4月下旬のある日。セブンはマンの前に正座させられていた。2人の間には、大きな箱が1つ
「……セブン。コレ、今日君宛に届いたんだけど」
「それは、まぁ、俺が注文したものだからな」
「そう。中、見ても良い?」
言うなり、セブンの応えを待たずにマンが開けた箱の中身が鯉のぼりであることは、宅配便の
伝票にも書かれていたし、配達しに来たレイのもう片方の養家で運送業を営んでいるZAPの
次男坊オキから聞いていたので、開ける前から知っていた。そして、それが無駄に豪華で高級な
ことも、オキが
「ボス達が言ってたんですけど、ここの鯉のぼりって、全部受注生産なんですってね」
と言っていたし、キングが買ってくれた自分達の鯉のぼりの箱と同じ銘が刻まれていたので
分かっていた。そして、義弟兼親友が、息子達のために鯉のぼりを買ったこと自体は、決して
悪いことではないというか、むしろ良いことだと思っている。故に、問題は
「何で、こんな高価いの買ったの? そりゃ、折角なら良いものを買ってあげたかった気持ちは
解るよ。でも、こんな立派なの、掲げる場所無いよね。この家には」
「それは、タロウ達のと一緒に、向こうの庭にでも挙げさせてもらえば良いかと……」
「だったら、うちの分はもう少し小さいのを買って、実家に見に行くことにしたって良かっただろう?
あの子達は、感心することはあっても、自分達もあれ位立派なのが欲しいって言い出すような年や
性格じゃないんだから」
元々己の所業が原因で、言い分が正しいのもマンの方なので、分が悪いのは誰がどう見ても自分の
方だと、セブンは解っていた。けれど、
「けどっ、お前……俺もだけど、嬉しかっただろ? キングが、俺らの分も買い足してくれた、
立派な鯉のぼり」
「嬉しかった、けど……」
里子として、ケンとマリーの夫妻に2人まとめて引き取られた当時のマンとセブンは、今のゼロと
大差ない年で、義弟のエースとタロウはまだ小学校低学年だった。そして、引き取られてから
初めての端午の節句の、2週間ほど前の週末。父ケンが庭に出した、タロウ達の鯉のぼりを
「すごいな」「綺麗だね」と褒めると、
「うん! キングおじいちゃんが買ってくれたんだ。黒いのがエースお兄ちゃんので、青いのが
僕のお魚なんだよ!」
「でっかくてカッコいいだろー。あれ? けど、兄ちゃん達の無くね??」
母マリーの祖父だというキングが買い与えてくれた、立派な鯉のぼりを得意気に自慢する幼い
義弟達は、ハタと気付いて「ホントだね」「じーちゃん忘れてたのかな」と顔を突き付け合わせ、
「かーさん。おじいちゃんにお電話かけて」と、台所の母の元へ駆けて行ったが、マン達としては、
引き取ってもらえただけでも御の字だからと、高価な鯉のぼりは辞退するつもりだった。しかし、
相手は暇と金と権力を持て余した道楽ジジイな訳で、
「そうかそうか。忘れとって悪いのぉ。今から注文すると来年になってしまうのぢゃが、何色のが
良いかの」
「えっとー、セブン兄ちゃんは、赤?」
「えー。赤は女の子のお魚なんだよ、エースお兄ちゃん。あ! ねぇ、コレかっこよくない?」
「茶色? 地味じゃね」
「いやいや。こういうのは、『渋い』と言うんぢゃぞ。中々良い趣味をしとるのぉ、タロウは」
「じゃあ、こっちの黒っぽい青のは?」
「紺色か。それも良いのぉ、エース」
キングの持参したカタログを眺めながら、目を輝かせて選んでくれる義弟達に、「要らないから」
なんて言える訳もなく、両親も
「わしが買うてやりたいんぢゃ。この子らも、歴とした可愛い曾孫達ぢゃからな」
と言われてしまったら、固辞したらまるで息子達を差別しているかのように思われそうだし、やはり
行為自体は有難いことなので、
「ありがとうございますわ。ただ、あまり気軽に高価なものを買い与えないで下さいな」
と釘を刺しながらも、好意に甘えることにした。
そんな訳で、翌年誂えられた2人の鯉のぼりは茶色がマンで、紺がセブン。ということに
なっており、その後兄弟に加わったジャックの物は緑。そして、末っ子のメビウスの時には、
心得たもので引き取ったと聞いた時点で早々に手配してくれたが、タロウが「可愛い」を
連発していた所為もあって女の子だと勘違いしていた為、赤い鯉だった。
尚、兄弟が増える度に増えていく鯉のぼりを楽しそうに見上げる弟達に、
「ねぇ、私は?」
「え。ゾフィー兄さん? うーん、あの一番上のヒラヒラ?」
「吹き流しかぁ。そっかぁ……」
「というかお前、実家にはあるよな」
「うん。あるにはあるけどね」
自分だけ仲間外れですか? と尋ね、弟達にも友人にも呆れられた長兄ゾフィーは、義兄だけど年も
立場も限りなく叔父に近かったりする。
そんなこんなの思い出も込み込みで、自分達が貰ったものを、息子達にも与えたかったんだ。
と力説されてしまっては、マンには
「……これからしばらくは、晩酌無しで、趣味に使うお金も3割カットだからね」
としか返せなかった。
ちなみに、これらのやり取りのほぼ冒頭から、友達連れて帰宅したはいいけど、居間に入れる
空気じゃねぇっ。と、タイミング見計らいつつ立ち聞きしていたゼロは、一緒に聞いていた
友人達から
「自分達が嬉しかったものを、息子達にも、ですか。愛されていますね、ゼロ」
『例えレイのついでだとしても、良かったではないか』
「にしても、マジにお前の母ちゃんで、セブンさんの嫁さんだな、マンさん」
『レイが、「マンはお母さん」と言っていたが、違うのか?』
等々、生暖かい反応をされたのだった(笑)
オマケ
『今気づいたのだが、私もナインに鯉のぼりを用意してやらねばならないのか?』
「そう、ですね。一応兄な訳ですし」
「焼き鳥が、ゼロ達のよりも立派な鯉のぼり買ってくれるってよ。ツーダッシュ」
『いや、そこまでは言っていないが……鯉のぼりは欲しいか、ナイン?』
『……こいのぼり。ナイスやレイたちとつくった』
「あー、そういや保育園で作ったとか、レイが言ってたな」
「んじゃ、鯉のぼりじゃなくて、武者人形にすっか?」
「ああ。それも悪くありませんね」
『確かにそうだが、何故お前が買い与えるような口振りなのだチャッカマン!』
「はっ。別に良いだろうがよ。なんなら、マジに俺が買ってやっても良いしよ」
『お前の施しなど受けん! ナインは私の弟だ!』
『武者人形とは何だ、ゼロ?』
「俺もよく知らねぇけど、ヒカリやアグルの持ってんのがカッコいいとか、メビウスやガイアが
言ってたから、見せてもらいに行くか?」
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