ある日突然、旧知が我が元を訪ねて来た。
旧知なのだから、訊ねて来てもおかしくないと考える者も居るやもしれんが、
十年以上も前に縁の切れた相手である。
とはいえ、其奴と未だに繋がって居り、私とも繋がりのある者は二、三居る。
大方その伝手であろうと推測したが、相手は妙な切り口で私に話を持ち掛けてきた。
「お久しぶりです、立花先輩。突然ですが、一回り以上若い嫁御か、娘は要りませんか?」
旧知の名は鉢屋三郎。私―立花仙蔵―が忍術学園に所属していた頃の一学年後輩で、常に
友人である不破雷蔵の顔を使用していたいた変装の名手。性格は「変人」の一言に尽きる
奴は、相変わらず理解不能の変人で、未だに不破の顔を使用しているようだった。
「突然訪ねてきたと思えば、何を言い出す。お前は、忍びを辞めて人買いにでもなったのか」
「いえ。未だ現役の売れっ子忍者ですよ。この度の用件も、一応は忍仕事の関係ですし。ただ、
先輩―いえ、立花殿を訪ねて参りましたのは、個人的な事情があってのことではありますが」
「話してみろ。お前が人を頼るとは珍しい」
学生時代から、そう親しかったわけでもなく、その後の交流もない私の元へ話を持ち込むには、
余程の事情があるのだろうと考えた。そもそも奴は、滅多なことでは他人に心を許しはしない。
その程度のことは、奴や不破と近しい旧友達から聞かずとも知っている。
「簡潔に纏めますと、ある国の侍大将がヘマをやらかして失脚しましてね。その男の上役が、
『娘を妾として差し出せば取り成してやろう』と言い出したんです。しかし、そもそも全て
その上役が仕組んだことで、そのことを知った侍大将は、何があってもそいつにだけは娘を
渡したくはない。とのことでして」
「……。その話が、私にどう係わるというのだ」
言っては悪いやもしれんが、その程度は「よくある話」である。
「つまりは、その姫様の身元を、立花殿に引き受けてはいただけないかな。と」
「何故私が」
「姫君の名は『武庫川実葛』様。泉くんの従姉に当たり、アノ方に生き写しなんですよねぇ」
眉を顰めた私に、鉢屋は一瞬「ニヤリ」と笑ってから言葉を続けた。
「本人…実葛姫じゃない方ですよ。に、確認を取りましたので、事実です。面識は無い
そうですが、おそらく一番上の義姉君の娘だろう、と」
本人も把握はして居らぬし、確かめる気もないそうだが、あやつには腹違いの姉が3人程と、
少なくとも2人の弟が居る筈だと聞いたことはあった。そして、鉢屋とあやつに未だ多少の
交流があることも一応は知っている。けれどまさか、泉のことまで話しているとは思わず、
少々面食らったが表には出さず、平静を装い先を続けさせた。
「大まかな事情と、我が元に話を持ち込んだ理由は解った。それで、お前はどう絡んでいる。
先程、『個人的な事情』と言っていたが?」
「策を弄して姫を手に入れようとした狒々爺が、俺の義父なんです」
先程までとは打って変わって、鉢屋の口調が一気にぞんざいになった。
「…とはいえ、一切血縁関係はありませんけどね。あんな屑と。名目上父親ということに
なってはいますが、正直さっさとくたばって欲しいくらいで、同じように考えている俺の
乳母(めのと)とその娘が、あの糞親父を潰す為なら、如何なる手を使ってでも情報を手に
入れて流してくれるんですよ。今回の話にしても、その二人から持ち込まれて下調べをして
いる最中に、アノ人の姪に当たることが判明したんですから」
後で少し詳しく聞いた話によると、鉢屋自身もその義父に実父を謀殺され、身重の身で妾と
された後にその事実を知った母親は、己を産んですぐに自害したのだという。そして奴の
協力者である乳母というのは、実父の妹であり、兄夫婦の仇を討つべく妾に甘んじ娘を産み、
娘共々鉢屋に手を貸し内部から養父を陥れることに全力をかけているそうだ。
「所で、私が言うのもどうかと思うが、アレと生き写しなのなら、そこまで策を弄して
手に入れたいと考える程の容姿では、無いように思えるのだが」
「確かにまぁ、そこそこ美人と言えなくもないですけど、『絶世の』とまではいかない程度
ですからね。…一番の要因は、以前何かの機会に顔を合わせた際、冷やかで、まるで汚物でも
見るような、心底不快そうな目で見られたことを根に持っているのだろう。との見解でした」
目をつけられることとなった理由を聞いて初めて、その顔が似ているだけの姪とやらに、
興味が湧いた。単なる年若い娘特有の潔癖さかもしれぬが、その気高さに、ほんの僅か
ながら、あやつと通じるものを感じ取ったのだ。
「……身分も、名も、過去も何もかもを捨てる覚悟があるならば、我が息子の許嫁として
迎えてやっても構わん。先方にはそう告げよ」
「御意のままに。追って再びご報告に参ります」
樟葉ちゃん(実葛姫)が立花家に来ることになった理由編でした。
2009.4.6
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