率直な感想としては、
	「ああ。ついに見つかったか」

	あれからもう4年も経ち、少しずつ事情を知る者も増えていっているから、まぁ仕方ない。直接
	その者達が口を割りはしなくとも、周囲から多少のことは聞き出せるものなぁ。

	そんな風に落ち着いて分析出来たことに、多少驚きはした。けれど、今の自分は、かつての自分ほど
	不安定ではないしな。などと納得出来なくもない。
	未だ幾つかの懸念事項や隠し事はあれど、ひとまずは平穏な日々を送れているし、この人に強請られる
	要素はもう無い筈だ。そう考えられたからこそ、妙に落ち着いていられるのかもしれない。


	私―こと、現在の名は「潮江潔」―の自宅兼診療所に現れたのは、かつて私が「善法寺伊作」という
	男子として、忍術学園に在籍していた頃、実習中に手当てを施したことがきっかけで、私に付き纏う
	ようになった、タソガレドキ城の忍び組頭の雑渡昆奈門さん。
	確かもう不惑を迎えた筈なのに、相変わらず飄々とした変な人で、4年ぶりの第一声は、
	「やぁ。久しぶりだね」
	だった。

	こちらは、真相も素性も居場所も、何もかもを徹底的に隠していたのだから、相当探しただろうに、
	まるで精々数ヵ月ぶりに会ったかのような口調に呆れるヒマもなく、
	「そこの子が、あの頃お腹に居た子? 女の子なんだ。それじゃ、『お嫁にちょうだい』って言った
	 のは覚えてる?」
	と、相変わらずの包帯越しでも判る、うさん臭い笑顔で訊かれた。

	「確かに、まだ学生だった時点で出来た子がこの子で、娘です。しかし『あげません』と、あの時
	 お答えしましたよね?」

	卒業間近に妊娠し、それを隠したまま自主退学を決めた頃。誰よりも先に、成り行きでそのことを
	話したのは雑渡さんで、その時に
	「君を諦める代わりに、娘だったらちょうだい」
	などと言われたのは事実だ。けれど、すぐさま―ほとんど反射的に―その場でその申し出を却下した
	のも、また事実である。

	「そういえばそうだね。じゃあ、根気強く通って、本人に選んで貰うのはアリかな?」
	「さて、どうでしょうね。それでしたら、貴方よりも私達の友人の方が、可能性が高そうですが」

	3歳の幼女に執心する40男だなんて、光源氏よりも性質が悪い。それ位なら、留三郎か仙蔵辺りに
	嫁がせた方がまだマシだ。…って、あげないけど。

	「うーん。だったらやっぱり、君ごと手に入れるのが良さげかなぁ。…今幸せ?」
	「まぁそれなりには。だいぶこの町に溶け込め、医師としての信用も得られていますし、特に問題なく
	 充実した生活が送れていますから。それに、一応夫にも子供達にも、愛着は湧いていますので」

	話しながら、雑渡さんと落ち着いて対峙出来ている、もう一つの理由に気付いた。今、私の胎内には
	子供が居る。また何かの理由で流れてしまうかもしれないが、無事に育ち生まれてくることを願って
	いる、夫―文次郎―の子が。だから、万一の場合も最悪の事態は訪れない。その事実が、僅かながら
	支えとなっているのだろう。

	「……時折お客様としていらっしゃるのなら、お茶位はお出ししますし、未だ癒えぬ疵や新たな疵を、
	 医師として看るのも構いません。但し、そこまでです。それ以上は、如何なる要求も行為も、断固と
	 してお断りします。あとは、貴方お一人でなく、どなたか連れの方を伴っていらして下さいませ」

	久しぶりに、艶然と笑って言い切ってみた。あらゆる意味で敵わないのは、端から解りきっているの
	だから、先制で予防線を張る位しか出来ない。けれどそうした所で、果たしてどれ程効果があるのやら。
	そんな半分投げやりな気持ちだったのだが、思いの外効いたようで、雑渡さんは何やら悩みだした。

	そして出した結論は

	「とりあえず、君もお嬢ちゃんも諦めないことにはしたから」

	というもので、その後も頻繁に顔を出すようになった。以前と同じように、諸泉さんと一緒に。という
	より、諸泉さんは相変わらず雑渡さんのお目付け役で、何かと身の回りの世話をやらされているらしい。


	それでまさか、数年後にあんな方に話が転ぶとは、誰も考えなかっただろう。




可能性の1つ。別にこれで確定なわけではありません。 (呟きにおいてある、思い付きネタの辻褄合わせの為に書いてみただけだったり) ちなみに時期的には、文多妊娠初期 旦那は短期の忍務中 くらいなつもりです 昼顔の花言葉:だんだんに入り込む 2009.8.1