それは一見、単なるいつも通りの「傍迷惑な突然の思い付き」のように思われた。 「最近たるんどる! よってこれより、”委員会別警固演習大会”を行なう!! 学園を城に見立て、各委員会ごとで要人や要所を護るのじゃ。侵入者役は先生方。 用意や打ち合わせの時間を考慮し、侵入開始は一刻後。他の委員会と連携することも、 重要であることを肝に銘じておくのじゃぞ。…それでは、始め!!」 日は沈み、人によって予習・復習中の者もいれば、遅い夕食中だったり、自主トレ中。 委員会の仕事を終えたばかり。まだ委員会中。趣味の時間。等々、バラバラに過ごして 居た所を召集され言い渡された内容に、生徒たちばかりでなく侵入者役を言いつけられた 教師達も心底面倒臭そうな顔をしながら、各自持ち場へと散っていった。 その中でただ一人、作法委員会の副顧問笹山兵太夫(26)だけが、含みのある笑いを浮かべていた。 さて、最終確認をしようか。目標は「学園長室」。 気絶・たんこぶ・擦り傷以上は負わせない。 基本、自分の所の子しか襲わない。 コレが原則で、他に何かあったかな? 正体をバラすような発言はご法度 確かにね。 …それじゃ、各自健闘を祈る!
〜作戦会議〜 火薬委員会の場合 「煙硝倉の警備。および各委員会への火薬の提供。以上!」 「…他にないですもんね」結構優秀なの揃ってるかな。 クセが強いのは6年と1年くらいだけど
用具委員会の場合 「取り立てて貴重品は扱ってないから、各委員会への用具の貸し出しと、 あとは正門と裏門の辺りに防塞でも築くかな」 「そうですね。あとは、余所へ助っ人にでも行きましょうか」頭脳派では無いけど、連携が よく出来てるから注意。って所かな
図書委員会の場合 「禁帯出本死守! ついでに火気及び水気厳禁! 飲食も禁止!」 「最後のあんま関係ねー」 「うっわヒマそう」 「黙れそこ!!」委員長が暴君。若干詰めは甘いけど、 そこそこ統率は取れてるね
保健委員会の場合 「医務室の薬種には貴重なのもあるから、救護所兼監視。ってなとこか」 「何人か、出張手当て行きます?」 「様子見て考える。…下手に動くと、どうせ怪我すんの俺らだろうし」4年に5代目がいるよ(笑)
生物委員会の場合 「飼育小屋の見張り数人以外は、僕の指示に従って余所の手伝い。でいいね」 「指示はどうやって出すんですか?」 「先輩の残していった子達でいいだろ?」 「あぁ。はい・・・」委員長と、一昨年の卒業生の置き土産が厄介。 でも、他はそうでもないね
体育委員会の場合 「門や壁付近に塹壕と狼穽。ある程度掘れたら余所の手伝い。基本的に、指示は僕が出す」 「りょーかいです! でも、何で仕切ってんの委員長じゃないんですか?」 「僕の方が、はるかに向いているから。…委員長は、力仕事をお願いします」 「任しとけ!」5年生が頭脳。他が手足。 「よくしつけられている」って感じだね
会計委員会の場合 「金庫の警備。…くれぐれも、『戦いに行きたい』だのとほざくなよ」 「何でですか!?」今年の委員長は堅物のつまんない奴でね。 戦いたいなら2年生狙いな(笑)
作法委員会の場合 「各自、余所の委員会んとこ出向いて、ちぃとばか手伝いながら適当に記録つけて、賞罰見極めて くりゃええやろ。ああ、罠や何か仕掛けたかったら好きにせぇ。せやけど、程ほどにな」 「委員長はその間、何をしているのですか?」 「ん〜。ウチは、皆のまとめっちゅう仕事をしとる。あ、でも安心せぇ。いざとなったら助けたるから」委員長は「如何に楽をするか」を常日頃考えているから、 要領はいいよ。本気になりさえすれば実戦向きかも。
学級委員長委員会の場合 「学園長の護衛でもするか」 「でなきゃ、実況でもやります?」 「いや、見えねぇだろ」頭はいいよ。ただ、やる気の差は激しい方かな
演習開始の合図の鐘の音と共に、 「落ち着けー。それは斜堂先生だー」 「いっけぇ。漆喰砲改良版鳥モチ弾!」 「見えた! そこの木の影から撃ってる!」 等々。敷地中から声が聞こえ始め、侵入者役の教師陣に、生徒たちが 奮闘している隙を付いて、音も無く学園に侵入した影は11。 その内の1つが煙硝倉の上に居ることに気付いたのは、火薬委員長・六東俊徳丸(むつだるま しゅんとくまる)だった。 「さて、と。どうしたものか。…降ろすことさえ出来れば、私の領域だがねぇ」 影が教師ではないと識別しても尚、俊徳丸は若干の余裕を持った様子で辺りを見回し、 通りすがりの生徒の名を呼んだ。 「ちょうどいい所に居たな。…菊! あの曲者を落とせ!」 「ん? あいよ。任しとき。ひぃ。腕!!」 呼ばれた生徒―用具委員長・九原菊之助(くせはら きくのすけ)―は、伴っていた後輩に 伸ばさせた腕を足掛かりに、一気に煙硝倉の上まで飛んだ。 「うわ。やるね」 「お褒めに預かりどーも。けどま、曲者に褒められたって嬉か無いがね。…上手く受身とってくれよ」 突然とんでもない身体能力を見せられ面食らった曲者に、菊之助はニッと笑ってから、次々に その足元にクナイやら手裏剣を投げつけ徐々に後退させ、更に手に持っていた紐―実際は銀線―で 足元を払って屋根から落とした。 流石に落とされた側も、受身が取れないほど未熟ではなかったが、着地した瞬間に喉元に刀を 突きつけられては、身動きのとりようがなかった。 「さて。ここで大人しくお縄に付くならば、私としても無駄な血を見ずに済むのですが?」 「冗談。こんなガキ相手に、安く見られたもんだね」 俊徳丸の突きつけた刀を、一瞬の隙を突いてクナイで払い、曲者―伊助―は、彼の腕を逆手に 捻り上げると、すばやくその腕を縄で縛り上げた。 「危害を加える気も、火薬を盗る気もないから安心して良いよ。…とは言っても、信用は出来ない だろうけどね。他にかかってくる気のある子がいたら、まとめておいで」 委員長が軽々と捕縛されたことで、下級生達は及び腰だったが、「何もしないよりは」と 恐る恐る向かってきた。それを、手加減しながらのして縛り上げていると、一人だけ 向かってこなかった1年生が目に付いた。 「これが、普通の1年生の反応だよねぇ。やっぱり」 その1年生の様を、怖がって立ち竦んでいるのだと解釈した伊助が、当時の自分達を思い起こして 苦笑しながら、「かわいそうだけど一応捕縛はしておこう」と近付くと、俯いていた相手は 微かに笑いながら何か呟いていた。 「…かかった」 「は? え。うわ何!? 動けな…」 火薬委員会のクセが強い1年生・釋藍之丞(しゃく らんのじょう/通称「ランタン」)の特技は、 口寄せおよび呪術系であり、この時仕掛けていたのは金縛りの術だった。 しかし所詮は1年生。 「やった。成功した」 「ランタン! そこで気を抜くな! タダでさえ長く持たないのに」 俊徳丸の叱声が飛んだ瞬間、伊助の金縛りが解けた。 「うーん。実戦は久しぶりだから、鈍ってるなぁ。不意打ち食らうとは」 藍之丞も縛りあげると、念の為全員に猿ぐつわをかませ、伊助はその場を後にした。仲介屋 対 火薬委員…勝者:仲介屋
伊助を煙硝倉の上から落とした後、菊之助とその後輩の用具委員は、曲者情報を他の生徒に 伝えるために走り回っていた。その途中で、用具委員会4年・平生人吉(ひらばえ ひとよし)は、 木蔭で火縄銃を構えて待機していた曲者を発見した。 しかも、その曲者に殺気が感じられない上に、「突然の思い付き」の筈の学園長の言葉や、 笹山先生の態度に若干の違和感を覚えていたことから、一つの可能性に気付いてしまった。 彼は、言葉尻や目線から嘘を見破ることを特技とし、「人間嘘発見器」と呼ばれている。 「演習の、一環? 先輩方に…!」 「まだバラされるわけにはいかないんで、ちょっと黙っててくれな」 駆け出そうとした人吉の背後に、素早く立った曲者―虎若―は、彼の首筋に軽く手刀を食らわして 気絶させ、他の用具委員を探しに行こうとした矢先 「ウチの弟に何さらしとんじゃー!」 との声と共に、走り寄ってきた生徒に飛び蹴りをかまされた。 しかしそのまま蹴りを食らうほど未熟ではない虎若は、その生徒の足を掴んで逆さづりにした。 が、掴まれ宙吊りにされた生徒―平生葵(ひらばえ あをい)―も、その程度で諦めるほど素直な 性質ではないらしく、目一杯勢いをつけて肘を真後ろに振った。 「甘ぇんだよ、ヘボがっ」 急所に渾身の肘鉄を食らった虎若が、思わず足から手を離すと、葵は口汚く罵りつつ着地した瞬間、 元からあったらしい落とし穴に落ちた。 「何だったんだアレ?」 気絶したままの人吉の腕を一応縛り、葵は放置するのが最善と判断した虎若は、改めて余所へと向かった。狙撃手 対 平生姉弟…勝者:狙撃手?
奇怪な兄弟に首を傾げたままの虎若が、見つけて合流したしんべヱは、塀の上で傍観状態になっていた。 「何してんだ? 攻めないのか?」 「何か伝令が飛んだみたいでねぇ。今警戒してるみたいで、罠だらけで迂闊に近寄れそうに無いんだぁ」 6、4、3年が伝令と出張貸し出しと助っ人に走り回り、残る下級生に5年生が指示を出しながら 他委員会に用具を貸し出しているようだった。 「でも、生徒行き来してるぞ? あ、ほら。1年坊主もいる」 「それねぇ、あの5年の子の誘導が巧いみたい。あの方向以外は見えないように糸が張り巡らせてある」 その糸に触れると発動する罠が、そこかしこに仕掛けられている。とのことのようだった。 「あー、じゃあ撃つか?」 正直な所、それが虎若の得意分野である。 「それも無理。火薬の臭いが結構するから、ただじゃ済まないことになると思う」 在校生達に軽傷以上の怪我を負わせるわけにはいかないので、それは出来ない。と、相変わらず鼻の 良いしんべヱは、八方塞がりで傍観するしかなくなっている理由を述べた。 「…どこまでなら近寄れそうなんだ?」 「多分、一間(いっけん)が限界かな」 「なら届くな。もうちょっと生徒減ったら、煙玉で煙幕張って、足元に眠り火。でどうだ?」 「ああ。その手があったね」狙撃手・商人 対 用具委員…勝者:狙撃手・商人
一方その頃。図書室では 「連絡ー。委員長が曲者襲撃して、それから穴に落ちた。けど、多分自力で這い上がってくる だろうから放っといていいよな。あと、その傍に縛られた弟落ちてたぞ」 「用具待機組が、眠り火で全滅っぽい」 菊之助から曲者情報を聞いた図書委員長の葵の指令で、情報収集及び伝令に回っていた委員達が、 己の得た情報を記録の委員に伝えると、また新たな情報収集と、それを広めに出て行った。 「統率は取れてるけど、何か変じゃないかコレ?」 「指示だけ出して、後は自分が前線に突っ込んでって自滅する子なんだよねぇ。今年の委員長」 「…自滅かよ」 「保健委員並に運無いもん。アノ姉弟」 のんきに木の上で、状況を見つつダベっていたのは、女王様sこと兵太夫ときり丸だった。 「ところで、放っといていいのか? こいつらは」 伝令に駆け回っている生徒を止めないと、割と早くに正体や計画がばれかねない。そう思い 一応きり丸が問うておくと、兵太夫は余裕の表情で無責任に返してきた。 「平気平気。色々仕掛けてあるから、どこかで引っ掛かるでしょ」 「姿見せたらバレるからって、手抜き過ぎやしないか?」 結果。図書委員が全員罠にかかったり、情報が行き渡らない程度の所で演習が終了したため、 図書委員会は「徒労」とは言わないが、不完全燃焼で終わったらしい。罠師 対 図書委員…不戦
医務室付近で、二代目不運小僧は何かもう、完全に戦う気が失せていた。何故なら 「樹衣(きころ)が、図書室前で吹っ飛んだそうです」 「またかよ。アイツ演習始まってから、これで3度目だろ」 「でも、まだ薬棚片付け終わってないのに、また倒されるの嫌です」 出張手当てに行けば、兵太夫が図書委員用に仕掛けた罠にかかったり、通りすがりに戦闘の とばっちりを食ったり前からあった穴に落ち、医務室待機を命じられれば、薬棚は倒すは 薬を飲むための水はぶちまけるはの、不器用なんだか運が無いんだかわからない一人の生徒が、 「五代目不運小僧」と呼ばれている4年の樹衣森蔵(きころ もりぞう)だと知ったからだった。 在学中の自分も、「元祖」と言われた先輩も、ここまでは酷くなかった。と、信じたかった。 しかし、記憶を辿ると案外そんなもんだったような気はしてくるし、他の保健委員たちも 総じてささいな生傷と古傷が多数見受けられた。まずそこで、少し気持ちが萎えた。 更に経験上、医務室襲撃と保健委員の捕縛は、他に多大な悪影響しか与えないことはわかっている。 いくら、非戦闘要員として校医の新野は演習の侵入者役に駆り出されず、かつ計画を知っている とはいえ、「それだけはやってはいけない」という気がしてしまい、二代目こと乱太郎は、 参謀と女王様に叱責されるのを覚悟で、手出しせずにその場を去った。薬師 対 保健委員…薬師が一方的に戦意喪失
最も忍びらしい動きをしていたのは、元生物委員会の2人だった。 幻術遣い喜三太が生徒達に幻覚を見せ、幻影に見せかけた絡操人形を使って三治郎が攻撃をする。 という連携で、生徒数人を気絶させていると、木陰に居た喜三太目掛けて正確な狙いの手裏剣が 飛んできて、喜三太の頬を掠ると同時に、風が起きて幻術の煙も霧散した。 「よくわかったねぇ。しかもいい腕してる」 「動物の勘を嘗めないでくださいね。…山村先パイ?」 姿を現した喜三太の名を言い当て不敵に笑ったのは、左肩に猿を乗せ、足元に狐狸を侍らせた 生物委員長の五百蔵景清(いおろい かげきよ)だった。 「あはは。すごい。動物の言葉が解るの?」 バレているらしい以上は、と開き直った喜三太が興味を示すと、景清はしれっとした顔で言い切った。 「いえ。僕は安珍の言葉しか解りません。獣並みの友人と、人語を理解する獣たちがいるだけです」 肩に乗せた猿が「安珍」。情報を集めて流布させたのが友人達。人語を理解し己の命に従うのが、 足元の―とある卒業生が手懐けたのを遺して行った―狐狸たち。という意味らしい。 「ただ僕自身夜目が利く方で、嗅覚にも若干の自信がある上に、気配にも敏感なんです。…だから、 樹上の先輩を正確に狙えたんですよ」 後方支援や撹乱を得意とする喜三太や三治郎と同じく、景清も本来は前線には立たずに、後方から 戦況を見極め指示を出すことを得手としている。 「今言ったばかりですよ、夢前先輩。『気配と臭いには敏感』なんです。僕だけでなく安珍も。 ですので、山村先輩との会話で時間稼ぎをして、その間に襲うのは得策ではありませんね」 「お見事。…でもね、まだまだ甘いよ」 喜三太が姿を現すと同時に、三治郎は姿を隠し隙を狙っていた。けれど、景清はそれも見抜いていた。 と思いきや、姿を現した三治郎はやけに余裕の態度を見せていた。 「遠隔操作も出来るんだよね。だから、目的の場所に立たせられさえすれば、結構簡単」 罠を仕込んだ落とし穴に、まんまと落とされた景清は、実に悔しそうな顔をしていた。幻術師・絡操屋 対 生物委員…勝者:幻術師・絡操屋
曲者の情報が回ってきた時、真っ先に「学園長を守る!」と、学園長室に向かったのは体育委員会だった。 そして対照的に、頑なまでに 「我らが護るべきは金庫だ。不確かな情報に惑わされるな」 などと主張して一向に動こうとしなかった会計委員会から、たった一人だけ 「なら、俺一人だけでも行きます。いいですね?」 と、半ばごり押しで単独行動をとった生徒が居た。 代によって全く傾向が違うため、ある程度状況を見定めてから動こう。と決めていた金吾は、 同じく状況判断中の団蔵が、「ここで遇ったが百年目」だの「10kgそろばん」だのと呟いて いるのが聞こえた時、若干嫌な予感がした。 「…ホントお父上そっくりだなぁ。二人共」 端から学園長室周辺の警護をしていた学級委員と、合流した体育委員の両方に「邪魔」だの 「いらん」だの「自分とこ帰れ」だのと言われている会計2年と、それを先輩達の後ろで 面白そうに見ている学級1年は、金吾達の先輩に当たる父親達に実によく似ていた。 「暑苦しい2年坊主なんざ、居ても邪魔なだけなんだよ。しかも、自分のとこの委員長の 指示一つまともに従わない単独行動野郎が」 「そうですよぉ。さっさと会計に戻って、大人しくなさってたらどうですかぁ潮江先輩」 「うるせぇ。黙れ不破!」 全面的に正しいのは、会計二年の潮江文多(ぶんた)以外の生徒達だと、金吾は思った。 しかし自分達の現役時代は、文多のような生徒だらけだったよなぁ。などと考え妙に 情けない気持ちになっていると、横で団蔵がボソリと呟いてから動き出した。 「アレで”鉢屋”だったらまんまなのにな。…そんじゃそろそろ行くか」 「ちょっと待て。アノ2年以外、まさか俺の担当!?」 明らかに団蔵の目線は、文多に向いていた。 「積年の恨みー! ”戦う会計”って何だー!!」 「バレるようなこと口走んな、このアホー」 金吾は後輩達と戦う前に、団蔵の口を塞ぎたくてたまらなくなった。しかし、姿を現して しまった以上、仲間割れをしているわけにもいかないので、騒ぎに気付いた体育委員達と 向き合った。尚、学級委員長達は学園長室内に曲者の気配を感じて、中に入っていた。 大人気ない26歳対やる気だけはある11歳児では、26歳の圧勝に決まっているが、統率の取れた 10〜15歳の体力馬鹿共対26歳の剣士1人は、若干剣士の方が不利だった。何しろ、1人だけ 後方で戦況を見ながら、端的に的確な指示を出している生徒がいたのだ。 「陣形四。…右。…後ろ! そこだ。…避けて左下」 指示を出している5年の十寸見世之助(ますみ よのすけ)は、一切名を呼ばずに指示を出して いるというのに、他の体育委員達は巧みに金吾の攻撃を避け、隙を突くように別の角度から 攻撃を繰り出してきた。しかし、攻撃自体は単純なものなので、金吾が少し世之助の方を観察 しながら切り結んでいると、指示の前に指を鳴らしたり手を打っていることに気がついた。 つまり、その回数と組み合わせで、相手を特定しているということだろう。そう考えた金吾は、 わざと音を大きめに立てながら攻めてみた。すると次第に統率が崩れてきた。そしてどうにか 全員を気絶させ、捕縛することに成功した頃には、かなり息が上がっていた。 「詰めは甘いけど、これだけ言うこと聞くのは羨ましい」 つい、かつての委員会の面々を思い出しぼやいた金吾の目に映ったのは、どこまでも大人気ない 友人兼仕事仲間と、妙にしぶとい少年の姿だった。 「うわぁ。まだやってるよ。その気になれば一発で沈められるだろうに、何ジワジワいたぶってんだ あの馬鹿旦那。…って、ああ。うまいこと急所への攻撃だけは避けてるのかあの子」 団蔵としては、さっさと気絶させるなり隙を突いて動きを封じるなりしたかったのだが、意外に 文多は「逃げること」が上手かった。それは、実を言えば日々作法の副顧問&5年のドSコンビの 標的にされ、両親やその友人達が「アレ」故に身に着いた能力なのだが、団蔵たちにそこまで わかるわけが無いので、驚かれても無理はなかった。 「おっしゃもらったー!」 先に体力の限界が来たらしいのは、やはりまだ子供な文多の方で、ふらついた隙を狙って団蔵は その脳天に踵落としを食らわせた。 「…いや、それはやりすぎだろお前」剣士 対 体育委員…勝者:剣士(辛勝) 潮江息子 対 運び屋…勝者:運び屋 会計委員…不戦
図書室付近の木の上で、きり丸が兵太夫とダベっていたのには訳がある。 作法委員(特に委員長)が、「他の委員会の手伝いと、記録付け」と称して、殆ど傍観状態だった ため、襲うに襲えず手持ち無沙汰だったのである。 しかしだからと言って、放っておくわけにもいかないので、きり丸は作法室で後輩達の報告をまとめて いるらしい委員長・万鬼桜丸(なきり さくらまる)に向かい、天井裏から軽く手裏剣を投げてみた。 すると、それを指先で受け止めて天井を見上げた桜丸は、薄く笑った。 「先輩なんでっしゃろ? 泉から、目撃情報が上がっとります」 「…誰だ顔見られた奴」 作法委員会五年の立花泉と十一忍は、全員が面識があるわけではない。しかし、面識がある中に 素顔をさらす間抜けは、いない筈だときり丸は思った。 「誰でもいいやないですか。…それより、ウチ一回でええから、”伝説”の先輩方と手合わせ してみたかったんです。笹山センセにゆうても、『接近戦好きじゃないから』て、相手して くれへんし。せやから、降りてきてお相手願えません?」 立花父子や兵太夫・きり丸に劣らぬ女顔で、不敵な笑みを浮かべながらの「お願い」という名の 挑発に乗るほど、きり丸は単純ではない。しかし、 「いい度胸だな。面白い」 あえて乗ってやるくらいにはヒマをもてあましていた上、妙に余裕気な桜丸の真意が気になった。 「ウチが嫌いなんは、無駄と手間。せやから、妙な演習なんぞに力使うんは面倒やけど、己を 高めることには妥協する気はないんです」 事前に兵太夫から聞いていた印象と、合致するようなしないようなことを言いながら、桜丸は 天井裏から降りたきり丸の喉元に向かい斬りつけて来た。―扇子で。 「何そのおもしろ武器」 「ただの扇子や思わんといて下さい。こっちは剃刀仕込みで、こっちのは両側が刃になっとります」 解説しながらも、素早い動きで舞うように攻撃してくる桜丸に、初めの内は動きの予測がうまく 出来ずに防戦一方だったきり丸だが、次第に流れが読めてくると、すかさず反撃に出始めた。 一番得手とするのは、かつての先輩直伝の縄標だが、刃物相手では切られる可能性が高いことと、 力の差を示すために、扇子と間合いの似たクナイでしばらく切り結んでから、一瞬の隙を突いて 背後に回り、クナイを首筋にあてた。 「忍たまにしちゃいい動きだけど、俺らに挑むにはまだ早いな。…特に、俺にはな」 十一忍の中で、もっとも実戦経験が多くかつ基本的な能力が高いのは、どこの城にも属さず、 「十一忍」として受けた以外の依頼もこなしているきり丸であり、彼にとっては今や殺さない ように手加減する方が難しい。そのため、真っ直ぐに前を見て、多少痛い目を見てもめげずに 挑んでくるかつての自分達のような未熟者相手が、心底厄介でしかない。 「ここでまだ、反撃狙って挑み続けよう思うほど、ウチは愚かやないんですわ。せやから降参します」 飄々とした口調の桜丸は、意外に空気の読める性質であるらしく、警戒しつつきり丸が解放すると 「ありがとうございました」 と頭を下げ、きり丸を拍子抜けさせた。担ぎ屋 対 作法委員長…勝者:担ぎ屋
大人気ない馬鹿が一人を集中攻撃し、剣士が多人数相手に苦戦している頃。 十一忍の参謀庄左ヱ門は、各場所の残りの面子の戦況を確認してから、演習終了の時期を見定め、 合図のために学園長室の天井裏に忍び込んだ。 しかしそこには、侵入者対策の鳴子が仕掛けられていたようで、すぐさま学級委員長達が学園長の 周囲を取り囲んで、うかつには近寄れなくなった。 「まぁ、これくらい予想済みだけどね。…でも、思いの他早く正体バレたっぽいからなぁ。 戦うのも陽動も、時間の無駄な気がするし……」 他の委員会の勝負が、あらかたついたのを確認してある以上、力試し以外の用はなさない。 そう考えた庄左ヱ門は、顔見知りの生徒に向かって短い書き付けを投げ落とした。 ”茶番に付き合う気がなかったら手出し無用 黒木” 「…先輩方。これ」 書き付けに目を通した不破風早が、それを残りの学級委員長達に見せている間に、庄左ヱ門は 彼らの目の前に降り立った。 「で、どうする?」 念の為すぐに応戦できる体勢で問い掛けると、学級委員長達は口を揃えて 「手合わせは、またの機会でお願いします」 と、事実上の降参を申し出てきた。情報屋 対 学級委員長委員会…情報屋不戦勝?
学園中に、学園長の 「それまで!」 という声が響いた時、「やっと終わったか」と思ったのは、戦い疲れた生徒達や、 途中から監視役に回っていた教師陣だけでなく、十一忍の面々もだった。 開始時と同じ様に、一所に集められ趣旨の説明―”教師相手の演習と嘗めてかかったところに、 本物の侵入者”というドッキリ―と、協力してくれた十一忍の正体を「卒業生たち」とだけ バラすと、学園長は各自に一言感想や意見を述べるように言い出した。 「火薬委員会も、随分派手になったものだな。と」 さらに付け加えて顧問の土井の胃まで心配した伊助には、 「余計なお世話だ」と、土井から苦笑交じりのツッコミが入った。 「何か曲芸団じみてたのは置いといて、アノ口悪くて容赦ない 攻撃してきた子、くのいちって聞いたんだけど、マジ?」 「俺が女なことに何か文句あんのか!?」 虎若の言葉に、噛み付くように怒鳴り返した葵は、 「口さえ開かず動かなければ…」が共通見解らしい。 「罠を張っただけで安心しているようじゃ、まだまだ甘い。って覚えておいた方が 良いかな。あと、ちょっぴり道具の手入れが足りていないように見えたよ?」 人の良い笑顔で、若干毒を含んだことを言うようになったのは、 今や福富屋の仕入れを一任されているしんべヱだった。 「ま、策は悪くなかったんじゃないの? でも、いくら事実でも、委員長を 軽視する癖は直した方がいいよ。実戦だと、そこから綻びが生じる場合がある」 実は今回の演習の首謀者である兵太夫は、生徒達の危機感の足り無さに、 いささか頭が痛くなっていたらしい。と、後で仲間達に話したところ、 「教師らしくなったもんだ」などとやけに感心されたとか。 「運だと諦めずに、努力を怠らないようにしない限り、そのままです。 だから、くじけず頑張って。あと、『不運小僧だ』って見放さないで」 どうも、戦わなかったことを責められなかった方が逆に辛かったらしい 乱太郎の言葉は、実感がこもっているだけに、妙に重かった。 「ねぇねぇ。猿とか狸や狐って、どうやって手懐けたの?」 「それが特技の先輩がいらしたんです。…安珍は、僕と兄弟同然に 育ったってだけのことですが」 曰くその先輩―九里十三(くのり じゅうぞう)は、熊や猪まで 手懐けていたらしいが、流石にそれは引き継げなかったらしい。 「勘や自分の能力を過信しない方がいいよ。世の中、上には上がいる」 現役時代、意外に辛らつな言動から、後輩たちに影で「飴の山村先輩」と 「ムチの夢前先輩」呼ばれていた三治郎のさりげない黒さは健在だった。 「あんま暑苦しいのも疲れるけど、もうちょっとやる気出せよ会計!」 なんだかんだ言って、かつての委員長と同系列の団蔵は、 「馬鹿潮江を増長させるようなことを言わないで戴きたい」 との現委員長の言葉にキレかけ、笹山様からキツイ一発を食らった。 「かなり本気で、指示に従うというか、むしろ『こっちの言うことを きいて理解する』ことが出来る面子が、羨ましかったです」 金吾の本音に苦笑いを浮かべたのは、当時を知る教師陣と仲間達、 そしてその最たる人物―小平太―の友人の息子たちだけだった。 「いい度胸してんのが多いみたいだな。相変わらず」 「まぁ、楽しかったかな」 きり丸や庄左ヱ門がそれしか言わなかったのは、実は彼らは家業や所用で ちょくちょく学園に顔を出しているため、一部の生徒とは顔見知りな上、 マトモに戦ったとは言い難いため、他に言うことが思いつかなかったらしい。 最後に、教師と十一忍及び作法委員会からの報告を受けて学園長が下した結論は、 「やはりたるんでおる! 罰として、『基礎強化月間』として、自主練習は基礎の もの以外を禁止とする! よいな? そして先生方は、監視を頼みましたぞ」 というもので、方々から不満の声が飛んだが、一部納得した者も、居たとか居なかったとか…
白状します。叶は忍務が思いつけません。特に、十一忍全員揃っての忍務となると… ということで、原作の「委員会対抗 山賊退治」と、某警備隊マンガの「テロ演習」を混ぜてみたら、 こんなことになりました。正直あんまり十一忍活躍してないですよね。(出身委員会が少し違うのは此方参照) なお、体育&会計イジメは標準で、それ以外の委員会も所々愛が偏っております。 そしてきり丸は、単独仕事だと「戦」か「暗殺」が殆どの、正しく血腥い忍者な設定です。 オリキャラの一部にはモデルが居ます。そして、その連中の要望もあって、オリキャラが出張りました。 本当に大変申し訳ありません。すべては設定魔のクセに貧乏性で無精者の叶が悪いんです。 他の話を考える気を途中で放棄して、この路線で突き進むことに決めたのは叶ですんで。 ※ちなみに桜丸のエセ関西弁は「全国行脚している旅芸人の子」なので、胡散臭くて構わないということでお願いします 何かドンドン収拾が付かなくなっていき、後半グダグダですが、 こんなのでもよろしければ、どうぞお納め下さいませ 2008.8.20以下反転でおまけ ”その後の平生姉弟” 気絶した人吉が、意識が戻って最初に目にしたものは 「! おばけ!?」 髪を振り乱し、穴から這い出てくる何者かの姿だった。 「……助けてやったっつうのに、良い度胸だな」 「え? その声葵ちゃん??」 気が付いた瞬間、人吉は最初とは違う意味で怖くなってきた。 「この騒動が終わったら、覚悟しとけよ愚弟」 「うぅ。はい」 目の据わった姉の暴力は、日常茶飯事なのだが、自分に非がある 場合の容赦無さは凄まじいものがある。 「…んじゃ、医務室行くよ。どうせアンタはコブ程度だろうけど」 さぁ、これで満足かい木綿?
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