小さな子供の言うことだからって、本気にしないなんて愚の骨頂。
子供だって結構色々考えてるし、打算も含みも無い、純粋な子供の言葉にこそ、
真理が隠れてたりするんだから。
ってか、乙女の純情ナメんな。
保育園児だって、立派にもう「女の子」してんだぞ。
!
「…てことでへーたくん。あたし、十六歳になったの。約束通りお嫁さんにしてね」
夕暮過ぎ。高校の制服のまんまで。町役場に押しかけて。職員の一人に向かって。
…一体、何の冗談か罰(ばつ)ゲームだよ。って感じだろうね。でも、あたしは本気。
ずっとこの日を待ってたの。
案の定、へーたくんは目を丸くして言葉を失ってるし、周りの人達も、すっごい妙な目で
あたしを見てる。ふふんだ。そんなもんでめげるような、繊細な神経は持ち合わせてませんよーだ。
「……海ちゃん」
はい。なぁに? 本気だよ。マジ告白です。からかってんじゃないよ?
「えっと、その…僕なんかで良いの?」
うん。へーたくん「が」良いの。
「何で僕?」
えーと。話すと多分長くなるよ。確かに、押しかけたのはあたしだけど、まだお仕事中だよね?
いいの? ほら、富松さんににらまれてるよ。…って、違うな。にらまれてんのはあたしだ。何々?
「そういうのは、個人的にやれ。仕事の邪魔だ」
ごもっとも。そいじゃ、一旦退散したげます。一応、目的は果たしたからね。…じゃあ、
また後でねへーたくん。理由聞いたら、もう逃がしてあげないから覚悟しといてね。
!
あたしとへーたくんは、八歳違い(つまりへーたくんは、今二十四歳)。同じアパートに住んでて、
あたしが生まれた時からの付き合いになる。
年は離れてるし、性別も違うのにちっちゃい頃から親しかったのは、あたしの保育所の友達の
お兄ちゃん(カメちゃんとこのしんべヱお兄ちゃん)と、へーたくんが友達だから。あと、ウチの
アパートの子供のいる家庭が、変わりばんこにまとめて預かって遊ばせたり、勝手に行き来する
のを許してたから。ってのもある。でも、そう言ったら
「同じ条件で、他にもいるよね?」
とか返された。確かに、へーたくんと同い年のお兄ちゃん達が、同じアパート内だけでもあと三人
いるし、その四人で一緒に居ることも多いけど。でも、そこら辺はきっかけに過ぎないからいいの!
とにかく、あたしはへーたくんの困ったような笑い方とか、控え目なようでハッキリした物言いとか、
根気強さとかに惚れたの。で、
「大きくなったら、お嫁さんになってあげる!」
って宣言したのが十一年前。あたしが五歳で、へーたくんが中学生の時のこと。
その時のへーたくんは、いつもの困ったみたいな照れ笑いを浮かべながら「ありがとう」って
返してくれた。
それを肯定だって受け取って、以降地道に頑張ってきたんだよ?
まず家事スキルを身につけて、へーたくんの好きな味とかも徹底的にリサーチして、今すぐ「素敵な
奥さん」になれるレベルまで到達。服装や髪型も、へーたくんの好みっぽくなるようにして―ただ、
コレはへーたくんの友達情報でだから、どこか違う可能性も無くは無い―、自分では、結構イイ線
いってると思う。その他にも、色々調べたりして頑張った。
総ては「へーたくんのお嫁さん」になる為に。
へーたくんが何を気にしてるかも、ちゃーんと解ってる。「年の差」と、「最初の告白が五歳の時」
ってのと、「あたしは結構モテる方なのに」でしょ?
年に関しては、確かに「女子高生と社会人」だとちょっぴり犯罪チックな雰囲気がするけど、
三十とか四十超えたら、気にならなくなると思うんだ。それに、へーたくんの友達の伏ちゃん
だって、年上の彼女さんと遠恋してるじゃん。…まぁ、あそこの年の差は二〜三歳らしいけど。
でもいいの。そこで引っ掛かられたら、先に進まないもん。
次に。告ったのは確かに五歳の時だけど、その後もことあるごとに「大好き」とか、「へーたくんの
お嫁さんになるんだもん」とか言い続けてたよね、あたし。
最後。自分で言うのもどうかと思うけど、あたしはそこそこ美人の部類に入るらしくて、今年の
文化祭では「ミス六商」を獲った。それは事実。でも、へーたくんの上司の富松さんに言わすと、
「少なくとも俺らの頃は、『県立第六商業高校』と言えば、『制服がダサい』ことで有名だったな。
ついでに、未だに染髪も化粧も装飾品も禁止だろ? そん中で一番ってもな」
だそうだ。
二十八歳・独身・彼女ナシ・仕事は主にグチ聞きと平謝り。のクセにエラそうに。
って、仕事はへーたくんも同じだけど。…とか言うと、猛抗議されんだけどね。
「俺らは、生活相談窓口の職員だ。愚痴聞き係じゃねえ。ついでに、嫁も彼女もいないのは、無駄に
仕事が忙しくて、手のかかる腐れ縁の友人共が居て、おまけに後輩が使えなくて、ヒマがないからだ」
えっと。「使えない後輩」て、へーたくんのこと? 確かに、しょっちゅうジジババの昔語りやら、
嫁とか近所の人なんかに関するグチの聞き役をしてるよね。しかも高確率で同じ話の。アレ、あたし
的には結構微笑ましいし、親身になって聞いてるへーたくんに萌えるんでアリなんだけど、上司的
にはナシなのか。そっか。うん。考えてみると、富松さんは忙しそうなのに、へーたくんはのんびり
話聞いてるから、仕方ないかも。
でも、あたしはそんなへーたくんの、ペースとか性格が好きだよ? てか、ぶっちゃけ、その
ちょっと抜け気味な感じと、下がり眉と、犬っぽい雰囲気があたしの好みなの!
だからねへーたくん。観念して付き合いなさい。最悪、どうしても無理そうなら、「お嫁さん」は
諦めてあげても良いから、ひとまず「恋人」からね。
はぐらかして誤魔化そうったって無駄だよ。返事くれなかったら、毎日役場通うよ?
んで、富松さんに絡んでやる。散々ぼやかれても、へーたくんが富松さんのこと、「先輩」って
呼んで慕ってんのも知ってるもん。アノ人の堪忍袋の緒をぶち切れば、多分「いい加減折れろ!」
とかキレて命じるよ。そしたら、へーたくん従うでしょ? でも、そんな形じゃ嫌だよね?
だから、自分で答えを出してね。
ちゃんと答えを考えてくれるなら、いつまでだって待つからね。何しろ、十一年待ったんだもん。
待つのは得意。
あたしがへーたくんを好きなのと同じくらい、へーたくんもあたしを好きになってくれたらうれしいな。
カノウは、コレを名前だけいじって、サークルの原稿として提出しました。
しかも、年に1回だけ外部に販売する時に
彼女ちゃんのフルネームは”瀬戸内 海”ちゃん。
「せとないかい」ではなく「せとうち うみ」ですよ
2009.2.25
その後どうなったか→「富松さんの証言」
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