ある日、善法寺伊作に届けられた、無記名の文には
『お前の秘密を知っている』
とだけ書かれており、端の方に小さく日時と場所が添えられていた。
送り主の検討はすぐについた。そして、すっぽかしてもばらされはしない
だろうが、その代わり本人が学園に現れて面倒なことになりそうだと考えた
伊作は、友人達には行き先だけ告げ、呼び出しに応じることにした。
*
呼び出した相手―雑渡昆奈門―は、開口一番
「進路決まってないんだって?」
と訊いてきた。
「ええ。まぁ…」
「じゃあさ、私のところに来ない?」
「タソガレドキにですか?」
妙に楽しそうな口調の雑渡に、伊作が怪訝そうな顔を
見せると、彼は軽く首を振ってそれを否定した。
「ううん。それでもいいけど、そうではなくて、私の嫁に」
「……本気で言ってます?」
「勿論本気だよ。確かに年は離れているし、仕えている城も
悪名高い。けど、財力も権力もそれなりにあるから、そこそこ
いい暮らしをさせてあげられるし、君の素性も詮索させない。
そう考えたら、条件はそんなに悪くは無いと思うけど?」
より一層怪訝な顔になった伊作を気にせずに、雑渡が挙げた
条件は、確かに理に適っていると言えなくもなかった。
それでも、自分の身を引き換えにしてに口止め交渉をしている
感も否めず、肯くことは友人達への裏切りのような気すらした。
そして何より、伊作自身の感情が「嫌だ」と訴えていた。
しかしそう答えても、引き下がる相手で無いことは、今までの
数少ないやりとりからでも、重々わかりきっている。
そう考えた伊作は、少々変則的な答え方を選ぶことにした。
「確かに、そうそう無い好条件ですね。……では、他の男の子を宿し、
生涯その子の父のみを想うて生きる。そんな妻でもよろしければ」
「早々に浮気宣言?」
ためすように微笑んで訊けば、雑渡からは苦笑が返ってきた。
「いえ。ただの純然たる事実です」
友人達にも、父親に当たる相手にもまだ話してはいないが、己の
胎内にもう一つの命が宿っていることを、伊作は確信していた。
「…子供いるの?」
「はい」
目を丸くした雑渡に、伊作は腹に手をあて薄く笑いかけた。
「相手何者? 私よりいい男?」
「貴方と比べたら、まだまだ青い若造ですよ。…しかし、
初めて『産んでもいい』と思えた相手ではあります」
名目上は「恋人」だが、恋したことも、愛したことも無い。
それでも、関係を持ったのは一応は自らの意思であり、時期こそ
あまり良くは無いが、孕んだこと自体に嫌悪感は抱かなかった。
「初めて産む気になったってことは、前にも身籠ったことはあるんだ」
雑渡的には、さほど他意はなかったのだろうが、
指摘された瞬間、伊作の表情が凍りついた。
「望んだことは、一度たりともありませんが」
「バレて、『口止め』と称して関係強要された。とかそういう類?」
「…貴方も、その同類と認識していることにはお気付きで?」
忌々しげに、吐き捨てるように答えた伊作に、雑渡が
さらに質問を重ねると、皮肉を込めて問い返された。
「う〜ん。まぁ、薄々と?」
「それでも、私を妻にと望みますか?」
あからさまな嫌悪の表情を向けられても、尚も飄々とした
様子の雑渡に、トゲだらけの声で伊作が問うと、雑渡は
少し考えるようなそぶりを見せてから、
「手に入れても、絶対にこちらを見てくれないなら、虚しいだけだよねぇ」
と呟いた。
「そうですね」
「それじゃあさ。君がその相手に愛想を尽かすのを、虎視眈々と待っててもいい?」
投げやりに相槌を打ち、「これでこの話は終わりだ」とばかりに
立ち去ろうとした伊作の背中に、雑渡は軽い調子で問い掛けた。
「…ご自由に」
(愛想を尽かす以前に、友愛以上の好意を抱いているかも怪しいんですけど)
とは言わずに、振り向きもせずに答えた伊作は、次の雑渡の一言に、
思わず立ち止まって振り返り、叫ぶように返してしまった。
「もしくは、そのお腹の子が女の子だったら、お嫁に頂戴?」
「そのお約束は出来ません! 一体、いくつ違いになるんですか!?
それに、そういったことは本人の意思ですから」
「この時代は違うでしょう」
「それでも、自分の身代わりに娘をやるなんて、約束出来ません!
というか、曲がりなりにも親として、絶対に嫌です! あげません!!」
一気にまくし立ててから、からかわれたことに気付いたが、
それが本当に冗談だったのかどうかは定かでなかった。
ストーカーさんの年齢は、30代後半を推奨します。
時期的には、鬼灯より後で、本編の一話と七話の間くらい。
八話にもちょっと書いた「最終手段」の詳細です。
場所は、町中のお茶屋か何かということで
2008.10.4
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