2.小平太

	しろを拾った時の反応からもわかる通り、昔の俺は遊び人だった。まぁ、元々好奇心は旺盛な
	方だったし、家と周りがアレだから「社会勉強の一環だ」ってことで、色々教えくれる連中が
	いたんで、割と自然な流れだったと思ってるけど。
	派手に遊ぶのを辞めたのは、高校を出た頃。キッカケは大きく2つあって、その片方は滝。
	何にも知らない中坊だった滝には、刺激が強すぎる気がしたから。ってのと、多分無意識
	だろうけど朝帰りの度に、白い目で見られるのが後ろめたかったから。

	もう1個の方の理由は、いさっくん。
	初めて会った時から満身創痍だったけど、顔を合わせるたんびに、どんどん傷が増えてって、
	だけど、「家に帰りたくない」以外の理由は、絶対に言おうとしなかった。そのいさっくんに
	似た奴をうちのシマで見かけたって、最初に俺に報告してきたのが誰だったかは覚えていない。
	だけど、いさっくんの顔を知ってたってことは、幹部クラス。あの頃のいさっくんは、滅多に
	ウチには顔を出して無かったんで、下っ端の若いのは会ったことがほとんど無い筈だから。


	遊んでた頃も、今も変わらない俺の中の決めごとは、「素人と犯罪には手を出さないこと」。
	これは、俺自身の決めごとであると同時に、七松組の暗黙の了解でもある。何でかっていうと、
	死んだ俺の母ちゃんの、口癖みたいなもんだったから。まぁ、仮にもヤクザ稼業である以上は、
	法に触れるようなことも色々としてるけど、それでも「人を殺すな」「暴力を良しとするな」
	「覚悟のない人間に身売りをさせるな」は、母ちゃんの信念だった。母ちゃんは、自分の命や
	身体を容易く犠牲にしようとする輩が大嫌いで、そういう所に親父は惚れたらしい。
	だから、滝のことをきっかけに、ヤクを扱うのを止めたりも出来たわけだ。

	って、話がそれた。えっと、つまり俺が言いたかったのは、「七松組のシマで、素人が客引き
	なんて絶対にさせない」だな。だからいさっくんでなくても、そんなことしてたら目立つし、
	必ず俺か親父に報告が行く。それくらいは、いさっくんだって本当は知っていたはずだ。
	

	今思うと、俺か、俺経由で話を聞いた誰か―留辺りかな―に、止めて欲しかったのかもしれない。
	だけど実際は、誰も真相を確かめようとしないで、見て見ぬ振りをして、七松組のシマでだけは
	止めさせた。でも、他所で同じことをいさっくんは続けていて、そこでアノ男と知り合ったんだ。
	

	俺は、薬屋のオーナーというか、いさっくんのパトロンが、何者なのかを知っている。大まかな
	素姓も、顔の半分を覆う火傷の経緯も、いさっくんとの関係も、全部。だけど、口は出さない。
	というか、出せない。俺も所詮は、アノ男と同じ穴のムジナだって解っているから。

	もしもいさっくんが、現状から抜け出したくて、俺の力が必要だって言うなら、いくらでも
	手助けはする。でも実際はそうじゃない。好き好んでああなっているわけではない筈だけど、
	変える気はおそらくない。だから、俺は何もしてやれない。それを歯痒いと思うくらいには、
	俺だって馬鹿じゃないんだ。
	だからその代り。ってのは違う気もするけど、滝やしろを大切することにした。滝がウチの
	人間になったばかりの頃の、あんな嗤いは、もう二度と見たくない。確かにあの時の滝は、
	何も知らないからこそ強がりが言えた。その強がりが、いさっくんにとって、何よりも気に
	障る内容だったって解ってる。だからこそ、本当は滝が平穏無事に笑って過ごしているのを
	目の当たりにするのは、いさっくんにとって忌々しいことなのかもしれない。それでも俺は、
	滝やしろを通して、いさっくんが得られたかもしれない幸せな夢を、時々見る。


	勝手な自己満足だってことは、俺自身が一番よく知っている。だけど、滝にもしろにも、絶対に
	いさっくんのような悪夢は見せない。それしか、今の俺に出来ることはないから。





2009.5.8