七松組の家政夫・平滝夜叉丸(30)は、訳あって14歳の時から七松組に身を寄せているが、妙な所が
真面目でお固い為、「お酒もたばこも20歳になってから」を貫いていた。
しかし、自分が居るのがどういう場所かも立場もわきまえていた為、若こと小平太をはじめとする組員や、
小平太の友人達などが未成年の頃から飲酒喫煙をしていようと、基本的には咎めるようなことはしない
程度の柔軟性も一応は持ち合わせおり、くわえ煙草でコップ酒片手に小平太達とマージャンに興じていた
高卒警官・潮江文次郎(当時19)に「流石にちょっと……」とツッコミを入れたことや、同い年の従兄の
綾部喜八郎がたまに飲みの席で相伴にあずかっていると小突いたり、小平太の養いっ子の四郎兵衛の前では
煙草を吸わないようにと注意する程度だった。
それ故か、滝夜叉丸が20歳の誕生日を迎えた時。周り中が「飲ませたらどんな感じになるのか」と面白がり、
寄ってたかって酒を持ち寄り彼に飲ませようとした。
「滝、酒解禁おめでとう!」
「ちょっと待て。そうじゃなくて、『誕生日おめでとう』だろうが小平太」
「だがしかし、目的としては間違っていないだろう」
「この年になってお誕生日会は……」と遠慮した滝夜叉丸に、有無を言わせず開かれた誕生日祝いという名の
飲みの席で、乾杯の音頭を取った小平太にすかさずツッコミを入れた食満留三郎にツッコミ返し、「しかし、
見事に良い酒ばかり揃っているな」と目を丸くしたのは、強くはないが目利きの立花仙蔵だった。
「そりゃ、そこのブランデーとか日本酒は、親父達や姉ちゃんのおススメだし」
「お袋が言うには、初めてでも飲みやすくて、口当たりも後味も喉越しも最高で、あと何か匂いもすごく
良いとかで、俺らにゃ絶対飲ましてくんないけど、『滝ちゃんには是非』って」
「あと、仙蔵の持ってきたのも、かなり良いワインじゃないの?」
「これは、実家にあった物を持ってきただけだ。ちょうど、平の生まれ年の物があったのでな」
小平太の父である組長を始めとした年配の幹部組は、若手の飲み会に自分達が混じっていては盛り上がらない
だろうからと参加はしていないが、とっておきの年代物のブランデーを差し入れてくれており、酒屋に嫁いだ
小平太の姉が息子の八左ヱ門に持たせたのは、彼女のイチオシの大吟醸だった。
「こんな良いお酒を前に、あたしなんかのおススメを出すのは気が引けるけど、それこそ飲みやすくて
度数も弱めだから、初めて飲むにはちょうど良いと思うわ」
「僕も滝の好みは、派手めで洒落た感じのだと思う」
「へぇ。気が利くね綾部。確かに割っちゃえば、強いお酒でも多少は飲めるかも」
そう言いながら、滝夜叉丸の旧知で四郎兵衛の担任の北石照代が取り出したのは、彼女の最近のお気に入りの
果実酒で、喜八郎が取り出したのはカクテルの本と道具一式だった。
「てことで、どれから行く? ビールとかもあるけど」
「ええと、では、お嬢の日本酒から、でしょうか」
その他、ビールや泡盛、焼酎など、各人が自分の飲みたい物や飲ませたい物を持ちこんでいた為、種類も量も
かなりあったが、ひとまず滝夜叉丸が初めに選んだのは、酒屋チョイスであることも含め一番飲み易そうな
大吟醸だった。
「……思いの外、飲み易いのですね。日本酒とは」
「それはそうだろうな、特にコレは――」
恐る恐る口を付けた滝夜叉丸の感想に、酒屋の倅である八左ヱ門に代わって講釈を述べたのは、一応米屋の
息子である鉢屋三郎だった。
「それじゃ次は何にする? 弱めで飲み易そうなのはこの辺りで、こっちの高くて強いのも、良いお酒だから
こそ割ってもオイシイと思うけど」
「私と同い年のくせに、何故そう詳しいのだ喜八郎。お前、いつから飲んでいた」
「内緒。言うと滝怒るだろうし」
「まぁまぁ、良いじゃないの。今日は細かいことは気にしないで、飲みましょ。おつまみも色々あるわよ」
「そうですね。折角ご用意いただいた訳ですし」
そんな滝夜叉丸・喜八郎・照代の会話が、周囲にはガールズトークに見えたのは、目の錯覚とは言い難かったが、
ここでキレられても場の空気が悪くなり白けるだけなので、誰も口には出さなかった。
そして、滝夜叉丸を囲みながらも各々好き勝手に飲み食いしたり飲み比べをしたりして、イイ感じに酔いが回り
始めた頃。高校生の次屋三之助が割と堂々と飲んでいたり、まだ中学生の皆本金吾がこっそり酒に手を出したり、
酔った三郎や小平太が6歳の四郎兵衛にジュースだと偽って酒を飲ませようとしても、滝夜叉丸に怒られないな。
と気付いた、比較的酔いの回っていなかった数人が、滝夜叉丸の様子を窺うと、少量ずつながら殆どの酒に口を
付けさせられていたからか、実はかなり早々に酔い潰れ、部屋の隅の方で喜八郎の膝枕で眠っていた。
しかし、だからと言って飲み会がお開きになる訳は無く、酒に強いもしくはあまり飲んでおらず面倒見の良い
中在家長次や留三郎辺りが、久々知兵助や不破雷蔵、金吾などに手伝わせて軽く片付けをしたが、結局翌朝
滝夜叉丸が目を覚ました時には、散らかりきった部屋と酔い潰れた面々が転がっていた。その為、二日酔いで
痛む頭を押さえながら掃除している所に起きて来た小平太に
「昨日は、気付いたら滝寝てたから、また改めて飲もうな」
と言われた時には、ニコリと微笑み「当分はご遠慮願います」と答え、その後基本的にはツマミの給仕や
後片付けに専念して飲み会に混じることは滅多になかったが、大学などの付き合いで飲まざるを得ない
状況になった際に、一緒に居ることの多かった喜八郎の証言によると、なまじ最初に良い酒を蘊蓄付きで
味わっている為、チェーン系の居酒屋の酒は口に合わないことが多い上、「良い酒とは」的な話を延々と
語りだすことも多々あり、あまり誘われなくなったのだという。
そんな訳で、現在の滝夜叉丸は、ごく稀に小平太の晩酌や、恋人と別れた照代のやけ酒に付き合わされることは
あるが、そんな時でも自分はあまり飲まない為、初めて飲んだ時に、その酔っていく過程を間近でつぶさに見て
おり、外の飲み会でうっかり間違えて強い酒を口にして酔い潰れた際に側にいる率の高い喜八郎の
「滝は、酔うと眠くなる性質ですけど、寝落ちする直前は甘えたになって可愛いんですよ。いちゃつく真似したり
膝枕しても怒んないし」
との証言の真偽を確かめてみたい。と、飲みに誘うが、やっぱり断られることが多いという。
4周年リク
「滝が酒に弱い事を知らずに小平太とかが飲ましてしまい、滝が酔っぱらい滝が酒に弱い事が判明する話」
とのことでしたが、故意にガンガン飲まして潰してますねコレ。
2012.11.14
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