目の前の、嫌というほど見慣れた馬鹿の顔を一瞥したゼノンは、盛大な溜め息を吐き、
「そんなに、私は猫耳帽しか印象にありませんか」
と嫌味の1つや2つ言ってしまいたかった。しかし、それは様々な意味で、出来ないというか
したくない。かといって、迂闊に声を出したら、流石の馬鹿でも気付く可能性が無いとは
言い切れないので、どうしたものか。
ああ、それにしても、何故私はあんな人達の口車に乗ってこんな格好をしているんだろう。
多分、酔いが回っていた所為だな。

等々、ゼノンが考えている間も、お馬鹿な部下と、何か意気投合しているらしい某三男の息子の友人は、
「お姉さん1人?」だの「これからどっか行くのか」だのと、アレコレ尋ねて来てしつこい。
そもそも「メビウス似の綺麗なお姉さん」と声を掛けて来た時点で気付きなさい。ああ、いや。
気付かれてもそれはそれで面倒ですが。となると、やっぱりあの人達が悪いですね。嫌々ながらも、
言われるままにこんな格好をした自分にも、多少は問題があるかもしれませんが。というか、見てる
筈ですよね。いい加減、助け船を出しに来たらどうですか。
そんなゼノンの心の声が通じたのか「待たせてゴメンね」と、待ち合わせでもしていたかのような
口振りで姿を見せたのは、

「ゾフィー隊長!?」
「てことは、こちらさんはアンタのカノジョか?」
「あー、いや。彼女ではないんだけど……」

正体バラしたら、容赦しませんよ。と言いたげなゼノンと、野次馬根性丸出しな馬鹿共の両方を
納得させる言い訳は……と、少し悩んだゾフィーは

「えーと、こちらは、知り合いのお嬢さんで……メロスの親戚なんだ」
「おー、そんでメビ公似なのか」
「そっか。てことは、アウラの姉妹とか?」
「いやっ。それは違うから。娘とか姪っ子じゃなくて、単なる親戚のお嬢さん!」

苦し紛れな説明に、馬鹿共は一番アウトな解釈で納得しかけたが、それだけは無いから。と必死で弁解し、
「それじゃ、これからちょっと行く所があるから!」
と、有無を言わせず立ち去ることにした。



「危なかった……」
「ええ。本当ですよ。囮捜査か何かならともかく、単なる飲み会の罰ゲームで女装させられた状況で
 部下と遭遇。だなんて、冗談じゃありません」
「そうですねぇ。しかも、服装と薄化粧以外は、特にいじって無いですからね」

マックス達の姿が見えなくなった辺りで、やれやれと一息ついていると、もう1人の首謀者が
いつの間にか合流してきた。

「……『薄化粧にウィッグ無しでもイケる』と調子に乗ったのは、貴方ですよね21。行き逢ったのが
 うちの馬鹿だったおかげで気付かれずに済みましたが、他の知人に目撃されていたら、どう責任を
 とってくれるつもりですか」
「落ち着け。確かにメビウスと似てはいるが、大方お前らか、それこそメロスの身内かとは思ったとしても、
 本人だとは気付かない筈だ」

メンツ的に、仕方なしにゼノンを宥めたのは、「止めなかった以上は貴方も共犯です」なヒカリで、
そもそものきっかけは

「ヒカリちゃんと飲みに行こうかと思って誘ったら、『お前とサシでか?』って厭そうな顔されたから、
 一緒にどう?」

との、よく解らない理由でゾフィーから就業後飲みに誘われ、同じく誘われたらしい21と4人で飲む。
という、訳の解らない状況になった上、全員酔いが回り始めた辺りでの、21の
「折角飲み放題なんですし、飲み比べしましょう。で、最下位の人は、優勝者の命令を1個聞く。ってことで」
なんてアホな提案に、誰も異論を唱えず、結果としては、某馬鹿部下の所為で残業続きだった上に勝負に
入る前に飲んでいた物が強めだったゼノンが早々に脱落し、ヒカリは途中で「下らない」と降り、残る
2人が勝ったら何を命じるかお互いに尋ねた所、

「敗者はゼノンさんですよねぇ。だったら、メビウス似なわけですし、一度女装させてみたかったので、それで」
「あ。それは良いかも。メビウスよりも大人っぽいから、メビウスには似合わなそうな格好でもイケそうだし」
「ですよねぇ。この時期だと、やはり浴衣ですかね」
「うんうん。じゃあ、それで決定だね」

と意気投合しやがった結果。21がひとっ走り女物の浴衣とメイク道具一式を取りに行き、ノリノリで
いじられた挙句、

「ただ女装するだけじゃつまらないですから、通りに出て、3人にナンパされたらOK。ってのはどうでしょう」
「どうでしょう。って、良いわけないでしょう!」
「えー、でも、折角なんだから」
「何がどう折角なんですか!?」

そんなゼノンの抵抗も、調子に乗った酔っ払い達には届かず、諦めて速やかに終わらせるしかないのか。
と観念しての3組目が、まさかの身内だった。
しかしまぁ、これでノルマは果たしましたし、誤魔化し方に多少問題があったとはいえ、一応
誤魔化せたので良いにしましょうか。と、ゼノンはさっさと元の格好に着替え、ヒカリ共々、
酔っ払い達は放置して帰宅した。

そんなこんなで翌日。顔を合わせた馬鹿部下は特に何も言わなかったので、気付いていないようだと
ゼノンは密かに安堵した。しかし、あれほどキッチリ否定した筈なのにも関わらず、

「ゾフィー隊長の今カノ、メビウスそっくりの、メロスさんの隠し子らしい」

という噂が、最強最速の無駄遣いで警備隊中に流布しているのを耳にして、かなり頭痛を覚えたが、その正体が
自分だとバレる気配は無さそうだったので、やぶへびにならないように、黙っていることにした。


そして、その噂を耳にした義娘with姫様ご一行に、
「どういうことなのか、説明してもらいましょうか」
と濡れ衣を掛けられたメロスが、ヒカリから真相を聞いてゾフィーをボコりに来たが、
「私はむしろ被害者ですから」
と、苦情は全てゾフィーと21に押し付け、涼しい顔をしていたという。 



オマケ
Z:ヒカリちゃんは、このピンクのと赤いの、どっちが良いと思う?
H:……赤
21:そうですか? ピンクの方が可愛いと思いますが
H:メビウスならともかく、ゼノンにはそのピンクのはガキっぽいだろ
Z:あー、確かにねぇ
21:流石ですねヒカリさん(笑)



暑さと疲れで、脳みそ発酵してるんだよ、うん。 2013.8.17