夏休み間際のある日。大川学園のからくり小僧の片方こと、1年は組の笹山兵太夫が、相方の夢前三治郎に
	「ねぇ、三ちゃん。夏休みの自由工作で一緒にピタゴラ装置作って、文化祭で展示しない?」
	と言い出したのは、前述の通り「からくり小僧」の異名を持っているので、特に不思議なことではない。
	そして、お祭り騒ぎ大好きな大川学園一の目玉イベント文化祭は、クラスや部活、委員会単位ではなく、
	個人や有志での発表や展示も申請さえ出せばOKなので、発想自体もおかしくはない。
	問題は、彼がそれを思い付いたのが、階段脇の廊下で見事なドミノ倒し転倒を披露し、一番前に居た
	不運小僧こと1年は組の猪名寺乱太郎が階段から落ちそうになったのを助けようとして、自分が足を
	踏み外した委員長の善法寺伊作が、通りすがりの6年ろ組ペアに乱太郎共々受け止めてもらったのを
	目にした所から連想したように見えたことだった。

	しかし、その場に居合わせ一部始終を見聞きしていた他のクラスメイト達に
	「悪趣味」
	だの
	「その連想はちょっと……」
	だの
	「発想は解らなくもないけどさぁ……」
	だのと口々に言われた兵太夫は、実に心外そうに
	「違うし。昨日歴代の文化祭の展示の資料見てた時に見付けて、気になってたの思い出しただけだから」
	と答えたが、
	(けど、思い出したきっかけは今の保健委員だろ)
	とは、後が怖いので誰も突っ込まなかった。その代わりに

	「へぇ、そうなんだぁ。何年位前の展示なの?」
	「えっとね、4年前と3年前。今の6年生が2年生の時に作ったのを見て、『すごいなぁ』って感心した
	 不破先輩に、『なら来年は自分達も作るか?』って鉢屋先輩が提案して作ることにしたら、それを聞き
	 付けた食満先輩達が対抗意識を燃やしてっていうか面白がって、次の年も作って対決になったらしいんだ」
	「ああ。そういえば久々知先輩から聞いたことあるかも。その展示の為に、『お前意外と器用そうだな』で
	 竹谷先輩。『お前は舞台委員ということは、体育館や多目的ホールでの出し物の構成と装置が分かるよな』
	 で久々知先輩。『何かミラクルが起こりそうな気がする』で尾浜先輩を誘った所からの付き合いなんだって」

	等々、話題を過去の展示の話に移したが、ふと

	「けどさぁ、アノ先輩達なら、延々ずーっと毎年競ってそうな感じするけど、俺が去年文化祭見に来た時、
	 そんなの無かった気がする」
	「あ、そういや俺もない」

	と首を傾げた。

	「確かに、それはそうかも」
	「その辺りは、僕も聞いてないかな。……庄ちゃんは?」
	「僕は、ミスコンや進行に関する話は聞いているけど、ピタゴラ装置の話は初耳」
	「そっか。でも、まぁ、アドバイスもらいに行くついでに、ご本人達に訊いてみれば良いよね」
	「そうだね。5年生と6年生の、どっちに訊く?」
	「兵ちゃんが立花先輩に、僕が竹谷先輩に訊けば両方訊けるんじゃない?」
	
	という訳で、ピタゴラ装置の作り方や展示場所、文化祭実行委員会への申請の仕方などを、ひとまず生物部の
	当番の時に三治郎が部長代理の竹谷八左ヱ門に訊ねてみたが、

	「設計も申請も全部三郎がやって、俺は三郎の奴の指示に従ってパーツ作ったり並べただけだからなぁ」

	とのことで、訊くなら生徒会長の鉢屋三郎か、舞台委員長の久々知兵助の所へ行け。と言われたが、ついでに
	何故毎年恒例にならなかったのかも訊いてみると

	「投票箱作って、どっちがすごかったかとか意見集めて、結局2年の時は先輩達の勝ちだったんだよな。で、俺らは
	『来年こそは!』って勝負を挑んだんだけど、先輩らってか立花先輩が、『もういい。飽きた』って……」

	その一言により、八左ヱ門達の代の発起人で一番「打倒先輩達」に燃えていた三郎の熱が一気に冷めたのだという。

	「うーん。『飽きた』かぁ。確かに立花先輩なら言いそうかも」

	三治郎の報告を受けた兵太夫は、女王様気質で気まぐれな元生徒会長様なら、有り得なくもない理由だと
	納得しかけたが、アドバイスをもらうついでに6年生側にも訊いてみることにした。すると、

	「実際、お前らのように1年の時に留三郎に誘われ、作ってみたら面白かったが、3年連続でそればかり
	 やっていたら飽きたのもある」

	とのことで、ピタゴラ装置やハロウィン大会などの作り物を主導するのは大抵食満留三郎からで、それを仙蔵や
	中在家長次が手伝ったり発展させるのが彼らの基本らしい。

	「しかし、それ以上に、手伝いを申し出る心意気は認めるが、実際は壊したり雑に繋げるだけで役に立たん
	 どころか足を引っ張るだけの小平太や、小平太よりはまだマシだが、居合わせるだけで何故か不具合や
	 失敗の率の上がる伊作をハブるのも、どうかという気がしてな」

	そう説明してから、「お前達の所にも伊作の跡を継げる不運小僧が居て、相当に器用な部類に入るのだったな」
	と付け加えられたところで、兵太夫は

	(そうかぁ。乱太郎の不運で失敗するのは御免だけど、乱太郎に手伝ってもらえないのは不便かも)

	と思い、三治郎に相談してみた結果。

	「乱太郎の不運にも負けないようなのを作る。を目標にしたら良いんじゃないかな。あと、乱太郎と団蔵、
	 しんべヱ、喜三太は設置と実演の時は近付かせなきゃ大丈夫だよ。きっと」

	という訳で、夏休みに入る前から帰省するまでの間に、先輩達に設計などの相談に乗ってもらい、夏休みに
	入ってからもお盆の閉寮日以外は極力学校に残り、他のクラスメイトや先輩達にもアドバイスをもらったり
	手伝ってもらいながら試行錯誤を繰り返し、見事文化祭で『不運にもアクシデントにも(あんまり)左右
	されないピタゴラ装置』の展示と実演に成功したが、

	「ふん。無難すぎて地味だな」
	「仕方ないでしょ。1年生なんだし」
	「あとさぁ、いさっくん級の不運に負けないとなると、あんま細かい仕掛けに出来ないのは、仙ちゃん達が
	 一番解ってんじゃないの?」
	「てぇか、お前らが監修したんじゃねぇのかよ」
	「いや。ざっくりとした全体像と、要所要所の、『ここをこうするにはどうしたら良いですか?』みたいな
	 相談にしか乗ってない」
	「……5年達も、その程度だと聞いている」

	「構造はともかく、私達なら、色や形をもう少し凝ったものにしていたな」
	「えー。三郎のは装飾過多で悪趣味だから、僕はこの程度で良いと思うけど」
	「俺も雷蔵に同感。ビックリ箱途中に挟むのは良いけど、出て来る人形が見に来た幼児泣くレベルとか、無いだろ」
	「だねぇ。他にも、『何もこんな極彩色や蛍光色で塗らなくても……』ってとこたくさんあったしねぇ」
	「その辺の趣味の悪さも、先輩らの奴の方が評判良かった原因じゃないか。って誰か言ってたぞ」


	等々、経験者でアドバイザーな先輩達の評価は、高評価なのかイマイチなのか、びみょーに解り難い感じ
	だったという。


	

4周年リク おりづる様2つめ 「無月のからくりコンビか5年でピタゴラ装置」 とのご希望でしたので、その2組+先代からくりコンビ様(立花&食満+中在家)にも出張っていただきましたが、 肝心の装置の全長や仕掛けに関しては、「ご想像にお任せします」状態でスミマセン 2012.8.27