最も言い難かった出来事のことを千幸が思い出したからか、他の4人には「何の説明にもなっていない!」
	と言われそうな、肝心の詳細を省きすぎた説明を終えた文次郎が、これらの話を他の4人にもするのかと
	訊ねると、千幸は

	「そうだなぁ。『詳しくは言えないけど、僕に酷いことをしたと思い込んでて、それを思い出して欲しく
	 なかったんだって』程度に、詳細は伏せて話すのが一番かな」

	と返し、軽く伸びをしつつ「よし! これですっきりした」と呟くと、晴れやかに笑った。


	「……これでようやく、何も気にしないで仙の方を見れる」

	独り言のようにそう呟いてから千幸は、文次郎に向き直って語り始めた。

	「今回は、生まれた時からのこと、ほぼ全部覚えてるんだ。『ほぼ』っていうのは、君達も30数年分全部は
	 覚えてないのと同じで、詳細までは覚えて無い。って意味。だから、『千幸』として生まれた日のことも、
	 みんなと再会した日のことも、大体覚えている。……それでね、『千幸』が『伊作』だって気付いた時。
	 もちろん留さんや長次や姉さんも嬉しそうだったけど、一番喜んでくれたのは、仙蔵だったんだ」

	花が綻ぶように、満面の笑みを浮かべ嬉しそうに語る千幸に、文次郎は少々複雑な気分になったが、それを
	表に出すことも、口を挟むことも無く、黙って先を聞き続けた。

	「で、君も知っている通り、生後一週間程度の頃からずーっと『16になったら嫁に寄越せ』って留さんに
	 言い続けていたし、流石に小学校に上がる位までは多少自粛してたらしいけど、私自身に向かっても、
	 事あるごとに口説いてきたり、人前で『大切な相手』とか『未来の妻』とか言ってたじゃないか。その
	 ことが、実はそんなに嫌じゃ無かったというか、むしろ結構嬉しかった位なんだ。だけどその一方で、
	 何故かずっと、文次郎。君の事が引っ掛かっていた」

	びしりと指差されてそう言われても、文次郎的にはどう反応したものか判断し辛かった。しかし、千幸は
	特に気にせず
	「でも、さっき思い出した内容と君の話で、謎は解けた」
	と、先を続けた。
	

	「多分、忘れることで自己防衛をしようとしたのと同じどこかが、前世の感情を引き摺ってたんだと思う。
	 だけど、その感情はあくまでも『過去の物』で、今の私の本心じゃない」

	ハッキリとそう断言されたことで、文次郎はようやく自分の感情を自覚し、同時に「コレが自分に対する
	真の罰なのかもしれない」と、内心自嘲した。

	「でもね、前世の僕は、理由までは思い出せないけど、確かに君の事が好きだった。そして、君が僕を振った
	 アノ言葉が、本心じゃ無かったことも、ちゃんと解ってたよ。……だから、コレで全部ご破算。お互い何の
	 負い目もしがらみも無い、ただの父さんの友達と友達の娘。そういうことにしよう?」
	「……。俺と食満は、旧知なだけで友達じゃねえよ」

	元会計委員で、現在も金融系の職についている文次郎に合わせたのか、それとも単に最も適切だと考えて
	選んだのかは解らないが、そろばん用語で「白紙状態に戻す」意味の「ご破算」という表現を使い、全て
	無かったことにしようと提案した千幸に、文次郎は若干ズレた点を指摘し返すのが精一杯だった。

	「じゃあ、『知り合いのおじさん』でも別に良いけど、流石にそれはちょっと余所余所しい気がするから……
	 あ! 『叔父さんの友達』! これは嘘じゃない。は母さんの弟で、君の『友達』だったでしょ?」

	名案が浮かんだ。とばかりに、したり顔で訊ねる千幸に、文次郎は完全に過去をふっ切った事を悟り、
	彼女が望む通り、「友人」だった頃の伊作に対するような呆れ口調で、「好きにしろ」と返した。
	それでも、嬉しそうに「うん」と笑って頷いた千幸の笑顔を守る為なら、娘命な父親の留三郎の味方に
	付く……のは何か嫌なので、「何があっても、全面的に千幸の味方」と称している長次や小平太と同じ
	側に回ることを、文次郎は決めた。


	その後。かいつまんで皆に経緯を話し、
	「とにかく、全部『過去の事』ってことにし水に流したから、この話はもうおしまい!」
	と宣言しそれ以上は話す気の無い千幸と、忍術学園時代程度の接し方をするようになった文次郎に、他の
	4人は、この件に関しては触れないことに決めた。

	そして、仙蔵と千幸の関係に関しては
	「えっと、一応前向きに考えてみることにしたけど、ようやく考えてみる気になった所だから、ちょっと
	 時間を頂戴?」
	との千幸の言葉に、一番驚いて慌てたのは留三郎だったが、仙蔵も鳩が豆鉄砲を食らった顔をしていたよな。
	とは、後の小平太の言だが、まさか受け入れられるとは思っていなかった節は、無きにしも非ず。といった
	感じではあったという。

	
	


2011.3.27