周囲には隠しているが、伊作が好きなこと。
1つ。食満の膝枕で、子守歌付きで眠ること。
1つ。長次に凭れて微睡むこと。
1つ。小平太に振り回されるように、鍛練や遊びに付き合わされること。
1つ。私に髪を梳かれながら、若しくは私の髪に触れながら眠りにつくこと。
過去の記憶から、伊作は独りで眠ることが難しい。
けれど他人の気配があっても、うまく眠れない。
だからこそ、心穏やかに熟睡出来ることは貴重であり、傍に居るのが安全な相手であると確かめる
為に、触れることを求める。
食満や長次は枕や布団扱いで、伊作の方から触れにいくことが重要なのだそうだが、声や温もり、
鼓動などを感じ取ることで
「守ってくれている」
と安心出来るのだという。
小平太は、アレに振り回されて疲れきっていると、夢も見ず眠れるため、
「悪夢すら吹き飛ばしてくれる」
とのことで、精神的にキツい時などは逆に有り難いのだそうだ。
そして私はというと、たとえ同衾したとしても、一応は平気らしい。
通常は、伸ばした腕が届く程度の距離で隣あった布団から、手を伸ばして髪に触れたり、手を繋いだ
状態で眠ることが多かった。以前は、食満が某かの用事で不在な時など、私の部屋に来ては、よく
そうやって眠っていた。曰く私が傍にいれば、
「助けてもらえる気がする」
のだそうだ。
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アノ日から、過呼吸と重度の不眠症が伊作の持病(PTSD)となっており、不眠症は無理矢理薬で
眠らせるか、疲労が限界に達して倒れるかするまで眠れない位酷いもの。
しかもどうにか眠れても、悪夢を見て覚醒してしまうこともしばしばで、「安眠」や「熟睡」という
言葉は、縁遠くなって久しい。それでも私達の傍でなら、ほんの僅かといえど、安らかに眠ることが
出来なくもない。
小平太以外はそれを解っているからこそ、多少周囲に奇異な目で見られることはあっても、伊作の
好きなようにさせてきた。
そして、今挙げた中に文次郎が含まれないのは、アレの持ついくつかの要素―汗臭さも、男臭さも、
見た目も声も何もかも―が、かつて伊作を辱めた屑どもを連想させ、悪夢に直結するからである。
正確には、「雄」を感じ取って無意識の内に拒否反応が起こるのは、長次や食満に対しても同じ
だった時期もあるのだが、「自分から触れに行くこと」や「名を呼ばれること」で識別出来れば、
むしろ心強く思えるようになるまでには至ったのだという。そしてまた、二人の側もなるべくなら
伊作に警戒心を与えないように、工夫―精々が「汗臭いままではいない」程度だが―をしている。
そして私は―自覚はあるが少々情けないことに―、外見的意味では全く「男らしさ」というものが
感じられないので、傍にいても抵抗がないのだそうだ。
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伊作が自力で己の身を守れるようになり、少し落ち着きだしてから間もなく、何の因果か「文次郎と
付き合うことになった」と聞かされた時は、何やら憤りを感じたし、「文次郎死ね」とまで思ったが、
伊作が選んだのなら仕方がない。と諦め、その代わり何かあった場合は速攻でシメるつもりでいた。
その後も、本人達や事あるごと―といってもそうそう何もはなかったようだが―に伊作から逐一報告を
受けては凹んでいる食満経由で聞いた限りでは、文次郎はほとんど伊作に手出しできず、進展はあって
無きに等しい程度のように思えていた。
しかしとある酒宴の際に、酔い潰れて寝た伊作を部屋まで送り届けに行った文次郎の戻りが、やけに
遅いので様子を見に行った食満が、
「潮江殺す。ってぇか、伊作も何考えてんだ」
などと呟きながら鬼の形相で戻ってきたので、何があったのか問うと、どうも酔いが回っている上に
寝ぼけた伊作が、文次郎を引き込んで同衾していたらしい。…確かにそれは万死に値する上に、伊作の
気がしれんな。
しかもその後。忌まわしい記憶や悪夢と違い、何も嫌なことはしないし、ちゃんと名を呼んでくれる。
などの理由から、たびたび伊作は同じことを文次郎にねだるようになった。曰く、
「悪夢にさえ繋がらなければ、意外と悪くなくて、何かよく眠れるんだよね」
だそうだ。
伊作がそのように感じ、それを望むのなら仕方がないが、やはり釈然とせず許しがたいので、
八つ当たりや新しい火器の実験台に文次郎を選ぶ頻度が格段に上がったのは当然のことだろう。
まぁ、尤も。腕の中に居て、その温もりや吐息さえ感じられる状況で、一切手出し出来ん生殺しの
状態は、「様を見ろ」といった所だがな。
『合歓』『月下香』に続く「眠りシリーズ」でした。
睡眠障害に関しては、この先も改善はされても、完治まではいきません。
そして潮江さんの生殺し状態は、意外と長く続きます。
詳しくは本編にて
柊:花言葉「用心、歓迎」 魔や邪気を払うとされ、節分やクリスマスのリースで飾られたりもする、あのトゲトゲの葉のやつです
2009.2.28
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