「いっそ夢だと思っちゃえばいいよ?受け入れ難くなったら」




	とか組頭が言ってきた時はなんのことやらと思ったが、今ならその言葉を受け入れよう。
	これは夢だ、夢なんだ。夢だから、俺と組頭と不死身の妖怪が揃って追われてるわけだ、
	どこだかもわからない白い壁の廊下を。
	夢だから、追手が大勢ついていて…って!

	「夢なら早く醒めろー!!」
	「部下が泣いてるぞ。ちゃんと説明して連れてきたのか?」
	「そこそこはしたけど、時間がなかったから省略したとこあったしねぇ」

	そこそこだって?まったくないに近しいあれをそこそこというのか!
	阿魔野が煙球を後方に投げつけ、組頭が、そっちだ、と右手に曲った。

	「確かこっちの方だったよね、ゴールは」
	「ゴール!?ゴールってなんですか一体!」

	追われてる割には余裕で(といってもこの二人の実力を考えれば
	これくらいは当たり前で)、出口らしき扉を押す前に、

	「尊奈門、武器の準備はいい?手加減するなとは言わないけど、
	 誰も殺しちゃだめだから」

	妙なことを忠告された。問い返す間もなく組頭たちは扉に飛び込み、
	それを追う俺の目の端に、赤い髪と光輝く剣が、映った。










	「緊急時の予行演習だったぁ!?」
	「やっぱり言っておらんかったな、お前…。まさかここがどこだかも言っておらんとか?」
	「だって説明しようにもどこからどこまで言えば納得するか、わからないから。必要最低限でいいかなと」
	「その必要最低限に今日のこれは入っていると思うが…」

	珍しく阿魔野が俺をねぎらうように、大変だな、と声をかけてきた。
	ああ大変でした、なにせ知らないとこに連れてこられて、何故か
	「侵入者発見!」と追手が大勢現れ、戦ったり逃げたり、最終的に、
	たどり着いた部屋で「はい、君たちの勝ち。ゴール」と言われたのだ。
	大変以外になんといえと?
	話をきけば、今日組頭たちは侵入者(仮)を担当していたとか…
	言えよ最初に!そのせいでいらん気苦労をした。
	組頭も妖怪も見た目には怪我無、俺は左手に切り傷を負ったが、
	手持ちの薬で十分な程度だった。

	「お三方ともお疲れさまでした。怪我の具合は?」
	「いや、こっちはこれといって怪我はしてないけど、そっちは…」
	「医務室で手当て中だよ。
	 想定内、とはいってもここまで警備隊の面々がやられると」
	「訓練の見直しが必要だな」

	お茶を出してくれた、碧黒の髪を後ろでちょいと結んだ青年がジャック、
	訓練の見直しが、といった眼鏡の男がセブン、そして向こうの机で
	報告書に目を通しながら苦笑いしているのが以前会った、ゾフィーだ。

	「侵入経路は好きなように、といったけど、まさか毎回
	 あんなところから来てたりする?」
	「まさか、今回はたまたまだよ」

	胡散臭い、と俺も思った。というか毎回ってなんのことだろう、
	忍術学園に出入りする以外にこっちにも執着対象がいるんじゃないだろうな
	このおっさん。

	「言いたいことが顔に出てるよ、大丈夫、そういう理由でこっちに
	 来てるわけじゃないから。こっちにはね、からかうと面白い人が
	 何人かいてさ」
	「例えば、ニ足の草鞋の…」

	何人もの足音と勢い良く開けられた扉の音で聞こえなくなった。

	「おい!演習とはいえこんなに監視カメラや警報機やらを壊して
	 どうするつもりだ!修理費がいくらかかると思ってる!」
	「え、ヒカリのとこで直してもらえないの?」
	「うちは電気屋じゃない!」
	「ジャック兄、俺にもお茶ちょーだい。のどかわいたー」
	「はいはい、タロウとAキラーも何か飲む?」
	「僕ミルクティーがいいです」
	「俺はストレートで」

	青い長髪をひとくくりに結った白衣の男はゾフィーに文句を言い続け、
	後から入ってきた軽そうな感じの金髪の青年と、いかにも育ちが
	よさそうな雰囲気の青年、そして全体的に金の装飾―鎧のような―を
	つけた、その三人は俺達に気づいた。 

	「あ、さっきの!」
	「お疲れさまでした。すごいですね、あの人数を相手にほぼ無傷なんて」
	「それをいうならあなた達だって、ずいぶん身のこなしが軽かったですよ」

	そう、実際俺は何者を相手に戦っているのかわからなかった。
	剣を持った奴もいたから侍かと思えば、宙返りも気配も消すこともこなし、
	さりとて忍者かといえば違う。

	「俺はエース。こいつは弟のタロウ、でこっちのはAキラー。よろしくな!」

	弟だけ一般的な名だと思った。

	「ただの変人だとばっかり思ってたから今日は驚いたぜ。強いんだな」
	「あの、こちらでもこの二人は何かを…」
	「えーっとね、仕事中のゾフィー兄さんとこでコーヒー飲んでくつろいでたり、
	 同じくヒカリさんをからかいにいったり」

	大分わかった。きっ、と上司と妖怪を睨んでみたら二人とも目をそらしやがるし。

	「他には?」
	「ゼロ君をからかったり。レイにお菓子あげたり頭撫でたりしては
	 ゼロ君にアイスラッガー投げつけられてます」
	「だってからかうと面白いんだもの、ゼロ君は」
	「組頭は黙ってください」

	他人様のところでまたこんなことをしているのかこのおっさんたちは、
	と怒りなのか情けなさなのかが沸くが、どうしようもない。
	やめさせられるくらいならこんな苦労はしてない。

	「年下をからかうのは自重してください、大人げないです」

	と言って、嫌な想像をしてしまった。

	「まさか、レイという子が保健のあの子と似てるんじゃないでしょうね?
	 だからゼロって子と、対会計委員長みたいな攻防戦をしているんじゃ」
	「それは違うよ。どちらかっていうと」
	「ゼロはお前に似てるところがあるからな。素直にならないところとか、
	 意地っ張りなところとか」

	阿魔野の言葉に釈然としない気分になったが、ストーカー対象が増えたので
	なければ、ひとまずよい。ただ、そのゼロという人物にとても興味は湧いた。

	「戻りました、メビウスも一緒です」
	「お帰り、マン、メビウス」

	これといって特徴が見当たらない、といったら失礼にあたるだろうが
	優しげな笑顔に好印象をもった。
	マンという青年は俺達に会釈してゾフィーのもとへ行き、その後ろに居た
	メビウスという人物の赤い髪に見覚えがあった。

	「もしかして、俺が投げ飛ばしたさっきの?」
	「あ、お疲れ様ですー。接近戦なら勝てるかなっと思ったけど、駄目でした」
	「え、メビウス負けたの?この人に?」
	「はい、強いんですよー」

	無邪気な笑顔で言われるとこぞばゆい。

	「いや、あの時はあんまり真正面から来たから。初撃を受け流して背負い投げの要領で…」

	タロウが、めっ、とメビウスを叱った。どうも師匠と弟子の関係らしいが、

	「もう、メビウスは正直すぎるよ。でもそこがいいとこだよね」
	「ありがとうごさいますー、教官」
	「教官じゃなくて兄さんって呼んでよ」

	…二人の周りだけ花が咲いたように見えるのは俺の気のせいか?
	なんだろうこの、ほわほわーっとした会話。そこへ、

	「メビウス、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだが、来れるか?」

	ヒカリとやらが声をかけた途端、メビウスの瞳がさらに輝いた。
	尻尾があるならぱたぱたどころかその以上、飛びつかんばかりに。
	だが、タロウがさっと割り込んで、

	「ヒカリさん、メビウスは警備隊の一員でそちらの所員では
	 ないんですから、いつもいつも借りていかないでください。
	 メビウスは、僕の可愛い弟子なんですよ?」
	「……ゾフィー、監視カメラの修理ならこっちでやってやるぞ」
	「メビウス、ヒカリの手伝いよろしくー」
	「はい、喜んで!」
	「ゾフィー兄さん!?行かないでメビウス―!」

	泣くほどか?そんだけ可愛がってるのかわかったけど、泣くほどか!?

	「そういやさ、ゾフィー兄からあんたのこと聞いたけど、こいつらの部下なんだって?」

	弟の涙の別れには一切頓着しないエースが俺に尋ねてきた。

	「正確には、こっちの部下です。この妖怪の部下ではありません」

	ここはきちんと説明しておかないとあとあと面倒になるから丁寧に。

	「ふーん、変わった奴の面倒みることになると苦労するよな」
	「お前が言える立場か?俺がなんでここにいるか忘れたか馬鹿」
	「また馬鹿って言った!馬鹿っていう奴が馬鹿なんだぞ!」
	「なら、その馬鹿に面倒みられてるお前はもっと馬鹿ってことだな」
	「また言ったし!」

	どうもエースとAキラーというのは複雑な間柄らしいが、
	こうやって喧嘩をするところをみると一向にその重さを感じられない。
	お茶のお代わりは、とジャックが笑いながら側に来た。なんとなく、
	この人とは気が合いそうだ。それを伝えてみたら、

	「なら、マン兄さんとも気が合うでしょうね。私も兄さんも似てますから」

	容姿だけでなく性格も似てるのか、と少し驚いた。

	「タロウやエースもあなたの弟なんですか?全然似てないし、
	 ゾフィーたちのことも兄と呼んでるから不思議に思ってたんですけど」
	「本当の兄弟ではないですが、本当の兄弟のように思っています。
	 地球の言葉で義兄弟、というでしたか?その概念を取り入れたのが
	 この間のことなので、よく説明できませんが」

	地球の言葉?兄弟の概念の説明?ひっかかったが追及する前に、
	また誰かが部屋に入ってきた。
	濃紫の服の少年と、銀髪の目つきの悪い少年の二人だった。

	「レイ、ちゃんとお昼寝してたかい?騒がしくなかった?」
	「ゴモラは気になってたみたいだけど眠れた。ゼロも寝てた」
	「なんで俺までレイと一緒に昼寝しなきゃいけねぇんだよ。
	 演習に参加したっていいだろ」

	目つきだけでなく口も悪いあれが、ゼロか。
	あれと似ていると言われた俺の立場って。

	「ダイナ達に聞いたら、たった三人に警備隊が負けたっていうじゃねぇか。
	 しかも内二人は、あの不審者って!」
	「不審者はひどいよゼロ君ー。こんなに顔なじみになってるのにぃ」
	「そうだぞ、お前の成長ぶりが楽しみでわざわざ来てるというのにぃ」
	「お前らは田舎の親戚か!!あとその口調うざぇ!」

	なるほど、こーやってからかってるわけか。ほんとに大人げない。

	「あんたは誰だ?見かけない顔だけど」
	「私の部下の諸泉尊奈門。優秀だよ」

	素直に喜んでいいものやら…。一応謙遜はしておく。

	「へぇ、あんた強いのか。だったら俺と勝負しないか?」
	「ゼロ、止めといた方がいいよ。その人たちは私たちと、大分戦い方が違う」

	やんわりとセブンが止めてくれた。頷いたマンが補足する。

	「こちらの戦い方を武術というなら、そうだね、その三人の戦い方は
	 暗殺術、がふさわしいかな。事前に聞いていたらもう少しこちらも
	 対処できたかもしれないけど…私達が苦手とする戦い方には違いはないね」
	「勝負じゃなくて稽古ならちょうどいいかもな。レオたちとはまた違って、
	 勉強になるぞ」

	確かにそれは言える。
	今日のような場合、あきらかにこちらが有利だったのは否めない。
	それでも向こうの一人ひとりの戦闘力は高く、両者が本気を出したら
	どうなるか、わからない。

	「でも今日は疲れたからまた今度にしてよ?レイちゃん、お菓子食べる?」
	「食べる」 

	組頭が断ってくれたのはありがたかったが、阿魔野と一緒にレイに
	お菓子をあげてゼロにキレられているのには、げんなりした。
	俺さっき自重しろって注意したばっかりなのに、なんなんだ
	このおっさんたちは。
	明らかに楽しんでるだろ、ゼロをからかうのとレイをかまうことを。 

	「あれ?銀隊長。どうされました?」

	ゾフィーが慌てて立ち上がった。他のやつらも扉へと顔を向ける。
	空気が変わった気がした。
	祭礼で鳴らされるような澄んだ鈴の音を思わせる声。

	「お客様がいらしてると聞いて、挨拶にと。今日の訓練に
	 協力して頂いたとユリアンが教えてくれたの」
	「挨拶…ですか、いや挨拶するほどの相手ってわけでも…
	 あんまりお会いにならない方が…」

	ゾフィーが言葉を濁しながら思案している。
	マンも慎重に、そうですねぇ、とちらっと組頭と阿魔野を見た。

	「ユリアンも挨拶したそうですし、私がこないのも失礼でしょ?」
	「は、はぁ…」

	俺は小声で組頭に尋ねた。

	「ユリアンて廊下で会ったあの女の子ですよね?」
	「うん、王女様。80の恋人だよ」

	教師つながりで一年は組の担任を思い出し、80に軍配をあげておいた。
	80自身の顔はともかく、相思相愛の恋人、しかもお姫様がいる時点で
	勝ち組だっての。

	「あら、あの方たち?お客様って」

	高貴でたおやかな、とまるで公家の奥方もかくやの物腰と気品に
	最初は言葉がでなかった。緋色の、南蛮で着る長いマントを羽織る
	その女性は、俺の手の傷に目を止めて、ちょっと、と手をとった。
	その手から淡い光があふれて傷を包んで、いつのまにか
	傷が消えていたのには驚くしかなくて、お礼もちゃんと言えたか
	覚えていない。後になって組頭から、

	「ずっとぼーっとしてたよねぇ。見とれてた?綺麗だったものねぇ」

	など言われ続けたのはまいったが、本心をついてるもので言い返せなかった。

	「今の女性は銀隊長。敬意をこめて『母上』って呼ぶ人もいるね、
	 特にマンとか」

	うっさい、とゾフィーに言い返すところをみると照れてるらしい。
	でもその気持ちはわからなくもない。

	「僕とエース兄さんのお母さんなんだよ」

	誇らしげにタロウが笑みを浮かべた。
	正確にはエースは養子で、戦で孤児になったのを育ててきたというが、
	タロウとエースの気性をみれば二人が愛されて育ったことは明白だ。

	とか考えているうちに、エースとゼロが最後のお菓子をどちらがとるか
	駆け引きをしだしたり、セブンの「特訓だ!」という言葉に
	レオとアストラが必死でそれを阻止しようと言葉を尽くしたり、
	タロウがメビウスの自慢をしたかと思ったらペットの話まで出してきたり、
	にぎやかなことこの上ない状況の中、組頭がぽつりと言った。


	「来る前に言っておいたよね、ここでのことは夢だと思えばいいよって。
	 種明かしするなら、ここは私達がいた世とは違うし、ここに居る人たちも
	 人間じゃない。受け入れるのが無理そうなら今日のことは、忘れてもいいよ」
	「お前が今日ここに来た証拠の怪我も、治されてしまったしな。
	 すべて夢だった、と思っても文句はでんぞ?」
	「……今さら何を言うかと思ったら、それですか。あのですね、
	 俺はあなたの部下してる時点でたいていのことは受け入れようと
	 決めてるんです。ここがあの世だろうと周りが妖怪変化だろうと、
	 ありだろうという度胸でついてきたんですから、そんなふうに
	 気を使われなくても結構です」
	「あ、そう?ならいいんだけど」

	このおっさんたちは、変な時に変な気を回すんだから、ったく。

	「だいたい、……こんな面白い人達を忘れることなんて
	 できっこないでしょーがっ」
	「それもそうだね」

	「道理だな、まったく」

	目の前のドタバタ劇と自分の台詞に、思わず笑ってしまった。



	忍術学園の連中たちにも引けを取らなくほどに、変わった連中。

	誰が夢にして忘れることができるだろうか?





(おしまい 







転生派生の可哀想な尊ちゃんシリーズの番外編を、柳佳姉さんからいただきましたv この話は転生じゃ無いですけど、やっぱり可哀想だよ尊ちゃん(笑) そして、誰がこの妖怪共に演習を頼むことにして、誰が許可出したんだ…… おまけに、 「これで大分顔見知りになったから、転生ものの尊ちゃんの家に昭和組が来るくらいなら無問題!」 て、それはつまり書けということですかお姉ちゃん? いや、まぁ、キャラがつかめそうなら書くかもしれませんけどね(笑) 2010.3.10