関係や、きり丸がすべてを知るに至った経緯なども含め、彼なりに話して
	しまっても構わないこととまずいこととを選び、かいつまんだ話を聞かされた兵太夫は、2人が
	望む通り、泉の説得を引き受けることにした。




	「こないださぁ、きり丸から全部聞いたんだけど」
	「……。アイツらさえいなければ、母上と姉上は僕らを選んで下さるかもしれないのに!」

	水を向けるなり幼い独占欲を見せて、吐き捨てるように叫んだ泉に、兵太夫は苦笑した。

	「お前は、本気でそう思ってるの?」

	諭すようにでなく、あえて挑発するように兵太夫が訊くと、泉は唇を噛んで俯いた。

	「…僕の初恋は、姉上―伊織殿―でした。それで、父上は未だに母上のことを諦めていなくて、時折
	 冗談めかして母上に『あんな阿呆は見限って嫁に来い』と言ったりすることもあったから、十二の
	 時に、思い切って『伊織殿を妻に迎えたい』と話しました」

	そこで初めて姉弟であることを教えられ、否応なしに諦めさせられたことは、兵太夫もきり丸から
	聞いていた。

	「今でも伊織殿のことは、姉上としてお慕いしています。でも、だからこそ、姉上や母上と堂々と
	 家族になりたいんです」
	「それは、あくまでもお前の願望でしかないよね、泉」
	「そう、ですけど、もしもあの時に母上が父上を選んで下さっていたら……」

	それが有り得ない仮定であることを、兵太夫はきり丸伝手に、はっきりと聞いていた。

	「……お前を産むと決めた時点で一線を引かれたことを、立花先輩はきちんと解っていらっしゃる筈
	 だって、伊作先輩―いささん―は言っていた。『嫁に来い』ってのも、諦めきれなくて悔しいのも
	 あるけど、決して揺らがないと解っているからこそ、冗談で口に出来るんだともね」

	おそらく泉も、理性の部分では解っているが、感情の部分で納得したくないのだろう。そう、兵太夫は
	読み取った。


	「最後に、いささんときり丸から伝言。『もういっそ、文多達のことを嫌ってても良いから諦めて』
	 と、『いい加減引いた方が、大人で格好いいと思うぞ』だってさ」

	茶化すような口調で伝えると、泉は泣き笑いの表情を浮かべた。

	「…下手な説得よりも効くように思えるのは、何故でしょうね。ということは、『姉上』や『母上』
	 呼びは、してもいいということですよね?」

	すぐさま立ち直ったように呟いた泉の言葉が、半分以上強がりなことは判ったが、兵太夫は気付かない
	ふりをして、「いいんじゃないの?」と無責任に答えてみた。


	「それじゃ、目下の敵は不破風早だけだな。奴なんぞに、姉上を渡してなるものか」

	最後にボソリと付け加えられた言葉で、兵太夫は最後の謎が解けた。

	「ああ、それであの時、あんなに敵視してたんだ。多分、そんなに警戒しなくても、相手にしそうも
	 無いと思うけど?」
	「近付こうとすること自体が不快なので」

	サラリとかえして不敵に哂った泉は、完全に立ち直っているようで、かつ父親そっくりだった。





大変長らくおまたせしたくせに、こんなよくわかんない代物でスイマセン。 間が開き過ぎて、自分でも何を書こうとしていたか忘れかけておりまして…… 後半だいぶ『落花』本編のネタを割っておりますが、「あとはもう、収拾つけるだけだし」と開き直りました。 とにかく色々ごめんなさい。 判り難い書き方になってしましましたが、兵太夫27歳・伊織16歳・泉6年・文多3年・風早2年・鶏介1年の話です。 ついでに、学園に残ったor戻ってきた元生徒は、笹山先生の他に 事務員:今福さん 校医助手:川西先生 実技担当:富松先生 教科担当:久々知先生 が居ることにする筈です。(あと、「非常勤講師の田村さん」も) 2009.5.30