2月某日。夏からうちに居候している小僧に、
「チョコを作りたいから手伝ってくれ」
と言われた。
妖怪共の居ない時だっただけマシだが、何を言い出すんだこのツンデレヤンキーの中坊は。
しかし、照れとデレは感じられるものの、何か世間一般とはベクトルが違う感じにも見えたので、試しに「誰に
やる為に作りたいんだ」と訊いたら、まず父親の名前を挙げ、続いて仲間やら師匠や伯父に当たる奴らも含む
先輩連中を指折り数え、時々
「ナイスはいらねぇな」
「ヒカリやアグルは食わねぇってメビウスとか言ってたよな」
「ジジイ共はどうすっかな」
だのと呟いたので、光の国ではバレンタインデーはどういうイベントとして伝わっているのか訊いてみた。
「家族とか、世話になった人とか、な、仲の良い奴。なんかにチョコ渡す日だろ」
……。ある意味間違ってはいないというか、日本以外の国ではそんな感じらしいし、チョコも製菓会社の
陰謀説があったり、家族や友達に。ってのもまぁ珍しくはないが、現代日本の一般的な解釈では、一番
主流なのは「恋人や片想い相手に渡す日」だ。あと、「友達」にすら照れてどもるなよ。
とは、教えても何一つ得なことは無いんで黙っておくが、後で聞いたら、日本版の意味も伝わってはいるが、
ゼロにはまだ早い─というよりは、家族チョコが欲しかっただけだと思う─からと、セブンが子供向きな
説明をし、他の連中も余計な入れ知恵はしなかったらしい。
とまぁ、そういう訳で、断るには説明しなきゃならないんで、仕方無しに手伝ってやることにした。
ただし、作る手伝いはしてやるが、それ以前の準備は指示を出すだけだ。
この時期の製菓材料売り場やラッピングコーナーになんか絶対に出向く気は無いし、本屋や図書館の、その手の
菓子の作り方の載ってる本のや雑誌のありそうな辺りにも近寄りたくない。
だから、作りたいものが決まったら、必要なものは書き出してやるから、自分で買いに行け。そう宣言した翌日。
学校でクラスの女子が
「昨日ねぇ、図書館の料理本のコーナーで、お菓子の本とにらめっこしながらすっごい悩んでる男の子見たんだぁ」
「えー、うそ。幾つ位の子? 見た目は?」
「それがねぇ、ちょっと目付き悪いけど悪くない感じの、中学生位の子で〜」
そんな会話をしているのが耳に入り、ヤバいと思った。あの小僧─ことゼロ(偽名は「ラン」)─ は、夏休み
前に妖怪親父にそそのかされてうちの高校まで来たことあり、その時やけに騒がれ、クラスの暇な連中による
クリスマス会にも「連れて来い」と押し切られたもんで、結構顔を知られている。
そして、今噂していた奴は知らなかったが、一部の―いわゆる「腐」がつく―連中に目撃なんかされた日には、
どんな噂とネタにされるか解ったもんじゃない。
そして、良く考えると今の時代にはインターネットという、色んな意味で便利なものがあって、自分の部屋で
検索するなら、誰の目にも触れない。ってことで、
「漠然と『選べ』っても難しいだろうから、手伝ってやる」
簡単そうで一気に大量に作れるレシピを検索してやり、週末に材料とラッピング用品や足りない道具なんかをを
書き出して買いに行かせた所で、今度は家で作っていたら妖怪共にバレることに気付いた。
けれど、すぐに「俺はあくまでもゼロ達に頼まれただけだ」と開き直ればいいことにして、家にある道具を
出したり準備をしていると、
「三男くん良いなー。自分の為にチョコ作ってくれる、可愛げのある息子居て」
「手作りか。久しく貰った覚えがないな」
「えー。アマノちゃん、毎年山のように部下の子からチョコもらうのに、手作り無いの?」
「あやつらの中に、菓子を作るような者が居ないからな。その代わり、世界各国の高級なものばかりなのでな、
気になるものがあれば分けてやろう」
そんな会話を、これ見よがしに妖怪共が交わしていた。
「うるさい。邪魔だ。茶化すような奴らには、ぜってぇやんねぇよ」
「じゃあ、茶化さなかったらくれるの? だったら私達、静かにしてるけど」
「そうだな」
「欲しい、のか?」
「たまにはねぇ」
「……。仕方ねぇな。けど、ホントに茶化すなよ。やった後でも茶化したら、しばらく家事もしねぇぞ」
思いの外真顔で返され、言葉を失った。根底に、組頭に心酔していた記憶がある所為で、頼られたりすると
つい嬉しく思ってしまう性分が憎い。
ちなみに、父子家庭の一人っ子なのに菓子作りが出来るのは、今の時代は男子だろうと家庭科の調理実習で
ある程度作ったことがあり、俺は料理は出来て手際が良いってんで、班の連中に色々任せられることが
多かったからだ。
そんな訳で、転生17年目にして初めて元上司な親父と、ついでにもう1人の妖怪にも手作りのチョコを
やったんだが、2/14当日。今は中学教師をしているクソ親父のクラスに編入させられたゼロから、
「オッサン、クラスで『息子に貰ったチョコ』を思い切り見せびらかしてやがったぞ」
との報告を受けた。
「……茶化すなって言ったよな」
「心外だなぁ。茶化したんじゃなくて、『ツン9:デレ1の息子の、何年かに一度のデレ』って、本気で自慢
したつもりなんだけど」
……。そんなこと言われても、嬉しくなんか、なくもないけど、ほだされてたまるか。
どうせ喜車の術使って俺をからかってるか、さもなきゃ何か余計なことやらかすのを見逃させる気なんだろ。
ある意味世間知らずな居候と、確信犯の父親+αに振り回される可愛そうな男子高校生のVD風景でした(笑)
2012.2.12
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