最も言い難かった出来事のことを千幸が思い出したからか、他の4人には「何の説明にもなっていない!」
	と言われそうな、肝心の詳細を省きすぎた説明を終えた文次郎が、これらの話を他の4人にもするのかと
	訊ねると、千幸は

	「そうだなぁ。『詳しくは言えないけど、僕に酷いことをしたと思い込んでて、それを思い出して欲しく
	 なかったんだって』程度に、詳細は伏せて話すのが一番かな」

	と返しながら、「でも、その前に2つ訊きたいことがあるんだ」と呟いた。

	「1つ目は、告白した時『気持ち悪い』って答えたのは、本心?」

	文次郎は、17年前におずおずと想いを告げてきた伊作に、吐き捨てるように「気持ち悪ぃ」と返した。その
	態度自体も、振られた事実と同じかそれ以上に伊作を傷付け、それで自殺したのでは……。と考えたことも
	多々あり、気に病んでいる要素の中でも大きいものだった。

	「……本心と言えば本心だ。ただし、同性に告られたことや、お前―伊作―が俺にそういう感情を向けて
	 いたことに対してではなく、お前は覚えていなかったし、前世は別物として割り切ることも出来たが、
	 俺はかつてお前に最低のことをした。それなのに告られた。そういう諸々をひっくるめて気持ち悪ぃと
	 感じたんだ」

	どちらかと言えば、自分自身や状況に対して嫌悪感を感じ、それをそのまま態度と言葉に出してしまった。
	というのが、正直な所だと聞いた千幸は、少し空を見つめて考えるような素振りを見せてから、「じゃあ、
	もう1個」と質問を続けた。


	「の記憶が戻らないように、君がを避けていたのって、私の為と君自身の為。どっち?」

	逸らされた文次郎の目を、覗き込むように正面から見据え、そう問い掛けた。

	「別にね、どっちでも良いんだよ。……私を慮ってくれたんでも、君自身の保身の為でも。だけどその辺を
	 はっきりさせておかないと、みんなへの説明が難しい気がするんだ」

	問い詰める訳でも、虚勢を張っている風でも無く、ごく自然に提案するような口調で訊ねた千幸の真意が、
	文次郎には読めなかった。しかし答えなければならないことは解ったので、少し目線を逸らし、大人しく
	白状した。

	「……両方だ。お前にとって嫌な記憶だから忘れたんなら、思い出さない方が良いに決まっていると
	 思ったし、俺自身が思い出されたくなくて、逃げた」
	「そっか。確かにまぁ、良い思い出ではないね」

	苦虫を噛み潰したような顔で答えた文次郎に、拍子抜けするほどあっけらかんと相槌を打った後。千幸は
	軽く伸びをしつつ「よし! これですっきりした」と呟き、晴れやかに笑った。

	「……あのね、文次。君に告白したことを思い出したのはついさっきだけど、前からずっと『何か』が
	 引っ掛かってたんだ。でね、それは君が私を避けていたこともなんだけど、避けられてるのがすごく
	 嫌で哀しいと思ったり、前だって覚えて無いことは色々あったのに、今回思い出せないことが無性に
	 もどかしく感じたこととか、あんなにあからさまに避けられたのに君が気になってたこととか、要は
	 まぁ、『何で君に避けられてて、理由を教えてもらえないんだろう』って気になってて、そのことを
	 考えると何故か哀しかったり悔しかったりしてたんだ」

	そこまで話すと、千幸は深呼吸をしてから、少し緊張した面持ちで文次郎の顔を再び覗き込んだ。

	「えっと、それでね、単に前の記憶とか、もしかしたら感情とかも残ってて、それを引き摺ってるのかも
	 しれないし、前回告白した時の真意はまだ思い出せないんだけど……多分私は、あなたが好きなんだと
	 思います。潮江さん」

	最後の告白部だけ、普段の「伊作」口調では無く、対外的に使っている「千幸」口調で告げた千幸に、
	文次郎はしばし頭の中が真っ白になってから、我に返り本人の過程通りに前世の記憶に引き摺られて
	いる可能性を指摘しようとした。けれど、口を開こうとした瞬間
	 
	「覚えてないんで断言は出来ないけど、僕は室町の時代から、君の事が好きだったよ。……まぁ、その頃のは
	 恋愛感情としての『好き』じゃなかった気もするけど、君の謎の訪問の本当の目的を問い質さず、大人しく
	 殺されてあげた位にはね。……僕、お酒は弱かったけど、呑んでいる振りをしながら相手にだけ呑ませるの
	 上手かったって知ってた?」

	再び「伊作」口調で自慢げに語る千幸が、最後に付け加えた言葉に、文次郎はぎくりとした。室町の伊作を
	暗殺した際。まずは酔い潰す所から始めた。そのことや、その先の詳細を思い出したのかと思ったが、恐る
	恐る確認を取ると、千幸は

	「前後関係が一切解らないあやふやな記憶の中に、そういう情景があったんだけど、やっぱりアレが
	 そうだったんだ」

	と、カマをかけてみただけだったことを明かした。

	「けどまぁ、今の所あんまりうまく整理はついてないけど、多分君のこと好きだよ。留父さんとか、
	 仙達とは別路線で」

	千幸の中では、一応実父な留三郎以外の友人達も、幼少期からずっと近くで接していた為、家族に近い感覚
	なのだが、避けられていたことを差っ引いても、文次郎は何故か別格な気がしていたのだという。そして、
	今さっき思い出した内容や文次郎側の理由を聞いて、ようやく納得して出た答えが「多分好きなんだと思う」
	なのだと説明された文次郎は、ひとまず「考える時間を寄越せ」と返し、数分考え込んでから

	「後5年……最低3年でも良いが、よく考えてもう一度結論を出し直して、それでも間違っていないと
	 思うなら、考えないでもない」

	との答えを出した。

	「うん。まぁ、考える時間というか猶予は必要だと思うけど、その5年とか3年って数字は……あ!」

	文次郎の出した条件に、千幸は首を傾げかけたが、途中で気が付いた。

	「……今のお前は、対外的には一回り半違う上に、知人の娘だろ」
	
	要は、成人ないしは、せめて高校を卒業する年にでもならないと、犯罪臭がする。ということを言いたかった
	らしい。

	「でも、仙には『16になったら嫁に来い』って言われてるよ?」
	「んなもん、冗談として流しとくか、ハッキリ断りゃいいだろ。……そもそも食満が、そう簡単に手放すと
	 思ってんのか?」

	少し冗談めかして仙蔵の名を挙げた千幸に、文次郎はかつてのような気安くぞんざいな態度で返した。

	「あー、うん。仙は本気だって言ってるけど、マトモに取り合ったことないから、僕がダメっていえば
	 何とでもなりそうかも。……でも、もしも3年考えてもやっぱり君の事好きだったら、留さんというか
	 父さんは、もっと手強いと思うけど、対峙してくれるの?」
	「万一そうなった場合には、腹くくってやるよ」

	冗談めかした調子のまま、試しに聞いてみた問いに返って来た答えに、千幸はこっそりと
	(えっと、つまり、先延ばしにされて、私次第だけど、文次的にはアリってこと??)
	とトキメキ、顔も少し熱くなったが、文次郎本人が特に気付いていなかったようなので

	「じゃあ、万一の覚悟はしといてね」

	と、笑って返しておいた。


	その後。ひとまず他の4人には

	「文次が室町の僕を殺したのは事実だけど、それ自体は割り切ってたんだって。でも、その事にちょっと
	 関係する酷いことを、この時代の僕に言っちゃって、その後すぐに事故に遭ったから、『自分の所為で
	 自殺したのかも』って気に病んでたみたい。でも、タイミングが悪かっただけで、実はホントにただの
	 事故だった筈だから、これからは昔みたいに接してって約束したから」

	とだけ説明し、具体的な内容も訊かれたが、「あんまり思い出したくないんだ」で誤魔化し、翌年の16歳の
	誕生日にはキチンと
	「ごめんね、仙蔵。君のことは、家族みたいに思ってるけど、だからこそ恋愛対象に見れないんだ」
	と断り、ひとまず「16になったら嫁に」は回避したが、諦めてはもらえなかった。そんな訳で仙蔵との
	関係は相変わらずのまま、

	「文次ってば、掃除も洗濯も料理も、出来るのにやらないんだもん!」

	などと称して家に入り浸り、

	「あのさぁ、娘兼友人兼義弟として言わせてもらうけど、そろそろ自分のことを優先して、再婚までは
	 いかなくても、恋人作っても罰は当たらないと思うよ? あと、世間体的にも子離れしようよ」

	と、父留三郎を突き放し、結果的に

	「このまま文次の押し掛け女房になっちゃうのが、一番気が楽なんだけど、どう思う?」

	と長次や小平太に相談し、双方から「好きにすればいいと思う」的な賛同を得、ついでに味方について
	もらい、留三郎や仙蔵を説き伏せることに成功したのは、成人及び看護師として就職してからも数年
	経った頃の話になる。





2011.3.20