「一生懸命会計帳簿を仕上げている潮江文次郎君に質問です」
「なんだ」
「徹夜、今日で何日目ですか?」
「・・・三日」
「嘘つき。四日目じゃないの?」
伊作の言葉に、スラスラと流れていた筆が一瞬変な方向へ曲がるが、すぐに何事もなかったかのように元通りの動きを
取り戻す。
それは、一瞬とはいえ文次郎が動揺したということを教えていた。
「僕に嘘吐こうなんて文次郎には無理だって。隈濃くなってるし、見ればわかるよ」
「別に嘘なんて吐いてねぇよ。間違えただけだろう」
「それはそれで問題じゃない?」
嘘を吐いたのではなく、本気で間違えたのだとしたら、日にちの感覚が分からなくなるほど疲労しているということに
なる。
けれど伊作はその事についてはそれ以上は追求せず、まぁいいけどね。と締めた。
けれど、文次郎からしてみればそれが不可解でならない。
いつもならもっと厳しく、口煩く言って来るのに、こんなにあっさりと引くというのは、何か裏があるのではないだろうか。
そして、はっと気が付く。
ここ『会計委員会室』に伊作が尋ねてきて直ぐに淹れてくれたお茶、まさか・・一服盛ったのか?
じっと湯のみに視線を注いでいることに気が付いたのだろう、伊作が小さく笑った。
「何も入れてないよ」
「すまん」
実際何かを混ぜて居る時は、何の戸惑いもなく『一服盛りました☆』と笑顔で言ってしまうのが伊作という人間である。故に、入れていないと言うのなら、本当に何も入れていないのだろう。だから疑ったことを謝った。
ここだけの話、伊作は文次郎のそういう潔いところが好きだったりする。
伊作は、満足そうににっこりと笑うとすっと立ち上がり、何も言わずに文次郎の後ろに回る。
そして、ちょこんと座り込んだかと思うと文次郎に両手で目隠しをして、そのまま後ろへ思い切り引き倒した。
思わぬ出来事に文次郎は何の抵抗もなく後ろへと引き倒された。
「・・・なにをしてる」
「なにって、膝枕だよ?」
「だから、何故膝枕をしているのか聞いている」
「それは勿論、文次郎がぐっすりと眠れるようにさ」
「・・・は?」
「寝心地悪い?」
どちらかと尋ねられれば、寝心地は良いと思う。思うけれど、それを素直に言うのは文次郎の性格上無理だった。
「いや、別に・・・」
「なら、このまま寝ちゃいなよ。僕がこんなことするなんて滅多にないんだからね」
「あー・・そうだな」
言われなくてもそんな事は誰よりも知っている。
今だ嘗てこんなことをしてくれたことは一度だって無かった。所謂お付き合いを始めてからも一度も勿論無かった。
「そんなに酷い顔してたか?」
「そうだね。確かに酷い顔だったけど、、割とよく見掛ける顔っていうか・・珍しくないよね」
「・・・・・そうだな」
「だから、これは単なる気まぐれ。今堪能しておかないと、もう二度と膝枕なんてしないかもしれないよ?」
未だに塞がれたままの視界。
じんわりと伊作の掌の温かさが伝わってくる。
この掌の向こうで、伊作はどんな顔をしているのだろう?何となく想像出来る気がするが、想像よりも実物の方が良い。そう思って伊作の手に己の手を添える。
視界を塞ぐ手は、思っていたような抵抗もなく、あっさりと退いた。
そうして見えた顔は、想像通り笑んでいた。
「半刻たったら起こせ」
「駄目、せめて一刻」
「・・・それでいい」
「うん。おやすみ」
その言葉を最後にゆっくりと意識が沈んでいくのを自覚した。
だから俺は知らない、そんな俺の様子を眺めていた伊作がどんな顔をしていたのかを。
「田村先輩・・・僕たちの存在って・・」
「見るな、言うな、知らないふりをしろ。私たちは背景。そう、背景なんだ!!」
「田村先輩!神崎先輩が砂吐いてます!」
「しっかりしろー!!神崎!!」
「先輩死なないでー!!」
実はいました後輩たち。
『藍-あお-』の秋都さんに、相互記念にいただきましたvvv
「何か文伊でラブいの(笑)」とかいうアホなリクエストに応えて下さり、こんな素敵なものを戴けて幸せですv
頑張れ会計委員。君らに残された道は、「慣れる」しかないから(笑)
2010.4.10
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