元を辿れば忍びの家系に生まれ、髪結いとして十五の齢まで育ち、勘違いからとは言え、忍術学園に編入
	してから二年。斉藤タカ丸は、周囲の予想以上に適性があったのか、はたまた人知れず血のにじむような
	努力をした結果か、無事同期の級友達と共に進級を重ね最上級生となり、卒業も就職も決まった。

	忍術学園の卒業生は、極一部の家業を継ぐ者以外は、本人に余程明確な意思なり目的があって別の道を選ばぬ
	限り―城仕えか無所属かの差はあれど―、皆忍びとなる。何故ならば忍びの適性を持たぬ者は、卒業はおろか
	進級すら適わず学園を去るからである。故に卒業の決まった生徒は引く手数多で、城仕えならばある程度の
	厚遇が約束され、無所属であっても、大抵は初めからある程度の依頼が伝手で回ってくる。	
	その為、タカ丸がカラカサタケ城に就職が決まった際、誰もが忍びとして雇われたのだと思った。けれど彼は
	城主の妹である露姫専属の髪結いとなることを打診され、それを受けた上に、忍術学園の出であることも一切
	伏せて仕えることになったという。
	その話を聞いた時。同期の者も後輩も、皆己の耳とタカ丸の気を疑ったが、彼は何を言われても揺るぐことなく、

	「ちゃんと、考えがあって俺は露様に仕えるんだ」

	と笑っていた。

	そんなタカ丸と、彼を召し抱えた唐笠露姫の真意を周囲がおぼろげながら悟ったのは、数年後。
	
	「キレ者として名高いカラカサタケ城主には、情報収集に長けた腹心の相談役が居て、それは嫁がず城で
	 兄君を支える事を選んだ、妹の露姫らしい」

	との噂を耳にしだした頃だった。
	表向きは髪結いとして雇われたタカ丸の実務は、露姫直属の間者であり、それはこの上なく正確なタカ丸の
	起用方だと、彼を直接知る者は皆、露の策に感心した。


	露はかつて、
	「己のみが知り、己にのみ従う、信頼の置ける手駒が欲しい」
	と考え、伝手を辿って見付けだしたタカ丸に

	「髪結いならば、様々な場に出入りし、知人を増やし、雑談めかして情報を得ようとも怪しまれることは少ない
	 だろうから、その立場を利用し、自分だけの為に忍びの技を使え」

	と要求した。それが、忍びと髪結いの間で人知れず揺れていたタカ丸の心に響き、彼は露に忠誠を誓った。

	露は兄の為に動き、タカ丸は露に従っている。けれども露の兄であるカラカサタケ城主の命をタカ丸が受ける
	事は決して無く、そもそもタカ丸が露の間者であることを知る者は、露の侍女であり後にタカ丸の妻となった
	女―牡丹―しか居ない。

	生来の、人好きのするにこやかな性質も相まって、誰にも正体を勘付かれることなく露の命をこなし続ける
	タカ丸は、他の誰よりも忍びの素質があったと言えるのかもしれないが、その証はどこにも無い。そのこと
	こそが、彼が正しく忍びたる所以なのかもしれない。



進路シリ−ズタカ丸編。 タカ丸は、うまいこと成長していけばかなり優秀になるのでは? との発想からこんな設定にしてみました。 ちなみに、カラカサタケ(傘茸)→からかさオバケ 露&牡丹→牡丹灯籠 雪女(ゆきめ/娘)→ゆきおんな で、全て怪談かお化け絡みな由来だったりします 2010.2.3